【習い事】「先生やコーチが怖い」本当の理由。子どもには言えないことがある。#新体操#バレエ#ピアノ#子どもの声
「先生やコーチが怖い」という話は、
よく聞きます。
厳しい言葉をかけられた。
他の子と比べられた。
怒鳴られた。
そういう経験は、
心理学の視点から語られることも多い。
どれも本質を突いていると思います。
きっと、その通りなんだとも感じる。
でも、
私が子どものころ感じていた怖さは、
そこじゃなかった。
先生は、怒ることもあった。
怒鳴られるのも、たしかに怖い。
ママたちが心配するのも、
たぶん、そこ。
でも一番怖かったのは、
先生が何も言わないとき。
視線が、すっと通り過ぎるとき。
怒られているときは、まだ見られている。
でも、
何も言われないときは、
そこに自分がいないみたいで。
先生は、上手な子の像を持っている。
どんな身体で、
どんな動きができて、
何が備わっているか。
子どもは、
そこに「こうなればいい」という
基準があると感じている。
その基準に合っているかどうかで、
見られている気がして。
私の場合、柔軟性だけはあった。
柔軟性を見せられる場面になると、
先生の目が変わる。
……気がした。
それが、もっと欲しかった。
「他の練習をしなさい」と言われても、
柔軟性の練習はやめられなかった。
そこだけは、
先生の目に残る自分でいられる気がしたから。
上手になるためにやっていたのか。
今思うと、違う。
先生の基準から外れないために、
そこにしがみついていた。
先生は、育てようとしている。
でも子どもは、
育てられているより先に、
すでに振り分けられている感覚の中にいる。
グループ分けも、練習の内容も、
すべてがその結果に見えていた。
「先生が怖い」という言葉では、
うまく言えない。
何を見られているかは、わかる。
でも、
何をすれば大丈夫なのかは、わからない。
そして、また
わからないまま、レッスンに行く。
