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12.友達は彼方【ブリは車に乗せられない】12/13

※連載作品です 前話はこちら

第一話はこちら





そのあと私たちは、ぶっころの父親に案内をしてもらって、彼の暮らしていたアパートに行った。

母親は来なかった。


去り際、

『少し休ませて下さい。』

と言ってた。



父親は、ぶっころの残した遺品を持って帰って欲しいとの事だった。


玄関には、ブリが一本まるごと入りそうなクソデカクーラーボックスがあって、ここはあんまり変わってないなって思った。

メンマの瓶はなかった。
捨てられたのかもしれない。

『汚い部屋なんで、靴のまま上がって下さい。』

私はちょっとムッとした。

ぶっころの部屋は汚くない。
いや、汚なかったわ。


靴のまま入っていくと、もう、色々な荷物が動かされたあとだった。

ぶっころはいなかった。

そして私の知ってる景色じゃなかった。


父親は言う。
『荷物があんまり沢山あって、遺品の整理が一回で終わらなくて、何回かに分けて来てたんですよ。』


ぶっころの実家からここまで、車で1時間ちょっとはある。

息子の死んだ部屋に、回数を分けて遺品整理をしにくる父親の事を思うと、部屋が汚いって言ってるのも許せる気がした。



私は、部屋を見渡した。

ああ、あいつはここにいた。

ここに座って、酒を飲んだ。

このテーブルで、フィギュアに色を塗った。

ここにあいつがいた。

俺もいた。



私は、魂が抜けそうな気持ちになった。

ついに私は理解した。

ぶっころがもういない。

いないんだ。




フグタ君が突然、鼻をフンフンさせた。

「お前やめろ!匂いとか嗅ぐな!」

『だって、アイツここで死んでたんでしょ?
腐ってたりしたら、匂いするかなと思って。』


多分、フグタ君なりの想い方だったんだろう。
何せフグタ君は、私よりもずっとぶっころに会ってなかった。

わずかでも彼の痕跡を掴み取りたい思いであるならば、あんまり責められるものでもないと考え直し、好きにさせた。



『これ、持ってって下さい。』

父親が手を述べた先には、ぶっころが使ってたハンモックがあった。

そしてフグタ君には、ゲーム器と、ぶっころのライダースジャケットが渡された。

バイクもう無いのに、ジャケットまだ持ってたのかよ。

『直して着るよ。』

フグタ君はそう言った。
そういえばフグタ君も、バイク乗ってたんだっけ。


部屋を見渡すと、見覚えのあるリールがあった。

私はたまらず、
「これ!これ頂けませんか!?」

それは、アブガルシアというメーカーの、4000番台のスピニングリールだった。

長らく、ぶっころの愛機だった。

壊れて使えなくなっていた事は知ってたけど、ぶっころといえば、このリールだった。


そしてもう一つ。


真っ黒くてデカい、MONSTERと書いてある箱。 

それは、キングダムデス:モンスターというボードゲームだった。


父親は言う。

『私には、どれもこれもさっぱり分からなくて。
大きいものだけど、価値があるのかも分からないし、全部捨てる事になりますので。
持っていって下さい。』



私は、ハンモックと、アブガルシアのリール、キングダムデスを持って、玄関を出た。

帰り際、ブリが一本丸ごと入りそうなクソデカクーラーボックスが、玄関前にあった。


父親が聞いてきた。
『これはいりませんか?』

いらなかった。


私たちは、フグタ君の車にこれ以上は積めないので、もう十分ですとお断りした。


そして歩き出す。

(もう二度と、ここには来れねーんだ。)

(もうぶっころはいねーんだ。)

振り返ると、父親と目があった。

父親は、私に頭を下げた。



頭なんか下げないで欲しいって思った。

だってこの人は、この後もぶっころの遺品を捨てる係をやらなきゃならない人だから。

なので私は、ホテルマンのプライドを賭けた礼をお見舞いしてやった。





帰り道の運転しながら、フグタ君が言う。

『日和が手紙入れてなかったら、俺らぶっころが死んじゃった事にも気付かなかったかもしれないんだよね。』


確かに。
俺、超ファインプレーじゃん。

鼻が高かった。

友達死んでるのに何喜んでんだ。
アホくさ。


でもぶっころの実家にいた時は、フグタ君は連続ファインプレーをしてた事を思い出して、

(ドローだな。)

なんて考えてた。



時計を見ると、もう午後になってる。

私が考え事しながら黙ってると、フグタ君が言った。

『あのクーラーボックス、処理が大変だから俺らに押し付けようとしたんじゃね?』


「俺もそう思った。」

私たちは笑った。


まだコイツと離れたくなかった。

フグタ君も多分そうだった。



『ラーメン食って帰ろ。』

「おう、俺、美味しい店知ってるよ。」



私はフグタ君を、ぶっころに教えてもらったラーメン屋に連れて行った。




家に帰った私は、さっそく遺品達を並べた。

何でここにあるんだろう。
俺のじゃないのに。


まず、ハンモックを設置してみた。

でかかった。

ぶっころが収まるサイズなんだから、まぁそりゃそうだよなと思った。


そして多分あいつは、ハンモックが洗濯できるという事実を知らなかったに違いない。

独特な匂いがしたので速やかに洗濯をした。

その後、ハンモックは、子ども達のブランコとして我が家で活躍をするようになる。


次にリール。

私は上州屋に持っていって、修理依頼をした。

戻ってきたリールに新しいPEラインを巻いて、以後、私の愛機になった。

その前には、シマノのサハラを使っていたんだけど、はっきり言ってそいつより使いにくかった。

巻きが重くて、大物がかかると硬い手応えだった。

ぶっころは誰も傷つけないモンスターだったのでこれが普通だったのかもしれないけど、私は困った。

それに、もうあいつは、誰も傷つけない男じゃなかった。
仕方ない事だし、あいつは悪くないけど。


そして、キングダムデス:モンスター。

私は箱を開けて、中身を確認した。

グッチャグチャだった。
モンスターは整理整頓が出来なかったらしい。

多分、綺麗に整頓しようと触るたびに壊してしまうから、しょうがなくこうしたんだろう。

知らんけど。


私はモンスターと違って割と几帳面な方なので、中身を整頓した。

でも、今になって思う。

グッチャグチャのままにしとけば良かったって。


整頓の途中、最後に一緒に遊んだ日に、私が作ってたオッサンのコマがあった。

私はそれを、ずっと無くさないようにしようと思った。

しばらく私は、全ての中身を検める事に時間を費やした。


だけど、ハゲがなかった。

あいつ、この中には片付けなかったんだ。

もう二度と戻らないハゲなんだ。





やがて、私の家族が帰ってきた。

私は娘たちを抱きしめた。

妻を労った。


だけど、胸の中に穴が空いたようだった。


使い古された言葉だ。

でも、これ以上に当てはまる言葉を、私は知らない。

身体に穴が空いた。

その穴は、娘たちがいくら笑ってくれても、埋まらなかった。



それでも、普段は案外、困る事はなかった。

そもそも一緒に暮らしていた訳ではないし、私には私の生活があった。

仕事があったし、育児があったので、私は胸に穴が空いている状態を割とそのままにして、結構普通の生活をした。


幸せと喪失は、同時に成立する。

その事を知った。



母や姉妹の事は、正直その頃にはどうでもよくなってた。

ぶっころの方が大事だった。

ぶっころが死んだ事があまりに大きくて、母親達の事を思い出す暇がなかった。

だからぶっころは、死んでからも私を助けてくれた。

そんな事してほしくないのに。






ある日、私はぶっころの新しいアパートに遊びに行った。

共通の友人みんなで、一緒に彼の家を訪ねたんだ。

彼の新しい住居は2階建てのアパートで、彼はそこの2階の、一番はじっこの、階段のすぐそばの部屋だった。


4人くらいで集まって、遊んだ。


だけどいつのまにか、共通の友人達はいなくなってて、私とぶっころは二人になってた。


私は彼に、
『新しい家ってのは、いいもんですなぁ。』
と冗談めかして伝える。

私たち二人は、彼の新しいアパートのベランダで、タバコをふかしながら、いつもの感じで談笑していた。


そして話が途切れた時、私は思い出した。
ぶっころが、もう死んでいるという事を。



ところが、どうした事だろう?

彼は私の目の前で、タバコを吸いながら、私と談笑しているではないか。


彼はきっと、何かしらの理由で、もう一度だけ生を得たのだと思った。

私は、彼にそのことを伝えようと思った。



『なぁぶっころ、なんて言えばいいのかな?
ぶっころはさ、実はさ、』

私は恐る恐る、言葉を探しながら、語り出そうとした。


すると突然、彼はベランダの手すりをすり抜けたかのように、地上へと落下した。

地上には水たまりがあって、彼はそこに落ちた。

そして水たまりに沈んでいき、姿が見えなくなっていく。



私は悲鳴に近い声で、必死に彼の名前を呼び、階段を駆け降りる。

彼が落ちたはずのあたりに到着するのだが、彼の姿がどこにも見当たらない。

私はその周辺を、必死に走り回りながら、彼を探した。
何度も何度も彼の名を呼んだ。

俺が絶対に探してやる、と叫びながら、彼を探し回った。


そこで目が覚めた。

隣には長女がいて、私にくっついて寝ている。

長女の向こう側には、妻と次女がくっついて寝ている。


私は夢を見ていたのだとすぐに思い当たり、とりあえず、そっと起きて、トイレに行った。


廊下は寒くて、急いで戻って、布団に入る。
そして、夢のことを考えた。



生きているみたいだった。

もう死んでいるという事実を伝えようとした瞬間、彼はベランダから落ちて、私の目の前でもう一度死んだ。

伝えてはならなかったのだろうか?
そう思った。


とても悲しくて、私は家族みんなが一緒に眠っているベッドの中、誰にも気づかれないように泣いた。


そのうち、いつのまにか、私は眠ってしまっていた。


私は、彼を見つける事が出来なかった。

そしてこの先も、彼を見つけられる日はこない。




13/13 最終回へ続く

まとめはこちら

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