水の都ヴェネツィアは絵画そのもの!美しき街並みや芸術を堪能!
【ヴェネツィア旅行記】色彩豊かな芸術の都ヴェネツィアを訪ねて
2022年12月、私はフィレンツェからヴェネツィアを訪れました。
フィレンツェからヴェネツィアへの移動はNEWTさんの「【2024年最新】フィレンツェからベネチアへの行き方2選!新幹線・バスでの最安・最速のアクセス方法は?」の記事にもありますように、鉄道で行くのが簡単です。
私もボローニャを経由しながら鉄道でヴェネツィアへと向かいました。もしフィレンツェから直行するならばおよそ2時間少々で到着します。意外と近いですよね。これならばフィレンツェとヴェネツィアをセットで周遊される方が多いのも頷けます。

ヴェネツィアに近づくと、列車が海の上を走っていることに感動しました。ヴェネツィアは本当に海の上にあるのだと実感しました。街が見え始めた時は思わず高揚してしまったことをよく覚えています。


駅を出たらいきなり運河!おぉ~これがあのヴェネツィアか!と興奮せずにはいられませんでした。この街のスペクタクル、エンターテインメント感は突き抜けています。着いてすぐに「俺はヴェネツィアに来たんだ!」と感動させるなんてそう簡単にできることではありません。さすがヴェネツィアです。


私は水上バスに乗り込み、街の中心部に向かいました。ヴェネツィアには車や電車という交通手段がありません。その代わり運河を利用した水上バスが頻繁に走っています。これもなんともヴェネツィアらしい演出です。

まだ夕暮れの時間には早かったのですが海の向こう側がオレンジ色に染まっていました。

そしてこの景色を見ている内に私ははっとしました。かつて読んだ「ローマの線描に対するヴェネツィアの色彩という図式」という言葉が強烈に頭の中に差し込んできたのです。
「ヴェネツィア絵画は鮮やかな色彩が特徴である」とそこでは述べられていました。
たしかにこの景色はまさにそれを表しています。目の前のオレンジ色、雲の陰影、雲間から差し込む光と水色の空、そして海の深く暗い青・・・
これはまさにヴェネツィア絵画そのものではないですか!

その地域の環境がその地の文化を形成するということを強く感じました。こうした絵が好まれるのはこのような環境にあるからなのです。ヴェネツィアには美しい色彩がすでにして溢れていたのでした。

間もなくサン・マルコ広場近くの中心部へ到着。

水上バスを降りて近くの小路に入ってみます。本当に隅から隅まで運河があります。ゴンドラがあるとはいえどうやって車もないのにものを運ぶのだろうと不思議に思ってしまいます。
では、ここからドストエフスキー夫妻も歩いたヴェネツィアの街を見ていくことにしましょう。(※私はドストエフスキーゆかりの地巡りとしてここを訪れています。詳しくは「ヨーロッパのドストエフスキーゆかりの地を巡る旅~『ドストエフスキー、妻と歩んだ運命の旅~狂気と愛の西欧旅行』」の記事参照)
ヴェネツィアの中心サン・マルコ寺院とサン・マルコ広場

ドストエフスキー夫妻も絶賛したサンマルコ寺院と広場。姪ソーニャ・イヴァーノヴァへの手紙でもドストフスキーはサン・マルコ寺院を「これは何ものにもたとえがたい驚嘆すべきものです(1869年8月29日付)」と褒め称えています。

私個人としては昼よりも夜のサン・マルコ広場に心惹かれました。月明りが雲を不気味に照らし、ヴェネツィアらしいドラマチックな雰囲気を作り出しています。ドストエフスキーのいた19世紀後半には当然電気もありません。街全体はもっと薄暗かったはずです。ですがその分月明りはより強烈で、明かりに使われていた火の効果も大きかったことでしょう。美しく照明に照らされた現代と、かつての自然光だけの時代。どちらが美しく見えるのか気になってしまいました。

柱の間から見たサン・マルコ広場はまさに額縁に入った絵画そのもの。どこに行っても芸術家を刺激してやまない美しい街がヴェネツィアなのでしょう。

夜道のヴェネツィアも素晴らしかった。幻想的。なるほど、これはティントレットの絵も生まれてくるなと大いに納得です。
ドゥカーレ宮殿の見どころ!その天井画と壁画に驚く

サン・マルコ広場すぐ近くに位置するドゥカーレ宮殿。ここもドストエフスキー夫妻は訪れています。

宮殿に入ってすぐに気づくのはやはり天井画の豪華さです。これでもかと金の額縁が天井を覆い、色鮮やかな絵画が描かれています。


とにかく天井!天井!天井!
天井を飾ろうとする飽くなき情熱のようなものを感じます。壁も当然びっしり絵が飾られているのですがやはり天井!明らかに力の入れようが違います。

そしてティントレットの壁画のある部屋に入った時は「やっちゃったなぁ~・・・」という謎なつぶやきが私の口から自然と漏れてきました。
情熱というよりもう「渇望」と言ってもいいのではないでしょうか。ここまで突き抜けて天井を飾るのはある意味あっぱれであります。開いた口が塞がりません。

そしてティントレットの巨大な壁画も素晴らしいです。まさに人の洪水。大波が打ち付けるかのような人の群れ。頻繁に洪水に襲われる海の街だからこそのインスピレーションなのでしょうか。圧倒されるほかありません。
アカデミア美術館で色彩豊かでドラマチックな絵画を堪能
翌日には私はアカデミア美術館にも足を運びヴェネツィア絵画を堪能しました。



やはりヴェネツィア絵画は独特です。見れば一目でわかるその色彩、ドラマチックな構図。激しさすら感じます。これも内陸性のミラノやフィレンツェと違う地中海のならではの文化ということなのでしょうか。イタリアは地域によって全くその雰囲気が違うので色々と巡ってみるとその違いを感じられて非常に面白いです。
こうしたヴェネツィア絵画については宮下規久朗著『ヴェネツィア 美の都の一千年』という本がおすすめです。
ぜひヴェネツィアのガイドブックとして手に取ってみてはいかがでしょうか。
ヴェネツィア滞在を通して思う~テーマパーク的都市ヴェネツィアとドストエフスキー夫妻

夕暮れのヴェネツィア・・・文句なしの美しさです。色彩の強さをフルに感じます。



夜は夜でどこに行ってもムード満点でロマンチック・・・。
そんなヴェネツィアを一人で歩く私・・・・
さすがの私もここでは寂しさを感じてしまいました。一人行動が全く気にならない私ではありますが、この街ではどうもそうはいかないようです。ここはパートナーと一緒に歩きたい街です。何というか、テーマパークのように感じてしまうのです。一人で黙々と芸術を観るという感じではありません。これがローマやフィレンツェと全く異なる点だと思います。パートナーとの思い出作りに来るなら最高だと思います。
そして帰国してから気づいたのですが、どうもドストエフスキーもそんなことを思っていた節があるのです。アンナ夫人は『回想』で、
ヴェネツィアには三、四日しかいなかったが、彼はサン・マルコ寺院の建築にすっかりひきつけられて、何時間も美しいモザイクの壁をながめていた。いっしょにドゥカーレ宮殿にかよったが、夫はそのすばらしい建築を賛嘆していた。そして十五世紀のもっともすぐれた画家たちのえがいた総督邸の天井のおどろくべき美しさにうっとりしていた。ヴェネツィアにいた四日間とも、わたしたちは昼も夜も魅惑的な印象を与えるサン・マルコ広場から立ち去ることができなかったと言っていい。
と、ヴェネツィアの美しさを絶賛し、ものすごく楽しんで過ごしたことをここで記しているのですが、ドストエフスキーは1869年8月14日付のA・N・マイコフ宛ての手紙で次のように書いています。
ヴェニスとウィーンは恐ろしく妻の気に入りました(独自の意味で)
これはどういう意味でしょうか。
実はドストエフスキーはヴェネツィア絵画についてはほとんど何も口にしていません。アンナ夫人はドストエフスキーと共に天井画を見て楽しんだと書いてはいますが、それについてのドストエフスキーのコメントもありません。ドストエフスキーはこれまで見てきた通り、絵画には非常に敏感です。そして気になった絵に関してはその印象を述べています。それはドレスデンでもバーゼルでもフィレンツェでもボローニャでもそうでした。しかし、ヴェネツィアに関しては、それがありません。
ですが、私はそれはそうだろうと思います。実際に私もこの街の絵画を見てきましたが、まずドストエフスキーが好むタイプの絵ではないと思いました。しかもあの熱烈に飾った天井画はドストエフスキーの芸術観とはどうもそぐわない気がするのです。ドストエフスキーが好むのはラファエロのような調和です。そう考えるとこの街の激しい色彩や劇的すぎる構図はおそらくドストエフスキーの好みには合わないのではないでしょうか。
ではドストエフスキーはこの街で楽しんでいなかったのでしょうか。
それも違うと思います。なぜならドストエフスキーは愛するアンナ夫人と一緒にいたから。
まるでテーマパークのようなこの街で二人はロマンチックに過ごしていたのではないかと思うのです。だからこそドストエフスキーは「ヴェニスとウィーンは恐ろしく妻の気に入りました(独自の意味で)」という意味深な言葉を書いたのではないでしょうか。マイコフとはかなり立て込んだ話や芸術・文学談議もするほどの間柄です。ドストエフスキー自身としてはヴェネツィアの絵画はそこまで印象には残らなかった。ですがアンナ夫人がとても喜んでくれたからそれはそれでよかった。そういうことの含みを持たせてこう言ったのではないでしょうか。
・・・う~ん、私の考え過ぎでしょうか。答えはわかりません。
ですが二人がヴェネツィアを楽しんで過ごしたのならそれはそれで嬉しいことです。これまで散々苦しい思いをしてきたのです。ぜひとも二人で楽しい時を過ごしてほしいではありませんか。別の手紙では「ヴェニス、なんという素晴らしい町でしょう!(1869年8月14日付、N・N・ストラーホフ宛て)」とも述べているので楽しかったのは事実でしょう。
私のヴェネツィア滞在はそんな二人を思い浮かべながらの滞在でありました。
【余談】ヴェネツィアの水没について
ヴェネツィアが水没の危機にあり、今でも潮位が上がるとすぐに水浸しになるというのは有名ですよね。
私が滞在したのは12月の3日間ほどでしたがその短い期間でもそれが真実であることを実感することになりました。

最終日の前日、日中から夜にかけて猛烈な雨が降っており、ほとんど外出もできなかったのですが、朝起きて外に出てみると驚きました。写真のように、運河の水がほとんど溢れそうになっていたのです。

しかもそれだけではありません。すでに道によってはこのように水たまりになっていて通ることができなくなっていました。

そして港の方に出ていくともはや道と運河の水面がぎりぎりでした。

海そのものも潮位が上がっているのか完全に波が道路を浸してしまっています。

これは大変です。このままではヴェネツィアが本当に沈んでしまうかもしれないというのもわかるような気がしました。

私はこの後水上バスでヴェネツィア空港に向かいましたが、この日に到着してヴェネツィア観光を始めたとしたらかなり難儀していたと思います。これが最終日でよかったなとほっとしました。皆さんもぜひお気をつけください。(気をつけようがないですが・・・)
とはいえ、こうしたことを最後の最後に体験できたのは私としても非常に印象に残っています。ある意味いい思い出です。こうしたトラブルを味わうのも旅の醍醐味だと私は考えています。
以上、「フィレンツェから水の都ヴェネツィアへ!美しき街並みや絵画を堪能!」でした。
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