怒りのかっこよさ、むなしさのみじめさ
前回のネタのパート2を書こう、と思っているうちに時間だけが過ぎた。多忙なのもあるが、その上、暇がない。まったくない。気づくと一日が静かに終了しつつある。
というわけで、そっちはいったん諦めて、短い「セラピー日記」を自分のために残しておく。どうせ忘れる。自分の記憶力をまったく信用していないので、書いておくしかない。
さて、ここから本題に。少し前、「餓鬼」について書いた記事があった。
それを、最近、あらためてつらつらと考えてみた。すると、不思議なことに毒父への怒りが少しだけおさまった。理屈はよくわからない。ただ、効いた。それだけは確か。
薬効の説明はできないが、症状は軽くなった、という感じ。
なんだ、父と私、どちらも「餓鬼」だったのか、と腑に落ちた…、ような気がした(は?)。
そのとき、「何か」の正体が露わになった気がしたのだった。この「何か」とは、心の闇。正体がよくわからないと、どうしても巨大な怪物みたいに感じられる。
露わになると、なんだ、そうだったのか、と。怪物じゃなくて、ただの(?)「餓鬼」か、と少し拍子抜け。
若い頃、よく怒っていた私。…に対し、戦時中の幼年期を生き抜き、私よりはるかに年季の入った「餓鬼歴」を持つ父。
キャリアの長さでは到底かなわない。だが、どちらも長い間満たされていなかった点では「互角」っぽい。
父は文字どおり戦時中に飢え、戦後も何かに飢えたまま、うろうろと彷徨うように生きてきた人だった。
食べ物だけの話ではないよう。常に何か不足している、という顔をしていた。しかも、どちらもお互い「親に認められていない」と感じていたよう。
父もどうやら祖父とうまくいっていなかったらしく、ほぼ絶縁に近かったとのこと(伯母談)。何があったのかは、誰も詳しく教えてくれない。我が家の家族史は、肝心なページだけきれいに白紙…(都合よく破られている可能性も、大あり)。
さてはともかく、前ポストの僧侶アドバイスに従い、五歳の私たちを思い浮かべてみる。彼らは、いったい何が欲しかったのだろう。
…だいたい想像はつく。
「いい子だね」、「すごいね」、「大好きだよ」。
たぶん、それだけ。
ちいさな子供ながら、親のような影響力のある人たちに、それをちゃんと言ってほしかったのだろう。
要求としては、かなりシンプル。
それが、さっぱり手に入らず、代わりに怒りだけが残った。
気づけば、いつも何かに腹を立てている仕様。父はその怒りを、家庭という最寄りスポットでわりと雑に発散していた。
最悪。
そんな流れで、私も十代でパンクにハマった。怒りと相性が良かったのだと思う。見事に取り憑かれた。
変な言い方だが、怒りはかっこいいものだと思うようにさえなってしまった。怒っている自分には、ちゃんと存在している実感があった。ついでに、なんとなくパワフルにも感じられたり。少なくとも空っぽではなかった…、ような気がする。中身の質はともかく、「何か」がぎっしり詰まっていた。
先週、セラピストの言葉が妙に刺さった。その場では軽く聞き流したつもりだったのに。
彼女、つい最近セラピスト同士で「喪失の嘆き」をテーマにした勉強会に行ったらしい。そのネタとともに、私にこう言ってくれた。
「喪失」というのは、人の中で長期的に何度も戻ってくるもの。
そう簡単には消えない。むしろ、ずっと居座るもの。忘れた頃に、また顔を出したりして、わりと粘り強い。
あなたの場合、それは「怒り」かもしれないわね。かなり長い間、居座ってるよう。
でも、その怒りをずっと手放さなかったということは、きっと何かそれに「役割」があるからじゃないかしら?
なるほど、と思った。
そう言われてみれば、怒りは理由もなく居座っていたわけではないよう。
餓鬼も怒りも、それなりに「機能」していたのだろう。雑用係だったのか、用心棒だったのか、そのへんは不明だが。
まあ、ここでなんとなく、つらつらと怒りのクリップを集めてみた。
子供の頃から好きだった曲や映像。怒り成分多めのものばかりだ。改めて見返しても、やっぱりかっこいい。うむ。主観は変わっていない。これは在庫確認のようなもの。
昭和お茶の間アイドル:

今みても、やっぱりカッコええわ〜。かなり昔。はっきり憶えてる。
パンク・クラシック編:

シドのオリジナルクリップはあまりに過激すぎるので、代わりにドイツの70年代ニューウェーブ、かなりパンク度高めのニナ・ハーゲンによるシドの「マイ・ウェイ」カバー(上)。
つまり、シナトラのオリジナル→シド版→さらにニナ版。よくわからない構図だが、怒涛感は最高。
昭和80年代、怒涛の清志郎:
呆れまくってる、ってか。
おまけ(はて?):
ついでにこれも好きだわ(下)。カルト邦画から(英国で鑑賞)。
怒涛の70年代ベルリンロック:
前のポストでも貼った。歌詞も怒ってる💢。
90年代、アイルランドからの怒涛:
燦々たる家庭内暴力、虐待経験を、バビロンの炎をテーマにぶっ叩き叫ぶ。
これも、前のポストで貼った。
トランスの怒涛:
映画シーン。ラブソングでも怒涛のコブシ効きすぎ!
サイバーパンクの怒涛:
バイクギャングが破壊力を手にした仮想世界と、愚かな人間が核を手にした現実を比べる。その対比に気づいてからもっと好きになった。やっぱ、怒りを芸術化したっぽい傑作。
故オズボーンの怒涛:
これも、前のポストでも触れたが。去年、悲しくも故人となった。
90年代ブラジル発・異色メタルの怒涛!
今みても、やっぱりすごいわ。
いや〜、やっぱり怒りってかっこいいわ。全然色褪せてない。
このまま行くと、100トラックくらいリンクしてしまいそうだから、この辺で止めておく(でも、あとでまた追加すると思う… 😅)。
あ、これも…。
怒りがかっこいいと感じるということは、やはりそれを捨てたいとは思っていない、ということだろう。
怒りの断捨離はまだ無理そうだ。
…少なくとも今は。無念!。
本家の仏法、お釈迦さま直伝の教えでは、「怒り」は人間を内側から焼き尽くす毒だと説かれている。まさしく、恐るべきものだ、と、ものすご〜くはっきりと。
それをわかっていながら、なぜか「怒り」のサブカルに惹かれてしまう私は、またもや仏法でいうところの「まやかし」、つまり妄想のようなものにひっかかっているのだろう。
そう実感した瞬間、不思議なことが起こった。
怒りが、ほんの少しだけ静まった。あれ?
その代わりに、かなり大きな虚しさがガツンとやってきた。予告なしで。
なるほど。
そうか。
私は、この巨大な虚しさよりも、怒りを選んで生きてきたのだと、そのときはっきりと気づいた。
この虚しさは、まさしく「喪失」レベル。セラピストが話してくれたことともツジツマがあう。
そこで、また納得した。
怒りが居座っていた理由と、「喪失」レベルの虚しさ、寂しさが奥に隠れていたことも、なんとなく「つながった」。
カラクリが、少しだけ見えた、ような…。
その瞬間、あの毒父が、ものすごく小さく、惨めで、ちょっとかわいそうな存在に感じられた。
これまで私は、「いつか見返してやる」と思いながら、その怒りを生きがいにしてきた。そう感じた。
なるほど、怒りの裏には、こんな虚しさが潜んでいたのか、と腑に落ちた…。
ちなみに、セラピストは下の本から詩を引用してくれた。邦訳版は残念ながら見つからないが、タイトルもちょっと面白い。
『変容スープ:すばらしき不完全さのための癒し』といった感じか。
引用された詩の内容はうろ覚えだが、こんな感じ。
私の世界には、真っ暗な洞窟のような場所がある。
まだよくわからない。
今まで、避けてきたから。
でも、少しずつでもいい。
キャンドルを片手に、その洞窟、いや、真っ暗な空洞の中を探ってみよう。それは、案外素晴らしい場所かもしれない…。

避けようとしていた虚しさ。その真っ暗な空洞を、私は恐れていた。でも、それを恐れると、つい別の感情でまた覆い隠してしまいそうになる。
もう、そんな回り道をする気もない。いや、時間もエネルギーも、もう残っていない、ような…。
だから、やっとこの空洞へ、キャンドルを片手に降りて行く時、かもしれない…。
そんなとき、ふとメリー・オリバーの短い詩を思い出した。失恋詩のような響きをもつけれど、どこか静かに心に寄り添う。
(眠っている間に、この詩を夢見た)
かつて愛した人が
私に闇の箱をくれた
理解するのに何年もかかった
これもまた、「贈り物」だったのだと
幼かった私を、暖かく優しく愛してくれる理想の父親は、私にはいなかった。そのために幼い私は「喪失感」と悲しい思いをしたのかもしれない…(記憶にはないけれど)。
いつから、この切望と寂しさが怒りに変わったのだろう。

私がもらったのも、この暗闇の箱。そして今、その箱が闇の中にひっそりと潜んでいるのがわかってきた。
いつか、それを開け、贈り物として、静かに鑑賞できる日が来るのだろうか。

メリー・オリバー(1935–2019)はアメリカの詩人。
1984年にピューリッツァー賞、1992年に全米図書賞を受賞した。ひとり散歩の数々から得たインスピレーションを、素朴で鮮やかな描写とわかりやすい言葉で詩にした。
幼少期から自然に親しみ、困難な家庭や虐待を経験しながらも、詩で自分の世界を築いた。代表作に『American Primitive』『House of Light』『New and Selected Poems』がある。日常の観察を通して自然へのいつくしみを描き、散歩と手作りノートで詩を育んだ。
ホイットマンやディキンソンの影響を受け、孤独と内省、自己の解放を融合させた作風で知られる。
前ポストからのおさらいも、下に。
「もしあなたが両親とうまくいっているなら、あなたは彼らを通じて大いなる祖先たちとつながっている。けれど、もし、うまくいっていないなら、そのつながりから切り離され、餓鬼となる。」もう一度、この耳の痛い言葉。
「以前、プラムビレッジ僧院にさまよってやってきたアメリカ人男性がいた。その人も餓鬼だった。彼は父親をどこまでも憎んでいた。父親が亡くなった後も、その憎しみは消えることはなく、苦しんでいた。」
師は続ける。そして、その餓鬼をこう諭したという。
あなた自身の肉体や存在は、憎んでいる父親からの投影。それがどんなに嫌で、受け入れがたくても、憎んでいる父の『つづき』が、あなたなのだ。
あなたの父は、自分にできる限りの投影をあなたに投げかけた。そのため、「愛情の欠けた不完全な部分」まで全て投影してしまった。
あなたが受け継いだのは、愛情の足りなかった父親だけでなく、さらにその前、どこかで愛情を失った先祖の業までも含まれている。
あなたの父も、それを受け継いで苦しんだことだろう。
