三人で歩いた日月潭|ファインダーの外側にあったもの
2014/1/2 日月潭
大学生の二人組みとは次第に打ち解けていった。ひとりは王君でもうひとりは蔡さんといった。蔡さんは台中に住んでいて、王君はこの日のために桃園から台鉄に乗ってはるばる台中まで来たのだという。僕はそうした彼らとたまたま台中駅のバス停で出会い、そしてタクシーの運ちゃんに出会い、みんなで相乗りして日月潭にやって来たのである。
この日記は「昼めし忘れて―赤帽おじさんやって来る」のつづきです
王君はいたって物静かな男で、主導権の大半は蔡さんが握っていた。行くところ、行くところ、いつも彼女が王君の前を歩いていたし、そうしていつのまにか、蔡さんを先頭に、僕と王君の男二人がぞろぞろとついていく、という構図ができあがっていた。
僕は、もともと彼らとは初対面であったので、別行動をするものと思っていた。しかし、タクシーを降りるところが同じであれば、観光地という性質上、行くところはだいたい同じようになってしまうもので、せっかくだしみんなで歩いたほうが楽しいよ、という蔡さんのひと声で、三人で行動するという結論が、僕らの前に正式に下されたのである。
日月潭の周囲は、観光スポットのようなものがいたるところ点在していて、タクシーは、湖をぐるり一周するように、各地に停まりながら回っていった。車の窓には、いつも太陽の跳ね返りでまぶしいくらいに光っている湖面が見えた。

タクシーは、日月潭纜車というロープウェイ乗り場に着いた。蔡さんと王君と僕は、ひとり300元の往復チケットをそれぞれ買い、ゴンドラの発着場がある2階までの階段を上った。柵の中には、赤と黄と青のゴンドラが、順序と間隔を、正しく守って動いていた。僕たちは係員に指示されるままに進み、黄色のゴンドラに乗り込んだ。


山を登るゴンドラからは、青い湖と、それを囲むように隆起する緑の山々が、遅い午後のゆるやかな太陽の光に照らされて、浮かんでいるように見えた。僕は、刻一刻と刹那に風景を変えていくゴンドラの上昇にあわてながらも、その瞬間を逃すまいとして、連続して何度もカメラのシャッターを押し続けていた。

蔡さんはそんな僕の行動の一部始終を見て、写真ばかり撮ることに夢中になって景色をまったく楽しんでないじゃないのよ、と本質を射抜くような的確な見解を、さりげなく突いてきた。
本当にそのとおりだと思ってしまった。僕はゴンドラに乗っている間、ずっと、ファインダー越しという人工的な、狭い空洞を通してしか風景を観察していないことに気がついた。

20分くらいして、ゴンドラは九族文化村に着いた。“九族”というのは、当時の台湾先住民族の数に由来する名前だ。実はその後の見直しによって、現在は14民族とされているが、この村がつくられた当時はまだ9つの民族に分類されていたため、そのまま“九族”という名前が使われているのだそうだ。ここでは、台湾原住民の民芸品や工芸品、それにどこか懐かしさを感じるお菓子などの土産物が売られていた。


村の中をひとしきり見物した後で、僕らはふたたびゴンドラ乗り場に戻った。帰りのゴンドラから見る外の景色は、来るときよりもいくらか色が落ちはじめていて、湖や山に反射する太陽の光も、徐々に弱まりかけていた。

僕は、二人の邪魔になっていないのだろうか、ということを、いつも気にしていた。気を利かせるつもりでところどころ二人との距離をおいたりしていたが、その度に、いつも、二人のうちのどちらかは、僕の視界の中にいて、それはどこか、こちらを気にかけてくれているような、初めて会ったはずなのに、なぜか、ずっと前からつづいていたような親しみを感じていた。
二人はいったいどういう関係なのだろうか、考えてみたけれどもわからないままだった。やがてゴンドラはタクシーの運ちゃんが待っている日月潭纜車の発着場に着いた。

📍この湖のまわりを、三人で歩いた。
あのとき感じた、三人で歩いた旅の記憶が、ここにある。
──三人で歩いた日月潭。
でも、その後もちょっとだけ、旅は続きました。

タクシーの運ちゃん、最初はあやしかったけれど、
結果としてサービス満点な快適な旅になりました。

今夜はこのまま、三人旅の延長戦。

最後に、三人で。うまかった。
▼日月潭シリーズ
① 貸切タクシー日月潭へ行く|ちょいワル運ちゃんと、對啊の午後
② 昼めし忘れて―赤帽おじさんやって来る
③ 三人で歩いた日月潭|ファインダーの外側にあったもの(本作)
🥢この話の翌日、ぼくは、
「3分の2のバーワン確率、及びブヨブヨまみれの衝動」
に突入していきました──
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