私と親と高校中退と
断酒を決意した40代の男です。
お酒にガッチリとハマってしまう社会人になる少し前のお話です。
私は九州で育ち、九州の高校に進学しましたが1年もしないうちに中退しました。
理由はいくつかありますが、単純に高校生活がつまらなかったことと、
親との関係性、だったと思います。
私が通っていた高校は、地元ではそこそこの進学校でしたが、
中学校に比べて朝が早く(0時限目なんてのもありました)、
勉強のレベルも途端に上がり、数学は早々に赤点を取っていました。
さらに、周辺の高校では一番に校則も厳しく、
髪型は男子であれば、横、後ろは必ず刈り上げ、
刈り上がっていなかったら、坊主頭でも違反とされる有様でした。
何となく自由を求めていた16歳の私にはそんな学校生活に嫌気が差し、
そのうち0時限目に行かなくなり、部活に行かなくなり、休みがちになり、
とうとう1学期を終えるとともに、学校に行かなくなってしまいました。
私の両親は今から振り返ってもごく一般的なまともな親だったと思います。
父親は非行少年を相手にする国家公務員、母親は専業主婦でした。
今で言う『毒親』ではないし、親ガチャとしては”ハズレ”では決してありませんでした。
学校に行かないきっかけとなる、決定的だった朝を今でも覚えています。
先述のとおり、学校にはダラダラと向き合っていたもんですから、
親とはちょこちょこいざこざはあり、さらに、お金を稼ぎたかったので、
バイトを始めようとするも、大反対にあって、連日言い争うような毎日でした。
そしてある朝
私は学校へ行く時間になっても布団で寝ていました。
それはもう学校へ行くのが面倒くさくなって、確信犯的に起きなかったのですが、
幾度も母親から起きるように声がかかるも、全て無視。
そして、ついに母親が私の布団を剥ぎ取り、
「起きなさい!そんな時間も守れないようで何がバイトね!」
などと激しく罵倒されたのでした。
その瞬間、私の中で何かがプチんと切れました。
その時の感情は20年以上経った今でもよく覚えています。
頭が真っ白になり、全身が震え、怒りと憎しみと
もうどうでもいいや
という負の感情が全身に込み上げてきました。
私はすぐに高校の学生カバンと全ての教科書をゴミ袋に放り込み、
そのままゴミステーションに持っていったのでした。
母親に暴力などはふるっていません。
ただ、こうした方が何となく母親に与えるダメージは大きいと思ったのです。
その後、母親はこっそりそのゴミ袋を倉庫に入れ直していたのですが、
変に勘の鋭い私は、めざとく倉庫にあったゴミ袋を見つけ、
再度ゴミステーションに放り投げたのでした。
そもそも思春期に入ってから親のことをうざったく思っていた私
その後、私家を飛び出すことになります。
