断酒者の両親と幼少期②
断酒を決意した40代の男です。
自分の幼少期について、前回少し書きました。
今回でファイナルです。
考えてみると、
あまり子供の頃の事を書きたい!
とは感じていないと気付きました。
記憶って、当然少しずつ薄れていくと
思うんですが、私が書いてる幼少期の記憶は、
断片的ながらもずっと消えないものです。
時間の経過とともに、
少しずつ事実が歪曲されて
いっているかもしれませんが、
やはり記憶に残っている、
という事実が、
今の私を形成している
要素にはなっているように思うのです。
ですので、noteで、
こういったカタチで
吐き出してみたいと
思ったのだと思います。
私の幼少期は一言で言うと歪んでいました。
あくまで自己評価ですが。
学校の成績は良い方
先生からも割と気に入られる方
友達も多め
けど、家庭内ではワガママの傍若無人
そのギャップに自分でも気付かずに
負の感情が積み重なったのかもしれません。
小学3、4年生の頃は親のお金を盗っていました。
小学5年で転校となり、
新たな土地にやってきました。
この土地には、3年間住んでいましたが、
このとき、私は人をいじめていました。
特定の誰々というわけではないのですが、
気に入らない者は容赦なくいじめていました。
しかも学校内で先生達にバレるようなやり方はしません。
私は親の仕事でいわゆる
社宅に住んでいましたが、
同じく社宅に住んでいる
子供達を対象に
好き放題にやっていました。
最初のきっかけは、
自分が提案した遊びに真剣に取り組まず、
ふざけて参加する子らにイライラが募り、
暴力を振るうようになりました。
それが伝染してしまって、
他の子も同じように暴力で
加担したりするようになっていました。
よくある話ですが、
そういった状況から
徐々にエスカレートしていって、
ここでは書けないような
ひどいことを日常的にするように
なっていました。
私の記憶では楽しくみんなで遊んでもいたし、
いじめてもいた。
ですが、自分の都合のいいように
記憶が残っているとすれば、
いじめていた方が多かったと思います。
これもよくいうことですが、
当事者はいじめているつもりは
ありませんでした。
相手が腹立つ事をするから。
自分の思い通りに動いてくれないから。
どれも勝手な理由ですが、
自分なりに大義名分はあると思っていました。
いじめた子の親に呼ばれた事もあります。
ある日、
いつもつるんで
いじめをしている友達と2人で、
サッカーをしていたら、
私達がいつもいじめている子の
お母さんが近づいてきました。
「うちでお菓子でも食べない?」
決して敵意のある言い方ではありませんでした。
少なくとも私はそう感じましたが、
私はバツが悪いのもあって
何も反応せずに無視していました。
一緒にいた友達が、
「いこう」と私をうながし、
しぶしぶ友達と2人でその子の家に行きました。
何度も来たことのある部屋。
いつもいじめている子は
その場にいませんでした。
そのお母さんは、
たくさんのお菓子を私達に出してくれて、
一緒に座り、ポツポツと私達の近況を聞いてきました。
学校はどう?
成績は?
お父さんお母さんは元気?
とりとめのない会話を続けて、
私達もそれに対して誠実に答えていた
と思いますが、
ふいに、
「◯◯(息子)の事は嫌い?」
ハッとして2人とも黙っていると、
「これからも仲良くしてあげてね」
とだけ言われたのでした。
その日の帰り道。
友達と二人で、
その子の悪口を言っていました。
「あいつが悪いよな」
でも、言葉とは裏腹に
何かが違うと
違和感を感じるようになっていました。
それから、私は中学校に上がり、
その時も、同級生にひどい暴力や
理不尽な強要をするなどの狼藉を
はたらいていました。
それから大人になって、
あの日々のことを振り返ると、
自分が ”歪んだ人物” だったと気が付きました。
自分の親は私の数々の悪事を知っていのか。
あまりその事でひどく叱られた記憶がありません。
親の耳に届いていなかったのか、
届いていて、私に対して何らかのアプローチをしたけど
単に私に響いていなくて記憶に残っていないのか。
その後、私は高校を1学期で行かなくなり、16歳で家を飛び出しました。
親との関係性がピークに悪くなっていたからです。
あの時、私が親と同居したままだったら、
私の人格はさらに歪み、
親との関係性も壊滅的な状況になっていたと思います。
私の歪みを決して親のせいにするわけでは
ないのですが、その当時はお互いにそういう
相性だったのだと思っています。
よくある話ですが、
私はこうやって、
親と強制的に距離を置く事で、
関係性が良好になりました。
現在もとても良好です。
一切、ケンカも言い争いもしません。
当時、私はとにかく自由になりたかった。
自由の解釈を間違っていたかもしれませんが、
とにかく誰にも縛られたくないのが強かったのだと思います。
親と距離を置いて、
一人で生活する事で、
親のありがたみに気付きました。
親の愛情を感じるようにもなりました。
私はなぜ、幼少期に歪んだ人格に
なってしまったんだろうと思います。
今現在も決してまともな人間ではありませんが、
幼少期の自分よりは今の自分の方がスキです。
自分がお酒にのめり込んだ理由に
幼少期の形成が関係ないとは
言い切れないと思っています。
大袈裟ですが、
私のアルコール依存は生まれた時から
決まっていたようなものでした。
けど、今こうやって断酒を決意して、
人生をより良くしていこうと思い直すことができたのも
お酒という道を通ってきたからです。
いずれにしても、
私の人生には必要なアイテムだったんだと思います。
そして、
私の人生のハイライト
ファインプレーが、
断酒を決意してお酒のない人生を選んだ事
です。
この決断が将来、
絶対に功を奏することを信じて、
これからも断酒を続けていきます。
とりとめのない内容になってしまいました。。。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
