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【習い事】子どもの習い事の送迎問題で無理をしない親子の上手な選択 #新体操#バレエ#ピアノ#サッカー#子どもの声

習い事というと、
送迎問題は避けて通れない。

SNSを見ても、
ママ同士の会話を聞いていても、

送迎の話はよく出てくる。

兄弟の習い事が重なる。
仕事との両立が大変。
夕飯の時間がずれる。
下の子を連れて待つのが大変。

駐車場問題。
待ち時間問題。

「送迎だけで一日が終わる」

そんな声もよく見かける。

もちろん、
どれも大変なことだと思う。

でも、最近少し思うのです。

本当にママたちを苦しくしているのは、
送迎そのものなんだろうか。

運転が嫌だから?
送り迎えが面倒だから?

本当にそうなんだろうか。

そんなことを考えていた時、
子どもの頃のことを思い出した。

正直、私は
送迎してもらえる子がうらやましかった。

練習が終わると、
友達は迎えに来たママと話しながら帰っていく。

私は友達の家の車に
乗せてもらうことも多かった。

子どもながらに、
「いつもすみません」
と思っていた。

だから、
迎えに来てもらえる子が
うらやましかった。

でも不思議なことに、
送迎してもらっている友達の中には、
私をうらやましいと言う子もいた。

練習が終わると、
一人で帰る子もいる。
友達同士で帰る子もいる。

その後ろ姿が、
なんだか自由で、
少し大人に見えるそうだ。

ママの迎えの車に乗る子と、
お迎えなしで帰っていく子。

ただそれだけの違いなのに、

子どもからすると、
全然違う世界に見えていた。

今、私自身が母親になって、
子どもに習い事をさせるようになって、
少しだけ見えてきたことがある。

送迎が嫌なんじゃない。
子どものために動くことが
嫌なわけでもない。

応援したい気持ちも本当。

でも、
習い事が増えていく。
送迎が増えていく。

気づけば、

平日の予定も、
休日の予定も、

子どもの習い事を
中心に考えるようになる。

子どものためにと思って始めたことなのに、

ふと、
「私、何をしているんだろう」
と思う瞬間がある。

本当は、

少し休みたい日もある。
自分のために時間を使いたい日もある。
何もしない休日がほしい日もある。

でも、
子どもは頑張っている。

応援したい。
だからまた送迎する。

たぶん、
送迎論争を見ていて
モヤモヤするのは、

送迎が大変かどうかの
話じゃないからなんだと思う。

子どもを応援したい自分と、
自分の人生も大切にしたい自分。

その両方がいる。

しんどいのは、
その間で揺れることなのかもしれない。

そして、
子どもたちも、
それを見ている。

子どもは、
送迎してくれるママが良いママで、
送迎してくれないママが悪いママだなんて、

思っていない。

ママが忙しいことも、
疲れていることも、
仕事をしていることも、

思っている以上によく見ている。

だから、
習い事を選ぶ時、
「良さそうな習い事」
だけではなく、

「続けられる習い事」
という視点もあっていいのかもしれない。

子どもが続けられるか。
だけじゃなく、
ママも続けられるか。

習い事は、
子ども一人で続けるものではない。

送迎も、
お金も、
時間も、
多くの場合は家族全体で支えている。

だから、
どんなに良い習い事でも、
ママが無理をし続けなければ成り立たないなら、
どこかで苦しくなる。

それは、
ママだけじゃない。
子どもも感じている。

子どもは、
送迎しているかどうかより、
ママが無理をしているかどうかの方を、
思っている以上によく見ているから。

送迎論争を見るたびに、
私が気になるのは、

送迎するかしないかではなく、
その習い事が、

親子にとって
本当に続けられる形になっているか。

実はそこなのかもしれない。


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