成瀬由紀雄の「参考図書あれこれ」:『日本語はいかにつくられたか?』『日本語は進化する』(4)
(↑のつづきです)
しかしここで忘れてはならないは、日本語の書き言葉にとって、漢文訓読体つまり翻訳文体こそが正統であり、和文体つまり非翻訳文体は正統ではないという事実です。
そしてその後のいかなる時代にあっても、翻訳文体のほうが自然な和文体よりも社会的には地位が上であることには変わりはありません。
鎌倉・室町時代になると、漢文に日本的特徴がまぎれこむようになり「変体漢文」と呼ばれる変則的な漢文が書かれるようになりました。
ちょうど現在の「シンガポール英語(Singlish)」の発生などにあたる現象といってよいでしょう。
現代の日本でいえば、英作文のときによくお目にかかる「日本語英語」にあたるものでしょうか。
また「和漢混交文」と呼ばれる漢文と和文の混合文体も生まれました。
手紙の候文体も、この時期に生まれました。
こうした時代を経たのち、江戸時代に入ると和漢混交文がエスタブリッシュメントだけでなく、一般の人々にも広く用いられるようになりました。
これが私たちの現在使っている文章のご先祖さまにあたります。
いっぽうで、徳川幕府が儒教を擁護したために漢文の社会的地位はますます上がり、漢学者たちによって漢籍つまり中国語の書籍の訓読と注釈が盛んに行われるようになりました。
現代でいえば、大学の先生たちによる欧米学術書の翻訳とその解説にあたります。
ここでもまた、翻訳とは学問そのものであり、日本文化が翻訳によって根底から支えられていることがよくわかります。
東京大学の原点である江戸の湯島聖堂を頂点にして、各藩の藩校では、多くの儒学者たちが、生徒たちを相手に漢籍の翻訳と解説を行っていました。
現代の大学体制とほぼ同じです。
(つづきは↓)
☆☆☆
☆☆☆
「ことさきく|成瀬由紀雄の日英文章・翻訳教室」では、このほかにも日本と日本人、英語・日本語・翻訳その他に関するコンテンツを数多くアップしてあります。総数は1000本を超えています。
いくつものマガジンを設定していますのでぜひチェックしてみてください。
