拐かし。火付け盗賊改め②(秘密さん。創作の新.恋愛時代劇小説)🩷💜💚💛❤️

女は、いぃ。
気楽なもんだ。
この言葉に苛立ちを覚えながらの私は、蘭之介の着ている着物の裾が気になった。
あの裾さばき…….
一流の男でもない限り、あぁはならないだろうと、思わず見入ってしまった。
あの裾についている、一本の髪の毛になってみたい。
いや、糸屑でもいぃ。
糸屑なら、どこへ行く時でも連れて行ってもらえる。
途中、意地悪なお節介が手を伸ばさない限り、糸屑になってゆらゆらといつまでもぶら下がりながら、どこへでも連れて行ってもらえる。
雨の日なら、少し水に浸かりながらの冒険となり、晴れの日なら沸き上がる動悸と激しい鼓動の渦に巻き込まれながらのものとなり、鮮やかな裾さばきに身を任せて連れられて行くだけ。
あぁ…….
私は糸屑になりたい。

そうすれば、私は今よりも自由の身になれるのかもしれない…….
落ちそうで落ちることなく、離れそうで離れて行く事なく、ゆらゆらとぶら下がって、時々摩擦の風に負けそうになりながらも、次の目的地までの道のりをしがみついて行くのも、私の定めなのかもしれない。
そう思っている時に、一本の糸屑が冷めたお茶の中に入っている事に気付いた。
糸屑…….

そのお茶は、私が一気に飲み干した後に、再び注いでくれたはずの
上等のお茶である。
その糸屑をじっと眺めてから、指先をお茶の中に突っ込み、クルクルと回すだけ回してみて、私はその指の動きを止めてみた。
糸屑は沈む事なく表面を泳いでおり、なかなかの根性ものである。
私は、お茶の奥深くまで追い詰めて、二度と上へは上がって来る事なく、上澄み液だけを飲み干すつもりではあったのだけれど、ちっともそうはならなかったので、ちょっと考えてから、一気に飲み込んでしまう事にした。
私の喉の奥に絡み付いて、取れなくなってイガイガとするものだろうと思っていたけれど、案外聞き分けがよく、反抗的態度をとる事もなく、スルリと奥深くまで滑り込んでいったのである。

邪悪なものを体内に潜り込ませた感覚に陥りながらも、一筋の満足感に絆される事になっていったのである。
この糸屑はどこからやって来たものなのだろうか…….
願う事ならば、思う人の物であって欲しいものだと……..
思う人…….
今の私にとっては、会いに行こうとしていた遠方のあの人であるというよりかは、もう、完全に別の考えになっていったのである。

雨…….
雨の匂いは、独特な感じがする。
ちょっと甘くもあり、生臭くもあり、魚の匂いがするのかもしれず、人の匂いがするのかもしれず、泥にまみれた脚の匂いがするのかもしれず、思わず口元に手をやりたい気持ちにもなってしまった。
それは、喧嘩の時の喧騒とざわめきと躍動感と倦怠感とやりきれないものと、ほんの少しの気休めが見える匂いでもあった。

「おい、お梅とか言ったな。」
ちょうど、ゴクリと流し込んだ後に、私が求めていたものが聞こえて来た。
「はっ、はい。」
「今夜は、雨もキツイようだし、どうだ。このまま、ここに居るのか、あるいはもっといいところへ連れて行ってやろうか?」

私は、ここに居るよりもいいところなんて、あるわけがないと思っていたので、すかさず、
「あっ、はい。私は、こちらに、ずっと居ます。どこにも行きません。」
蘭之介が、私の居る場所へと戻って来たのである。
肩のところには、雨の痕が…….
そこに、一本の糸屑がないものかと、私は必死に目をこらしながら、全身くまなく追い求めた。
「おい、何をみておる。俺様の顔に何かついているとでもいうのか?」
「いっ、いえ…….別に…….。」

「お梅は、ここに居る方が良いと言うのだな。しかしな、ここに居てもらっては具合が悪いんだ。わかるか?俺様にも都合ってものがあるのだよ。」
「はぁ…….。」
私は、何故、ここに居ては具合が悪いのかをわかるわけがなく、ただ、言われたままにするのしかないと覚悟を決めて、「どうにでもなれ!」と思う事にした。
そう、「どうにでもなれ!」だ。
雨を表現するのに、最も適していると思われる言葉は、「どうにでもなれ!」だろうと……..。


私は、この思う人の言う通りになら、なんだって出来ると思ってしまったのである。
私の思う人…….
それは、会いに行こうとしていた遠方にいるあの人ではなく、今、目の前にいる人の糸屑になりたいという気持ちから、もう、既に、したたかに変わって行った。
あんな人!
あんな人の為に!
確実に、私の中で何かが動きはじめた。

藤堂蘭之介…….
私は、この人の為なら、死ねるのかもしれない。
何でも出来るのかもしれない。
少なくとも、遠くにいるあの人よりかは、目の前にいる人の方へと心変わりしてしまうは、男も女も当たり前の事なんだと思いながらの、大胆な行動に出てしまうのであった。
「私を糸屑にして下さい!」
そう言って、蘭之介の着物の裾にしがみついた。
雨に濡れた着物の裾は、男の匂いで一杯であった。
「どうか、私を糸屑に!」
降りしきる雨は、どこまでも乱暴で聞き分けの無い出で立ちで、
私の声を響かせた。
つづく



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🩷 秘密さん。ワールドへ、ようこそ!🩷
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