なぜ「草食恐竜」は「植物食恐竜」と呼ばれるようになったのか?│恐竜は「草」を食べていなかった?─草の進化の歴史
はじめに
最近、「草食恐竜」という言葉はあまり聞かなくなり、代わりに「植物食恐竜」という言葉をよく耳にするようになった気がします。
なんだか長いし舌を噛みそうです。慣れ親しんだ「草食恐竜」じゃダメなんでしょうか?
しかし調べてみると意外な事実が分かりました。
実は恐竜の時代に現代の私たちが見るような「草」はほとんど無かったようなのです。ここから「草」の進化の歴史について探ってみましょう。
第1章:恐竜と「草」の関係
現代に生きる私たちが「草」と聞いてイメージするのは、緑の草原だったり、その辺の雑草のような、柔らかく背の低い一年生植物の姿でしょう。
しかし意外なことに、そのような現代の「草」は、恐竜の栄えた中生代(約2億3000万~6600万年前)にはほとんど存在していませんでした。
中生代の植物相は以下のように今とはだい違う顔ぶれでした。
マツやナンヨウスギなどの針葉樹
巨大なシダ植物
ソテツやベネチテスなどの裸子植物
白亜紀に入って登場した被子植物(当時は低木の形が中心)
中生代は現代よりもずっと温暖・湿潤で穏やかな気候で、大地には広大な森林が広がり、森林の低層部もほとんどが低木や原始的な木性シダ類で占められていました。
恐竜時代も終わりに近い白亜紀後期(約1億年前)になって、初めて現代の「草」に近い植物が現れはじめましたが、まだ限られた環境に生息するニッチな存在にすぎませんでした。
つまり白亜期末まで恐竜は「草」を見たことすらなく、白亜紀末の「草」の出現後も恐竜がそれ食べる機会は非常に限られていたと考えられるのです。
このような背景により、「草食恐竜」という言葉は、恐竜が現代のような「草」をムシャムシャと食べていたという誤解を招きやすいため、「植物食恐竜」という正確な表現が使われるようになってきたのです。
第2章:「草」は「木」から進化した
ここで「草」と「木」について整理しておきたいと思います。
「草」と「木」は植物の分類ではなく、植物の形態やライフスタイルを表す言葉です。
専門用語でそれぞれ「草本(そうほん)」、「木本(もくほん)」と呼びます。
草本植物:茎が柔らかく、毎年枯れて種や地下茎で次の世代につなぐ植物(例:ススキ、タンポポ、イネなど)
木本植物:硬い幹があり、何年もかけて大きく育ち続ける植物(例:ケヤキ、ツバキ、マツなど)
つまり、「草」は身軽な短期決戦型、「木」は重厚な長期戦略型のライフスタイルと言えます。
これも意外な事実かもしれませんが、すべての草本植物は木本植物から進化したと考えられています。
(ただし「木」と言っても、低木や灌木と言われる、幹と枝が区別しにくい背が低いタイプの木です。)

低木の姿をしている。後に「草」に進化した植物もこんな姿に近かったのかもしれない。
このように「木本」から「草本」に変化することを「草本化」と言います。しかもこの「草本化」は被子植物の複数の系統で独立して何度も起こりました。(収斂進化)
最初の草本化は白亜期末に、単子葉植物(イネ科植物などの系統)で起こり、少し遅れて双子葉植物のアブラナ科で起こったと考えられています。
前述の通り、この時点(中生代)では草本植物は木本植物に比べてマイナーな存在でした。
しかし中生代が終わり新生代に入ると、地球に大きな環境変化が訪れるようになりました。
南極氷床の形成による寒冷化・乾燥化
インド・ユーラシア衝突によるヒマラヤ/チベット高原の隆起→季節風の強化→内陸部の乾燥化
火山活動の沈静化や風化反応によるCO₂吸収→大気中CO₂濃度の低下
このような不安定で厳しい環境への変化により、これまでの木本植物の「ゆっくり大きく成長」という戦略は通用しないことが多くなってきました。
一方、このような厳しい環境には草本植物の「短命で素早く成長」という戦略が理に適っていたため、「草本化」に舵を切る双子葉植物のグループが続々と登場しました。アブラナ科、ナデシコ科、マメ科、キク科などがその例です。これら今ではおなじみの「草」も、もともと低木の姿をしていたのです。
こうして「草」は勢力を広げ、「草原」という新しい風景が地球上に広がって行きました。
また、草原は自然火災や、ウマやウシなどの大型草食獣の捕食により、頻繁に撹乱(リセット)が起こる環境でもあります。その度に草原の植物相は一掃されますが、これが木本植物の勢力拡大を抑え、いち早く再生する草本植物が優勢になる、という固定サイクルを生みました。
このようにして、中新世(約2300万~530万年前)には、現在私達が想像するような大草原(サバンナやステップ)が拡大しました。

人の手による下刈りの後、イネ科植物(種類不明)がいち早く再生し、一帯を占領し始めている様子が分かる。自然界の草原では、自然火災や草食動物が下刈りと同じ役割を果たす。
第3章:草界のエリート・イネ科植物
草本植物の中でも、圧倒的な勢力を誇るのがイネ科植物です。
アフリカのサバンナ等の大草原に限らず、私達の身の回りの道端や公園、家の庭、畑、河川敷などの風景は、イネ科植物で溢れています。
(例:田んぼの稲、庭の芝生、雑草のエノコログサ(ネコジャラシ)、ススキ、メヒシバなど)
「草」で画像検索してみると、結果表示されるのはほとんどがイネ科植物の姿です。
またネットスラングの「草w」「大草原不可避www」といった言い回しも、「(笑)」を省略した「w」の形が草っぽい、ということから来ていますが、先の尖った細い葉の形状はまさにイネ科植物の特徴です。
イネ科植物は現代人の「草」のイメージの代名詞といっても過言ではありません。

草原の植物相の大半はイネ科植物で構成されている。
被子植物には「単子葉類」と「双子葉類」という大きな分類がありますが、イネ科植物は単子葉類の仲間です。
小学校の理科の授業で単子葉類と双子葉類の違いについて、このように習った記憶はないでしょうか?
双子葉類:リング状に並んだ維管束、主根と側根からなる根、複雑な葉脈、子葉は2枚
単子葉類:維管束はバラバラに配置、細いひげ根の集合、平行な葉脈、子葉は1枚
当時の私は「しっかりとした双子葉類」、「適当な単子葉類」という印象を受け、双子葉類の方がより進化した植物だと思っていました。
しかし実際はむしろ逆でした。
双子葉類の「しっかりとした構造」は祖先の木本植物の性質を引き継いだ、ある意味保守的な構造とも言えます。
単子葉類は双子葉類的な特徴を持つ共通祖先から派生し、とにかく無駄を排除し、急成長と環境対応能力に全振りした特異な構造に進化しました。
イネ科植物の繁栄の理由の根幹は、この単子葉類の先進的な体の仕組みにあったのです。
(これは単純な優劣の話ではなく、戦略の取り方の違いです。)
第4章:草の戦略と現代社会
木本から草本、双子葉類から単子葉類への進化は、「複雑」から「シンプル」への転換です。進化とは大きく複雑になることと思いがちですが、実際にはそうとは限らず、環境に合わせて最適化するプロセスという進化の本質をよく表した例です。
この「草」の進化の物語は、現代社会の変化にも通じるところがあります。
かつての日本社会では、国や企業という大きくて安定した「大木」にすがることで人々は安心と安定した暮らしを享受できていました。
しかし今は、社会保障への不安、終身雇用の崩壊など、文字通りその「根幹」が揺らぎ、社会情勢なども非常に不安定な時代であることはご承知の通りです。
逆に今は、変化に素早く柔軟に適応できる個人や組織の力が重要視される時代になってきています。そこで求められるのは、軽やかに素早く行動し、踏まれても刈られても何度でも立ち上がる「草のように生きる力」なのではないでしょうか?
おわりに│足元の「草」が教えてくれるもの
「草食恐竜」から「植物食恐竜」へ。
この言い換えには、地球の歴史を正確に表現し直すという意味がありました。恐竜の時代に草原はなく、シダ植物や裸子植物の森が広がっていました。そして恐竜がいなくなった地球で過酷な環境に適応し、「草」は地球を席捲したのでした。
街を歩いているとき下に目をやると、道路脇、舗装の割れ目、街路樹の脇など、そこかしこにたくましく生えている「草」がいます。
名前も知られず、ときには雑草として邪魔者扱いされるこれらの「草」たちは、実は最先端の進化を遂げた存在です。
気になった草を見かけたら、ぜひ立ち止まってみてください。写真を撮ってその正体を調べてみるだけでも新しい発見がたくさんあります。図鑑で調べても良いですし、AIに聞いてみても面白い話が聞けるかもしれません。

イネ科のエノコログサ(ネコジャラシ)が占有しているが、この光景は人による定期的な管理(下刈りや除草)があって成り立っている。人の手が入らなくなったら、別の草に入れ替わり、いずれは木が生えて林(自然)へと戻る、らしい。
「この草はなぜこんなところに生えているんだろう?」
「どんな戦略でこの場所を選んだんだろう?」
そんなふうに足元の自然に問いかけてみると、地球の歴史や生命の進化、さらには現代社会の生き方のヒントに繋がるような物語が浮かび上がってくるかもしれません。
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■使用画像クレジット一覧
・記事見出し画像:
生成AIによる
・アンボレラの写真:
Amborella trichopoda 1.jpg by Stan Shebs, Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0
・草原の写真:
King des Grasslands, Grassland National Park, SK.jpg by Films Oiseau de nuit, Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
