「トウモロコシ」と「モロコシ」の違いとは?│語源や意味の移り変わりの歴史
はじめに:トウモロコシという名前の違和感
夏の旬野菜で甘くて美味しい「トウモロコシ」。
でもその名前、よく考えてみると不思議じゃないでしょうか?
トウ + モロコシ = 唐(とう)+「唐土(もろこし)、どちらも中国や外国のことを指す昔の言葉です。
まるで「チゲ鍋」「サルサソース」のような二重表現。どうしてこうなったのでしょう?
今回はトウモロコシの不思議なネーミングにまつわる歴史について考察してみました。
第1章:モロコシ=トウモロコシ?
正式名称は「トウモロコシ」ですが、単に「モロコシ」と見聞きしても、多くの人は「トウモロコシ」を連想するのではないでしょうか?
屋台の「焼きもろこし」、缶詰の「もろこし畑」、お菓子の「もろこし輪太郎」など、商品名にも「もろこし」表記が多く見られます。
また、私の故郷の甲信地方では、「モロコシ」が方言として定着しているようで、私自身トウモロコシのことを普通にモロコシと言うことがよくあります。
別の地方出身の妻は、トウモロコシのことをモロコシと言うことはないが、モロコシと聞いても違和感なくトウモロコシのことだと受け取るそうです。
このように地域差などはあると思いますが、一般的には「モロコシ=トウモロコシ」という認識が多いのではないでしょうか?
第2章:モロコシの由来
実は「モロコシ」と「トウモロコシ」は全くの別物です。
モロコシは別名で高黍(たかきび)や高粱(コーリャン、ガオリャン)、ソルガムとも呼ばれ、以下の写真や、本記事見出し画像の右側のような見た目の植物です。

モロコシはアフリカ原産のイネ科植物で、中国大陸を経由して遅くとも13~14世紀あたりまでには日本に伝わっていたと考えられます。
各種文献によると、地方によって「トウキビ」「タカキビ」「キミ」など様々な名称(方言)がありましたが、関東地方では「モロコシキビ」や「モロコシ」が一般的だったようです。
これは在来のその他の雑穀と区別するために、「外来のキビ」という意味で、唐土(もろこし)+キビ=モロコシキビと呼ばれるようになったものと考えられます。
また、時間が経つにつれてその本来の意味が薄れ、「モロコシ」という短縮バージョンが派生したと考えられます。
第3章:トウモロコシの由来
一方、トウモロコシは中南米原産のイネ科植物で、16世紀末にポルトガル人によって日本にもたらされました。
そしてこの新しい外来作物に対しても、「ナンバンキビ」「トウキビ」「タマキビ」など、地域ごとに様々な名称が付けられていきました。
関東地方においては、その姿形が、伝来から数世紀が経ち、その名前の由来がすっかり忘れられていた「モロコシ」に似ていたため、「外来のモロコシ」という意味で再度「唐」が付加され、唐(とう)+モロコシ=トウモロコシと呼ばれるようになったと考えられます。
第4章:トウモロコシとモロコシの明暗
モロコシ、トウモロコシという呼称はこのようにして発生したと考えられます。ただし、前述のように江戸時代まで各地域によって様々な呼称があり、モロコシ、トウモロコシも東日本地域のいち「お国言葉」にすぎませんでした。
そして何やかんやあって時代は明治に移ります。日本は西洋化・近代化の波に乗り、農業技術も大きく進展します。この時期、海外から甘味種(スイートコーン)や飼料用のデントコーンなど、改良された新品種のトウモロコシが導入されました。これらはかつて伝来したトウモロコシよりも味や生産性において格段に優れており、たちまち日本中で広く栽培されるようになりました。
また、中央集権化による近代的な国家づくりのため、東京方言をもとにした標準語が整備されていくことになりました。各地で呼称がバラバラだと混乱を招くため、日本全国で言葉の統一が必要だったのです。
その流れで関東地域で使われていた「トウモロコシ」が標準語として用いられるようになり、教科書や農業指導書、新聞等を通じて全国的に普及し、今に至ると考えられます。
一方、痩せた土地でも育ち、かつては雑穀の一つとして農村部の庶民にとって身近な作物だった元祖モロコシは、近代化によって日本が豊かになるにつれてその需要が薄れ、徐々に一般社会からその存在を忘れられていったと考えられます。
「トウモロコシ」の名前の中に残る「モロコシ」は、消えゆく言葉の記憶の残影なのかもしれません。
(なお、世界的にはモロコシ=ソルガムは世界の五大穀物の1つに数えられ、決して存在感が小さいわけではありません。)
第5章:名前の意味消失・上書き事例
モロコシやトウモロコシのように、名前が本来の意味や由来を失ったり、後発が元祖を上書きした事例はよく見られます。例えば以下のような例があります。
意味の消失│たくあん
元々は沢庵和尚が広めたことによる「沢庵漬け」が由来(諸説あり)。スーパーや食卓などで「たくあん」を見たときに、その由来を思い出す人は殆どおらず、脳はダイレクトに「たくあん」として認識すると思います。また、「漬け」という本質部分が省略されがちなことにも、モロコシとの共通点が見られます。後発による元祖の上書き│マリオブラザーズ
1985年に発売されたテレビゲーム界の傑作「スーパーマリオブラザーズ」。実はそれより前に「マリオブラザーズ」という作品が発売されていました。 しかし現在では「スーパーマリオブラザーズ」の方が本流扱いで、元祖「マリオブラザーズ」は忘れられがちです。後発が元祖を上書きしたという点で、「トウモロコシ」と「モロコシ」の関係姓に似ています。
おわりに:元祖モロコシの物語は続く
「トウモロコシ」という一見奇妙な名前には、はるか昔に海を超えて日本にやってきた作物たちの数奇なドラマがあり、新しいものが古いものを塗り替えるという時代の移ろいを物語っていたのでした。
ところで、食の健康に関心のある方にとっては、「ソルガム」は聞き覚えがあるかも名前かもしれません。 近年、グルテンフリーで高栄養価のスーパーフードとして、ソルガム=元祖モロコシが注目を浴びているようです。
また、近年バイオ燃料の原料としてもソルガム注目されている模様です。
日本でその存在を忘れかけられた元祖モロコシは、トウモロコシとは違う方向性に歩み始めているようです。もしスーパーなどで「ソルガム」や「高黍(たかきび)」といった商品表示を見かけたら、その名前に隠された長い旅とドラマに思いを馳せてみてはいかがでしょうか?
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・【新作】恐竜名の日本語、英語、ラテン語発音についての考察です。
・「木綿」と「綿」の違いも、「トウモロコシ」と「モロコシ」のパターンに似ています。
・最近の「草食恐竜」から「植物食恐竜」の呼び替えについても興味深い背景があります。
・言葉の由来を追うことは、私達の理解の構造そのものにも通じています。こんな記事も書いています。
トウモロコシのように、ある言葉や存在が文化の中でどう受け取られ、拡散されていくかには、見えない構造があります。モササウルスがここ最近で人気者になった背景にも、そんな構造が見え隠れしています。
・記事見出し画像:
1. Corn plantation.JPG by Bhanupratap59, Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0
2. Umurima w'amasaka.jpg by Endikuemmy, Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
改変内容:上記2画像をトリミングし一枚に合成、画像の鮮明化、記事タイトル付加
・モロコシの画像:
File:Sorghum.jpg by Larry Rana, USDA, Wikimedia Commons, Public Domain
