石垣島西岸、碧の記憶
西岸へ向かう朝
石垣島の朝は光がやわらかい。
ANAインターコンチネンタル石垣リゾートで迎える朝だ。
朝食の会場は「サルティーダ」。
海を望むオールデイダイニングで、八重山の食材を織り込んだ和洋ビュッフェが並ぶ。パパイヤやドラゴンフルーツといった南国らしい果実、焼きたてのパン、沖縄料理の小鉢。
自室で準備を整え、レンタカーに乗り込む。今日は島の西側を巡る一日だ。地図で見ればわずかな距離だが、その間には色も風も、まったく異なる表情の風景が連なっている。

静かな序章――琉球観音埼灯台
最初に立ち寄ったのは、琉球観音埼灯台。
1953年(昭和28年)建設、光達距離は約8海里。八重山の海を行く船を導く小ぶりな灯台だ。
遊歩道を抜けると、白い塔と穏やかな海が視界に入る。観光客の姿はまばらで、聞こえるのは風と波の音だけ。
派手さはない。だが、島の空気に身体をなじませるにはちょうどいい場所だ。
この静けさが、後に訪れる鮮烈な景色への“助走”になる。

干潟に立つ一本――名蔵アンパル
車は名蔵湾沿いを北へ進む。
ラムサール条約登録湿地である名蔵アンパルの干潟が広がる。
干潮の砂地に、ぽつりと立つ一本のマングローブ。
四方へ伸びた根が、まるでこの土地に杭を打つかのように踏ん張っている。
空は高く、海は淡い青。遠くには西表島の山影。
観光地の華やかさとは無縁の、静かな時間が流れている。
ここで色彩はいったん抑えられる。
その分、次に現れる青は、より強烈に心へ入り込んでくる。

色の頂点――川平公園から望む川平湾
道が緩やかにカーブし、川平の集落に到着する。
駐車場はキャッシュレス専用で、現金は使えない。海外では珍しくない光景だが、日本で出会うと少し戸惑う。
そういえば、マレーシアのイベント会場では事実上の“現金お断り”というケースもあったな、と旅の記憶がふとよみがえる。

駐車場から公園入り口をすぎて緩やかな坂を上り、川平公園の展望台へ。事前情報はほとんど持たず、ただ「きれいらしい」という程度の期待だった。


そこに広がるのが、川平湾。
石垣島を代表する景勝地であり、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで三つ星を獲得したことでも知られる名所だ。


だが、そんな肩書きは展望台に立った瞬間、意味を失う。
階段を上りきったその一瞬、視界いっぱいに碧が広がる。

浅瀬はエメラルド。
その先はターコイズ。
さらに沖へ向かうにつれて、深く濃いコバルトブルーへと変わる。
海は単色ではない。
白い砂、サンゴ礁の配置、雲の影、太陽の角度――そのすべてが重なり合い、幾層もの青を生み出している。
湾内には小島が点在し、弧を描く白砂がアクセントをつくる。
グラスボートが静かに進み、水面に影を落とす。その透明度は、船が“浮いている”のではなく“置かれている”ように見えるほどだ。
そして2月とは思えないほどの青空がその色彩をさらに際立たせていた。

川平湾は潮流が速く、遊泳は禁止されている。
だが、その制限こそが、この透明度と景観を守っているのだろう。
風はやわらかく、海面は細かくきらめく。
その立体感は、写真ではとても収まりきらない。
湾を囲む緑の稜線、光のグラデーション、空と海の境界。
この日の旅の中心にあったのは、間違いなくこの川平ブルーだった。
島の果てへ――石垣御神埼灯台
川平湾のコバルトブルーの余韻を後に、さらにハンドルを西へ切る。目指すのは、石垣島最西端に近い岬、石垣御神埼灯台。川平からは車でおよそ15分ほど。県道79号から御神崎方面へ折れ、緩やかなアップダウンを越えていく。
途中、牧草地の向こうに海がちらりと顔を出す。観光地然とした賑わいはなく、車も少ない。やがて駐車場に車を止め、遊歩道を歩き始める。ここには観光客もおらず、歩くのは自分一人だ。そして冬の石垣とは思えないほど陽射しは強いが、海から吹き上げる風が心地よい。

岬の先端に立つ白い塔。石垣御神埼灯台は1983年(昭和58年)3月に設置された比較的新しい灯台だ。北緯24度27分、東経124度04分。単せん白光、光達距離は約12海里(およそ22km)。地上から灯火まで約17メートル、海面からは約62メートルの高さに光を掲げ、八重山の海を行く船の安全を見守っている。
案内板にも記されているが、この海域はかつて海難事故が起きた場所でもある。断崖絶壁の下は外洋に面し、潮流は速い。穏やかに見える海の色とは裏腹に、自然の力は強いのだ。

灯台へ続く小道の両脇にはテッポウユリが群生するという。訪れたのは2月。花の季節にはまだ早いが、岬全体に広がる緑と、切り立った岩肌のコントラストが印象的だった。
灯台の足元に立つと、視界が一気に開ける。東シナ海の水平線はどこまでも真っ直ぐで、遮るものがない。雲が低く流れ、光が海面を撫でるように移動していく。観光名所というよりは、島の端に立っているという実感を得る場所だ。
夕刻には、この岬は石垣島屈指のサンセットスポットになる。海へと沈む太陽と、白い灯台のシルエット。その時間帯に再訪する人も多いという。

川平湾が「色」を見せる場所だとすれば、御神埼は「広さ」と「果て」を感じさせる場所。島の西端に立つことで、石垣島という土地の輪郭がくっきりと浮かび上がる。
リゾートホテルの快適さもいい。だが、こうして島の突端に立ち、風に吹かれる時間こそ、旅の記憶を深くする。
白亜の灯台は今日も、黙って海を照らしている。
西岸を走りきって
琉球観音埼の静。
名蔵アンパルの間。
川平湾の極彩。
御神埼の果て。
石垣島の西岸を巡るこのルートは、色彩のグラデーションそのものだ。
そしてその中心にあったのが、川平ブルー。
あの展望台で見た青は、この旅のハイライトであり、石垣島という島の象徴でもある。
ハンドルを握り、一本道を走る。
それだけで、島はこれほど多くの表情を見せてくれる。
最後に残るのは、白い灯台の静けさと、あの圧倒的な川平ブルー。
石垣島の記憶は、あの碧のイメージで占められる。
