《新規事業のすすめ》AIなしで語れる言葉が事業を動かす──8事例から学ぶビジョンの本質とAIの限界
「新規事業のアイデアはあるのに、上司や同僚を動かせない」「ChatGPTに文章を書かせているのに、なぜか相手に響かない」。こんな悩みを抱えていませんか。
日本交通は、タクシー業界にITがほとんど浸透していなかった2011年、日本初のスマートフォン向けタクシー配車アプリをリリースしました。3代目社長の川鍋一朗氏は「拾うのではなく、選ばれるタクシー」という方向性を打ち出し、乗務員や取引先を巻き込みながらこの挑戦を実現させました[1]。方向性を示すこの言葉は市場調査から生まれたものではなく、現場の感情に向き合う中で紡ぎ出されたものでした。
なぜこの一言が組織を動かせたのでしょうか。今回、8つの新規事業・地方創生事例を横断的に調査する中で、その理由が見えてきました。
8事例のビジョンに共通する「ある特徴」
エフェクチュエーションとは、優れた起業家に共通する行動原則のことで、その中核にあるのが「飛行機のパイロットの原則」です。これは、未来を正確に予測してから計画するのではなく、パイロットが目の前の状況に対応しながら操縦するように、自ら行動し関わることで未来を形づくっていくという考え方です[2]。8つの事例を調べると、中心人物が語った方向性には共通する特徴があり、それはこの原則が示している世界観の実践例として捉えることができます。
ヌーラボ:橋本正徳氏は「仕事を楽しくする」というコンセプトにこだわり、業務ツールに絵文字やゴリラのキャラクターを取り入れました[2]
秋田・創生する未来:伊嶋謙二氏は「地域から日本の未来の創生を目指す」という理念を打ち出しました[3]
カモ井加工紙mt:他社が断った工場見学依頼を受け入れた背景には、「顧客の声をよく聞く組織風土」がありました[4]
アスクル:岩田彰一郎氏らは顧客の要望を「本当はワンストップで揃えたい」という本質的ニーズへ読み替え、方向転換を実現しました[5]
日本交通:川鍋一朗氏は「拾うのではなく、選ばれるタクシー」という方向性を打ち出しました[1]
吉野杉の家:「吉野の文化や風土を愛し、吉野で生きていきたい」という地元住民の想いがすべての起点でした[6]
御所坊:金井啓修氏は独自の美意識に基づき、歴史と文化を現代の付加価値へ転換する判断を重ねました[7]
勝右衛門:宿泊者の様子を見ながら声をかけるタイミングを計る、女将の気配りという現場感性が核にありました[8]
共通するのは、どのビジョンも当事者自身の経験・痛み・情熱を背景に持っている点です。これはデータ分析から導かれた結論ではなく、現場に立ち続けた人だけが言葉にできるものでした。
生成AIはビジョンの「形」を作れる
生成AIは、ビジョンを形にする作業では強力な力を発揮します。起業家や新規事業担当者が新規事業のビジョンを検討する際、AIが得意とする作業は次の通りです。
ビジョン文のドラフト生成(複数パターンの言い回しを瞬時に提示)
競合企業や業界のビジョン表現の分析
ターゲット層別のリライト(社内向け・投資家向け・顧客向けなど)
抽象的な想いを分かりやすい言葉に言い換える作業
アスクル創業期に岩田彰一郎氏らが生成AIを使えたとしたら、顧客のFAX注文用紙メモ欄の膨大な要望を自然言語処理し、潜在ニーズを瞬時に可視化できた可能性があります[5]。そこから「翌日配送で中小事業所の購買を変える」「顧客起点でワンストップ調達を実現する」といったビジョン文の候補を、数秒で複数得られたかもしれません。しかし、ここで立ち止まって考えたいのは、それは本当に「岩田氏自身の言葉」だったのかという点です。AIが生成した文章は統計的にありそうな言葉の並びであり、本人の痛みや葛藤から生まれた言葉ではありません。これが「生成AI ビジョン」の限界の核心です。
AIが生めない「魂」の正体
ビジョンに魂が宿るには、3つのパターンがあるように見えます。
第一に、個人の体験に根ざした必然性です。勝右衛門では、主人が槙でお風呂を丁寧に炊き上げ、宿泊者の様子を見ながら声をかけるタイミングを計る気配り・現場感性が、現場に立ち続けることで培われました[8]。この現場感性は経験に基づき必然的に作られたものです。
第二に、苦労や失敗、挫折を経た覚悟です。アスクルの岩田氏らは、プラス役員会からの強い反対を受けながらも、顧客の声を集計し何度も説得を重ねて他社製品の取扱いを実現しました[5]。この覚悟は、苦労を経験した本人にしか語れません。
第三に、「なぜ自分がやるのか」という内発的動機です。内発的動機とは、報酬や評価のためではなく、自分の内側から湧き上がる意欲のことです。御所坊の金井啓修氏は、料理人の反発を受けながらも自らの美意識と現場への信頼に基づき、冷凍設備メーカーとの試食を繰り返し膝詰めの対話を重ねて変革を実現しました[7]。この動機は、外部から与えられるものではなく本人の内側にしかありません。
人間のビジョンをAIで磨く実践法
ここで大切なのは、「ビジョンをAIに書かせる」のではなく、「AIを鏡として使い、自分で彫刻する」という発想です。起業家の言語化を助けるために、次の3ステップを試してみてください。
ステップ1:AIを使わず、自分の想いを100文字以内でまず書いてみる
ステップ2:その文章をAIに渡し、3パターンのリフレーミング(異なる視点からの言い換え)を依頼する
ステップ3:提示された候補を参考にしながら、最終的には自分の言葉でブラッシュアップする
このプロセスを通じて、AIにできないことと、自分にしかできないことの境界が明確になります。
まとめ:AIに映して、自分で彫刻する
8つの事例を振り返ると、ビジョンはAIに書かせるものではなく、AIという鏡に自分の想いを映し、自分の手で彫刻していくものだと分かります。エフェクチュエーションの「飛行機のパイロットの原則」が示すように、未来は誰かが予測するものではなく、自らの言葉と行動によって創り出すものです[2]。あなたは今、自分の言葉で、周囲の心に届くビジョンを語れていますか。
参考文献
[1] https://note.com/muesli14/n/n970845a83f53
[2] https://note.com/muesli14/n/ncecb58210b20
[3] https://note.com/muesli14/n/n36e85a0e5f9c
[4] https://note.com/muesli14/n/n8c0f5e52318a
[5] https://note.com/muesli14/n/nea7e0327ec6c
[6] https://note.com/muesli14/n/n55fe5fa1bb78
[7] https://note.com/muesli14/n/nd2d28de51297
[8] https://note.com/muesli14/n/n6a62a712aef4
