なぜ哺乳類の背骨は上下に波打つのか? │尻尾からの脱却という特異な進化
1.はじめに
いろいろあって久しぶりの更新になりました。
突然ですが、哺乳類の特徴を挙げてくださいと言われたら、皆さんはどう答えるでしょうか?
モフモフの体毛
胎生、授乳
高い知能、etc…
多くの人はこんなことを考えるかもしれません。
もちろんどれも正解で哺乳類を特徴づける重要な要素です。
しかし、ここでは哺乳類と他の動物とを分ける大きな特徴として、
「背骨の使い方」に注目したいと思います。
両生類のイモリや、爬虫類のトカゲなどは背骨を左右にくねらせながら前に進みます。
一方、哺乳類はどうでしょうか?
イヌやネコ、ウサギなどがダッシュする姿を想像してみてください。
トカゲのように左右にくねったりせず、むしろ背骨は弓のように上下にしなるような動きをしているはずです。
陸上脊椎動物(四肢動物)の進化の歴史を考えると、これはとても不思議なことに思えてきます。
四肢動物は魚類から進化しました。
魚類は体や尾を左右に振って水中を泳ぎます。
その子孫である両生類や爬虫類が、体を左右に曲げながら歩行するのはごく自然な流れです。
そう考えると背骨を上下に曲げて使う哺乳類はかなり異端な存在に思えてこないでしょうか?
哺乳類はいつどのように背骨の使い方を左右から上下へと変化させたのでしょうか?
調べてみるとそこには約3億年にわたる哺乳類の進化の歴史が隠れていました。
2.「背骨」で走る哺乳類
先ほど述べたように、哺乳類は歩いたり走ったりするとき、脚だけでなく背骨のしなりを利用しています。
そのわかりやすい例としてチーターを挙げてみます。
チーターが全力疾走する姿を見てみましょう。
主に背骨の腰のあたり(腰椎)を柔軟にしならせていることが分かります。
この動きは一歩の歩幅を大きくする効果があると同時に、まるで近年陸上競技でよく使われる高反発シューズのように、着地時に受ける荷重や衝撃を腰椎や全身の筋肉などで吸収し、強い推進力に変換するという働きがあります。
チーターはかなり極端な例ですが、程度の差はあれ多くの哺乳類はこのように背骨をバネとして利用しています。
キリンのような大型の哺乳類ですら、威嚇などをするときに背骨を上下に大きく揺らしながら、その巨体からはちょっと想像しがたい猛ダッシュを見せることがあります。
哺乳類は背骨を上下方向に曲げることによってバネとして使う方向へ進化した動物と言えるかもしれません。
腰椎のバネ化によって、哺乳類は重力を味方につけたとも言えるでしょう。
3.哺乳類の進化の歴史
ここまでに至る哺乳類の進化とはどのようなものだったのでしょうか?
よくある誤解 哺乳類の祖先は爬虫類?
一昔前の学校の教科書などでは「魚類→両生類→爬虫類→哺乳類」のように、哺乳類は爬虫類から進化したとされており、現在でも広くそう認識されていると思います。
しかし実際はそうでなかったということが分かっています。
哺乳類は、「単弓類(たんきゅうるい)」という、より大きな系統に属しています。(哺乳類以外の単弓類のなかまは過去に絶滅)
これに対して現生のトカゲやワニ、恐竜などのいわゆる爬虫類は、「双弓類(そうきゅうるい)」という系統に属しています。
単弓類(哺乳類)は双弓類(爬虫類)から進化したものではなく、3億年ほど前の石炭紀後期に、有羊膜類(両生類から進化した殻を持った卵を産む動物)からそれぞれ枝分かれしたものと考えられています。
つまり、哺乳類と爬虫類は共通の祖先から生まれ、別々の方向に進化した兄弟のような関係、と言うことになります。
単弓類の進化
代表的な単弓類を時系列で以下に並べてみます。
①ディメトロドン(盤竜類、ペルム紀前期)

ディメトロドンはよく恐竜に間違えられますが、初期の単弓類であり、哺乳類に近い系統の動物です。
一見しただけでは哺乳類っぽさはほとんどなく、横に張り出した脚、太く長い尾など、爬虫類的な特徴が目立ちます。
歩くときもトカゲのように背骨を左右にくねらせていたはずです。
②ゴルゴノプス (獣弓類、ペルム紀後期)

③トリナクソドン (獣弓類、三畳紀紀前期)

後の時代になると獣弓類と呼ばれるグループが登場し、
②ゴルゴノプスや③トリナクソドンのように、脚が胴体の下に入り始め(直立化)、体に対して尾が小さくなる、といった体型の変化が見られます。
この体型から想像すると歩行時の左右のくねりはかなり少なくなっていそうです。
④モルガヌコドン(初期哺乳類、三畳紀後期〜ジュラ紀初期)

④モルガヌコドンは最初期の哺乳類で、当時地上を支配していた恐竜から逃れるために、小さなネズミのような姿をしていました。
体の作りも現代の哺乳類にかなり近づいていて、脚はほぼ真下を向いた直立姿勢、尾は細長く、かつてのディメトロドンのような太さはありません。
白亜紀の終わりに恐竜が絶滅すると、哺乳類は一気に大型化・多様化していき、現代の哺乳類へと繋がっていきます。
そして現代の多くの哺乳類は完全に直立化しており、体に対して尾が小さい傾向が見られます。
尾について比較してみましょう。
爬虫類や初期の単弓類(ディメトロドンなど)の尾は、根本が太く胴体と滑らかにつながる「円錐形状」で、いかにも力強そうです。

根本が太くて強そうな円錐型
これに比べると、現代の多くの哺乳類では、ひょろっとした「紐状」の尾が腰から唐突に生えているような印象を受けます。

体に対して小さな紐状の尾。主な役割は「ハエたたき」
こうして初期の単弓類から現代の哺乳類への進化の歴史を見ると、「尾の縮小」と「背骨の曲げ方向」との間には何か関係がありそうな気がしてきます。
4.尾の役割とは?
そもそも尾の役割は何だったのでしょうか?
一つは「カウンターバランス」としての役割です。
初期の単弓類は、爬虫類のように脚が身体の横に張り出した姿勢(匍匐姿勢)をしていました。
この状態で右脚を蹴り出すと、体は左前脚を軸にして右方向に回転しようとします。次に左脚を蹴り出すと、体は左方向に回転しようとします。
つまり脚を踏み出す度に、体には左右にブレようとする力が働きます。

ゆっくり歩く分にはあまり問題なさそうですが、速く歩いたり走ろうとすると、さらに大きく体が左右に振られることになり、エネルギーが無駄に消費されてしまいます。
そこで太く長い尻尾がカウンターバランスとして働くことで体の左右のブレを打ち消し、体全体で効率的に歩行を行うことができます。
もう一つが「推進機」としての役割です。
尾の付け根には尾大腿筋(びだいたいきん)という、尾から大腿骨へとつながる大きな筋肉が存在します。爬虫類などの尾が円錐形をして見えるのはこのためです。
この尾大腿筋は後ろ脚を後方へと引っ張り、強力な蹴り出しの力を産む推進機としての役割を果たします。
つまり尾は、体の左右のブレを抑え、前に進む力を生み出すために必要不可欠なものでした。
5.尾はなぜ退化したのか?
それではなぜ初期の単弓類から哺乳類へ至る流れで尾は退化していったのでしょうか?
2つの理由を考えてみました。
①直立化の影響
初期の単弓類は匍匐姿勢でしたが、次第に脚が胴体の下へと入り、直立姿勢へと変化していきました。(直立化)
匍匐姿勢から直立姿勢になると何が変わるのでしょうか?
先ほど述べたように、匍匐姿勢では踏み出す度に左右に回転力が発生してしまいすが、直立姿勢ではこの問題がほぼ解消され、脚の力をほぼ前進方向に向けることができ、左右方向へブレようとする動きはかなり少なくなります。
そうなるとカウンターバランスとしての尾の必要性は低下し、先ほど見たように単弓類の尾が短くなっていったのではないかと考えられます。
(注:例に出したチーターは、急旋回するときに積極的に尾でバランスを取りますが、あくまで補助的なものであり、旋回するための推進力を尾が直接生んでいるわけではありません。他の哺乳類でも尾はバランスや体の保持、コミュニケーションといった役割が多いと思われます。)
②横隔膜の影響
直立化の他に、単弓類には別の重要な変化が起きていました。
それは「横隔膜(おうかくまく)」の獲得です。
哺乳類は横隔膜(胸腔と腹腔を隔てる膜状の筋)を使って呼吸をしていますが、これは祖先の単弓類が2億5千万年前あたりに獲得したものと考えられいます。

Diaphragm:横隔膜、Thoracic cavity:胸腔、Abdominal cavity:腹腔
哺乳類である私たち人間は普段意識せずに横隔膜を使って呼吸をしていますが、これは動物の中では特殊な構造です。
多くの爬虫類や両生類では、胸腔(肺が入る空間)と腹腔(内臓が入る空間)の分離が比較的弱い構造になっています。
そのため、体幹の動きがそのまま肺に伝わり、呼吸に干渉しやすい状態になっています。
トカゲなどがダッシュをすると、体幹の左右のブレが肺を圧迫するため、呼吸がしづらくなります。
このため長時間ダッシュを続けることができず、呼吸のために一旦動きを止める必要があります。
単弓類では、横隔膜によって胸部と腹部を構造的に分離し、また横隔膜が強力なポンプとして機能することにより、動きながら呼吸し続けることが可能になりました。
横隔膜の獲得もまた、単弓類の尾の退化に影響を及ぼしたのかもしれません。
哺乳類の骨格を見ると奇妙なことに気づきます。
肋骨が胸のあたりで突然なくなり、胃や腸などの内臓があるはずの腹まわりはスカスカです。
もしノーヒントで骨格図だけを渡されたら腰が極端にくびれた異様な輪郭の生物を想像してしまうかもしれません。

肋骨が胸部で途切れ、腰回りが心配になるぐらいスカスカ
スカスカすぎて構造的に大丈夫なのかと不安になりますが、安心してください。そこは肋骨の代わりに腹筋や筋膜などの張力によって支えられています。
肋骨が胸部のみに残り、腹部がスカスカな一見奇妙なこの構造は、呼吸機能が主に胸部に集約されていることの表れです。
これは、腰側にあった筋肉や骨格が「呼吸」という役割から解放され、「推進」に特化できるようになったことも意味します。
爬虫類では尾と尾大腿筋が連動して推進力を生み出しており、まさに尾が推進の主役でした。
それに対して哺乳類に至る単弓類では、横隔膜の登場に伴う構造の変化により腰周辺の筋肉群が再編成され、それまでの「尾中心」に替わる腰椎の上下のしなりを利用した推進システムが再構築されたのではないでしょうか。
ただし、不安定な直立姿勢の状態で前進の筋肉を連動させて体の動きを制御するのは容易なことではありません。その裏には現代の戦闘機の「フライバイワイヤ」に例えられるような高度な神経制御も不可欠になります。
哺乳類の「左右から上下」への背骨の動きの変化は、「尾から腰」へのハードとソフト両面における推進システムの大転換と言えるかもしれません。
おわりに
ヒトも哺乳類であるからか、哺乳類は我々にとってとても身近で親近感を抱きやすい存在です。
物心つく前から見慣れすぎているせいか、その姿形に疑問を感じること自体が少ないのかもしれません。
今回は背骨の使い方をきっかけに、哺乳類の特異さの一端を改めて知ることができました。
哺乳類は約3億年の長い歴史を持つ単弓類の一族であり、地球で起きた数々の大量絶滅を乗り越えた生き残りの末裔です。
その実力は伊達ではありません。
これからもこうした哺乳類の秘められた力を再発見していきたいと思います。
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1. 記事見出し画像
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2.ディメトロドンの復元図
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4.トリナクソドンの復元図
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5.モルガヌコドンの復元図
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6.ワニの尾
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7.キリンの尾
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8.匍匐移動のイメージ
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9.ヒトの体腔の構造図
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10.ネコの骨格図
・タイトル:Felis silvestris restoration & skeleton.jpg
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