【夫婦関係】ダメ妻を探して三千里
以前、ダメ妻は、ダメ夫が作るという記事を書いた。 結論は、ダメ妻の背後にはダメ夫がいた、というものだった。
夫が家庭を顧みない。承認しない。関心を向けない。家事や育児を「手伝うもの」として扱い、家庭を自分の責任範囲として見ていない。そういう環境が妻を追い詰め、やがて「ダメ妻」と呼ばれる状態を作り出す。
書いたあと、夫として少し癪に障った。
結局は、夫婦間の問題は何であっても夫が悪いという話になってしまうのか?
ダメ夫を生み出すダメ妻が、どこかにいるのではないか?
そう思って、探しに行くことにした。
最初に目をつけたのは、家事の場面だった。
夫が家事をしようとすると、妻が「やり方が違う」と小言を言う。
皿の洗い方が違う。洗濯物の干し方が違う。子どもへの声のかけ方が違う。何をしても修正される。やがて夫はやる気を失い、何もしなくなる。
妻が夫をダメにしている。ダメ妻発見!
マターナル・ゲートキーピングという現象がある。妻が家事・育児の門番になり、夫の参加を阻む構造だ。約2000組を対象にした調査では、37%の夫が妻にこうした行動を取られていると感じていた。やる気を失ったと答えた夫は約9割にのぼる。
数字もあって、根拠もある。
しかし、一つ手前に戻る必要がある。
なぜ妻は門番になったのか。
夫が最初から家事・育児に関与していれば、妻がすべてを管理する必要はなかった。夫が不在のまま、妻が毎日観察し、判断し、失敗しながら家庭の運用ルールを作ってきた。そこに後から夫が入ってくる。当然、妻の標準とずれる。妻は小言を言って修正する。夫はやる気を失う。
ゲートキーピングは、妻が一人で作ったものとは言い切れない。夫の不在、妻に偏った負担、そして夫婦の相互作用の中で作られていた可能性が高い。
行き止まりだった。
次に、モラハラ妻を調べた。
夫が罵倒される。無視される。人格を否定される。収入を馬鹿にされる。家庭の中で居場所を失う…。
司法統計上の離婚申立ての動機でも、夫側では「性格の不一致」に次いで「精神的虐待」が多い。妻からのモラハラで苦しんだ夫は確かに存在する。これは妻起因のはずだ。
今度こそ、ダメ妻発見!
ただ、モラハラ妻はどこから来たのかを考えると、二つのルートが見えた。
一つは、結婚前からそういう人だったというルート。結婚前に最も良い顔を見せるのは人間の自然な行動で、結婚という逃げられない関係になって初めて本性が出ることがある。これを見抜けなかった夫側だけの責任とは言えない。これは確かに、夫起因というよりは、妻起因と言える。
もう一つは、結婚後に関係の中で悪化したルート。穏やかだった妻が、長年の蓄積の末に攻撃的になった。その蓄積の中身を見ると、夫の無関心、家事負担の偏り、妻の訴えを軽く扱い続けた年月、が並んでいた。
一部は妻起因といえたが、また行き止まりだった。
最後に、妻の不貞を調べた。
これこそが、夫に帰着しないルートのはずだった。
160の社会を対象にした研究では、不貞は婚姻解消の最も一般的な原因として挙げられている。夫がどれだけちゃんとやっていても、外部の相手との関係が生じれば、夫婦関係が壊れることはありうる。これは妻の選択だ。
ここにいたのか! ダメ妻発見!
しかし研究者はこうも言う。不貞は、必ずしも夫に問題があるとは限らないが、すでに悪化していた婚姻関係の結果でもありうることが多い、と。こう考えると、不貞だけを切り出して「妻に起点がある」と言い切るのは難しい。
一部は妻起因といえるだろうが、やっぱり行き止まりだった。
三千里歩いて、元の場所に戻ってきた感じがする。
ゲートキーピングも、モラハラも、不貞も、
妻に起点があるように見えるが、結局は、ダメ夫から出発している場合が多いことが分かったということではなかろうか。
妻が悪いケースは確かにある。妻が加害者になるケースもある。結婚前からの気質として、夫に帰着しない妻の問題もある。それは否定しない。ただ、夫婦の崩壊をたどっていくと、多くの場合、夫側の行動や不作為が出発点のように見える。
妻は家庭を見ている。子どもを見ている。夫の態度を見ている。自分の限界も見ている。その観察の記録が、関係の履歴として積み重なる。逆に、夫は見ていないことが多い。見ていないから変化に気づかない。気づかないから対処しない。そして最後に、結果に直面することになる。
「妻が変わった」
「急に離婚と言われた」
「なぜこうなったかわからない」
しかし妻の側では、急ではない。長い時間をかけて、すでに結論が出ていた。
ダメ妻を探して三千里。
見つからなかった、とは言わない。
ただ、探せば探すほど、夫婦関係を悪化させる歴史の中に迷い込んだ。そしてその歴史の出発点には、いつも夫の姿があった。
前回の記事で書いたことは、逆から攻めても崩れなかった。
夫婦関係では、見ていた側に物語が残る。
見ていなかった側には、驚きだけが残る。
「なんとなくこうなった」というわけではない。
気づかなかったこと自体が、すでに答えの一部だからだ。
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