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3分の2のバーワン確率、及びブヨブヨまみれの衝動

※ここからのお話は、日月潭での出来事の翌日の記録です。
📸三人で歩いた日月潭|ファインダーの外側にあったもの


──2014年1月3日 彰化

 ベッドのうえでガイドブックを眺めている。そういえば彰化しょうかにはまだ行ったことがなかったなあ、などと、半分寝ぼけた頭で今日の行き先をあれやこれやと思いめぐらすことから台湾の一日が始まる。

 僕は計画を立てることが苦手で、とりあえずどこかしらかのホテルには泊まってはみるものの、その日になってみてはじめて何をするかを決めるのである。だから、台湾にいるときの僕は、いつも退屈なんである。

 PLAZA HOTELは台中駅改札を出て右側の国光客運こっこうきゃくうん台中站たいちゅうちゃんバスターミナルを抜けた建国路けんこくろ沿いにあり、一泊だいたい1,400元(当時たぶん4,500円くらい)で泊まれて、その値段のわりに部屋はとてつもなく清潔で整頓され、洗濯機と乾燥機がいつでも使えて、机の上のアメニティセットにまぎれてうまい棒がひそかに2本備え付けてあるので、僕はたいそう気に入ってしまった。でもこのウワサが広まったらみんなこぞってやって来てハイシーズンなんかだと予約が殺到して泊まれなくなる可能性があるので、これは僕だけの秘密である。

 ホテルから歩いて1分もしない台中駅から電車に乗って気楽にいける場所であったし、もしかしたらまだ行ったことのないような気もしたので、よく分からないけれどまあ行ってみればあとはなんとでもなるっしょ、といういつもの行き当たりばったりなノリで、その日は彰化に行くことに決まったのであった。

 台中駅から彰化駅までは20分足らずで着いてしまった。正月三が日といってもそこには正月気分なんていう風情はなく、勤め人も学生もタイワンイヌもみんないつもの顔してさっそうと歩いている。新正月と言われる僕らが知っている正月は台湾ではごくごくふつうの平凡ありきたりな日なのである。

正月三が日の、なんてことのないホーム。
台湾では1月の初旬も、ただの一日。いつも通りの駅の風景。

 地球の歩き方の彰化のページに肉圓バーワンのお店が紹介されている。よく見ると紹介されている3つのレストランのうち2つがバーワンのお店であった。今日は3分の2の確率でバーワンにあたるんだろうなあ、などと地球の歩き方しか世界を知らない僕は、今日もまた、その範囲のなかで、ウロウロとさまよい歩いていた。

バーワンへ続く路地裏。 肉と油のかおりは、この先に漂っていた……気がした。

 バーワンといえば挽いた肉の塊に、シイタケやタケノコやタマネギを混ぜ込んで、粉ものを練りまわしたぶよぶよの炭水化物で豪快に包み込んでしまう、というデブがいかにも好みそうな食べ物である(僕だ)。さらに彰化のバーワンは蒸す、などというお行儀の良い調理方法ははなっから放棄していて、どうするのかというとぶよぶよに丸めたソレをあぶら跳ね散る大なべに放り込んでぶちぶち揚げてしまうものだからたまらない。まさに炭水化物あぶら大好きデブには感涙ものなのである(僕だ)。

 駅前の大きな通りを渡って3分も歩いていると2軒の肉圓店があった。阿璋肉圓アージャンバーワン正彰化肉圓せいしょうかバーワンである。2つの店は一本のそれほど広くない道を隔ててはす向かいに並んでいる。そのとき立っていた場所にたまたま近かった阿璋肉圓に入った。僕は35元(当時たぶん100円くらい)をおばちゃんに渡すと、でてきた、でてきた。湯気たちのぼるぶよぶよの肉塊、というかむしろ炭水化物とあぶらの塊。そのあぶらが素敵な感じに染み出ている。ヨコには正体不明の赤いタレがかかっていて、パクチーの緑がいいアクセントになっている。

彰化名物バーワン。パクチーとタレの海に、フォークが沈む前の一瞬。
とろり、あつあつ、ぶよぶよ。 スプーンが触れた後の、炭水化物の静かな空白。

 できるだけいっきに食ってしまおうとおもいっきりでっかい口でかぶりついた。サツマイモの粉で練られたというデンプン質たぷたぷのぶあつい皮の中からあっつい豚肉が飛び出して、アヒィアヒィアヒィとなっていると、同じカウンター席のとなりにスープを手にしているおっさんを発見。ガラスの向こうにセルフサービスの巨大ずん胴がどでんとすわっていた。豚の脳みそスープをすすりながら、ぶよぶよのなかのナニモノかが冷えるのを待った。

 店をあとにして駅前に戻ると、駅舎の様式と噴水のたたずまいがすっきりと正面に入った。行ったことがない、と思っていた彰化であったが、以前にも来たことがあった、ということをこのときはじめて思い出すのであった。

あの噴水は、たしかに見た記憶があった。
彰化駅前のランドマーク──そして、既視感の引き金。
記憶か風景か、それともただの絵か。
彰化のどこかの壁に掛けられていた、町の歴史のような額縁。


──🗺このへんだったと思う。たぶん。
彰化駅前からぶよぶよへ向かった記憶を、Googleマップでたどると……


▶ このあと僕は八卦山を目指しました。
👉 続きはこちら:陽気に記憶が溶けていく|季節はずれな彰化の午後


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みのすけ@風と光の観測所 遠く過ぎた旅の風景を、いま言葉にしています。 小さなチップが、またひとつ、記憶を呼び戻す力になります。