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心と言葉の日本語文法(45)表現の多機能性――ひとつの表現が複数の機能を併せ持つ(2)

(↑のつづきです)

この分析を、表現のほうからみてみると、次のようになる。

「吾輩は」という表現は、
命題要素(わたし)、
対事的モダリティ(トピック)、
対人的モダリティ(社会的ポジション)
という3つの機能を併せ持っている。

なお、「命題要素(わたし)」と書いたが、この「わたし」という表現も命題要素としての機能だけではなく対人的モダリティの機能(社会的ポジション)を併せ持っている。

したがって、純粋に命題要素だけを表現しているわけではない。

日本語には自分自身を示すうえで英語の“I”や中国語の「我」のように純粋に命題要素の機能のみを持っている表現が存在しない。

これは、日本語の特性を考えるうえで最も重要な点のひとつである。

「猫である」という表現の「猫」については純粋な命題要素と考えてよい。

ただし、名詞がすべて純粋な命題要素なのではない。

たとえば、「猫」という表現であればモダリティ要素が含まれていないと考えてよいが、これが「ネコちゃん」であれば、そこには対事的モダリティ(猫に対する判断・態度)と対人的モダリティ(それを伝達しようという意志)が含まれている。

同様のことが、多くの名詞表現に当てはまる。

「猫である」の「である」については、「心と言葉のグローバル日本語文法」の観点からみると、命題としての機能は持っていないと考えてよい。

「である」を外して「吾輩は猫。」だけでも命題として機能を果たしているからだ。

「である」という表現が持つ機能は、
対事的モダリティ(断定するという判断態度)

対人的モダリティ(相手に対する低い丁寧度)
である。

(つづきは↓)

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