見出し画像

《新規事業のすすめ》伝統と革新が織りなす温泉旅館の未来―有馬温泉・御所坊に学ぶ+生成AI活用可能性

 有馬温泉の石畳を歩けば、鎌倉時代から800年以上の歴史を持つ老舗旅館「御所坊」があります。谷崎潤一郎や吉川英治など数多くの文人が愛したこの宿は、今、DX(デジタルトランスフォーメーション)という新たな挑戦の舞台となっています。この変革を理解するカギが「エフェクチュエーション」という起業家の思考法です。御所坊の代表・金井啓修氏の取り組みは、予測困難な時代に手持ちの資源から価値を創り出す実践例として注目されています。本記事では、御所坊の実践から5つの原則を紐解き、《空想》として「もし当時、生成AIがあったら?」という視点で、伝統ある旅館業における新たな可能性を探ります。[1]

エフェクチュエーションとは

 エフェクチュエーションは、熟達した起業家の行動原理を体系化した思考法です。従来のビジネスでは、明確な目標を設定してから最適な手段を計画する「コーゼーション(因果論)」が一般的でした。しかしエフェクチュエーションは全く逆の発想で、手持ちの手段(自分は誰か、何を知っているか、誰を知っているか)から出発し、行動しながら機会を創り出します。5つの原則は、手中の鳥(手持ちの資源活用)、許容可能な損失(失敗時の損失を見積もり許容範囲内で行動)、クレイジーキルト(あらゆるステークホルダーとの協働)、レモネード(予期せぬ事態をテコに活用)、飛行中のパイロット(予測でなくコントロールで成果を出す)から構成されます。コーゼーションが過去データと予測を重視するのに対し、エフェクチュエーションは不確実性の高い状況で、行動と学習を重ねながら柔軟に方向転換していく点が特徴です。[2][3]
詳しくは、以下のNOTE記事をご覧ください。
https://note.com/muesli14/n/n62a5eedc8d31

御所坊の挑戦と5原則の実践[1]

 御所坊は17室の小規模旅館ながら、有馬温泉で最も古い歴史を誇ります。しかし近年、欧米からのインバウンド客の急増という環境変化に直面しました。欧米客は連泊傾向があり、10日間連泊も珍しくありません。さらにベジタリアン、ヴィーガン、ハラール対応に加え、子どもの好き嫌いまで考慮すると、数十から百を超える種類のメニュー提供が必要です。小品種大量生産から多品種少量生産への転換は、深刻な人手不足の中、大きな壁となりました。
金井氏は、手中の鳥の原則で既存資源を活用しました。豊臣秀吉が有馬温泉を愛した歴史から1室50万円の特別客室を開発し、有馬山椒の国際認証取得、有馬温泉の湧出メカニズムの科学的証明など、歴史と文化という資源を現代の付加価値に転換しました。
許容可能な損失の原則では、行政の補助金を活用し、大規模プロジェクトでは複数の連帯保証人を募り、リスクを抑えました。
クレイジーキルトの原則が金井氏の最大の強みです。玩具博物館内にファブラボを設置する計画では、西播磨のファブラボ専門家、デザイナー、3Dプリンター専門家を集結させました。グローリー株式会社との顔認識システム共同開発では、欧米客の長い名前をスタッフのデバイスに瞬時に表示する仕組みを構築しました。
レモネードの原則では、阪神・淡路大震災とコロナ禍という危機を変革の契機とし、欧米客増加を高付加価値化のチャンスに転換しました。
飛行中のパイロットの原則では、試行錯誤を繰り返し、フィードバックから高解像度の情報を獲得し、状況を把握しながら舵取りをしています。
DXの実践では、3館の厨房をセンターキッチン化し、高性能冷凍設備を導入。予約・顧客情報管理システムと連携しました。料理人の強い反発がありましたが、金井氏は調理学校出身の知識を活かし、冷凍設備メーカーと試食を繰り返し、膝詰めの説得で実現しました。

《空想》もし当時、生成AIがあったら?

 御所坊の取り組みは生成AI本格普及前に実施されましたが、《空想》として生成AIがあればさらなる可能性が見えます。
 手中の鳥の原則では、メニュー開発で生成AIが力を発揮します。有馬山椒など地域特産食材を指定し、ベジタリアン、ヴィーガン、ハラール対応のレシピを瞬時に提案できます。料理人の創造性を補完し、アイデア創出を加速させるでしょう。[4][5]
 許容可能な損失の原則では、生成AIが観光協会のアンケートと予約データを組み合わせて販売戦略を短時間で立案できるようなりますので、複数の戦略とそれぞれの損失を比較できるようになります。[4]
 クレイジーキルトの原則では、生成AIが市場トレンド、競合分析を瞬時にまとめ、協働相手候補のリストアップや提案資料下書きも生成できます。[6]
 レモネードの原則では、口コミやアンケートをAIが分析し、滞在中の顧客の不満やリクエストをリアルタイムで検知できます。予期せぬ問題を機会に変えるスピードが飛躍的に向上します。[7]
 原則を超えた活用として、パーソナライズ接客が挙げられます。生成AIは顧客の購買履歴、閲覧履歴から、個々に最適化されたサービスをリアルタイムで提案します。台湾の方はフルーツジュースを好む傾向があるといった国籍ごとの嗜好を把握し、最適なドリンク提案を自動生成できます。[4]
多言語対応では、生成AIによるリアルタイム翻訳が音声を瞬時に解析し、感情のトーンまで読み取って翻訳します。
 ただし、生成AIでは事実ではない情報を生成する「ハルシネーション」が起こります。法的判断など間違いが許されない用途には使えず、単純な数値計算など従来の機械学習で十分な処理にも、あえて生成AIを使う必要はありません。[7]

生成AIと人間が果たすべき役割

 生成AI時代において、人間の役割はむしろ重要性を増しています。価値定義と意思決定は人間だけができる領域です。独自の美意識に基づいて何を大切にするかを定義し、最終的な戦略判断を下すのは人間です。創造性と共感力も人間固有の強みです。人間関係の構築道徳的判断共感力がビジネス成功の最重要要素であることに変わりはありません。料理人が試食を重ねて到達する繊細な味わいの調整や、仲居が顧客の表情から察する細やかな気配りは、AIでは代替できません。
 AI出力の監督と判断は必須です。AIが生成した提案や文章は、必ず人間が確認し、企業のブランド、理念、顧客層のニーズと合致しているかを判断しなければなりません。高品質なコンテンツ制作において、専門家による独自の視点や付加価値あるコンテンツは、ユーザーと深く関わる本質的な体験を生み出します。AIが生成する一般的な情報に、現場で培った知見や感性を加えることで、初めて顧客の心に響くサービスが実現します。
御所坊の金井氏が料理人を説得する際、調理学校で学んだ知識と現場に寄り添う姿勢で膝詰めの対話を重ねた場面が象徴的です。技術導入の是非を最終的に判断し、現場の納得を得るプロセスは、まさに人間にしかできない役割です。生成AIは強力な道具ですが、それを使いこなし、価値を生み出すのは人間なのです。[1]

まとめ

 御所坊の実践は、エフェクチュエーションの5原則が現実のビジネスで大きな成果をもたらすことを示しています。手持ちの資源を見直し、許容可能な損失の範囲で挑戦し、多様な協働を生み出し、逆境を機会に変え、状況をコントロールしながら進む――。この思考法は、不確実性の高い時代を生き抜く知恵です。
 《空想》として考えた生成AIの活用は、これらの原則をさらに加速させる可能性を秘めています。しかし忘れてはならないのは、生成AIは道具であり、価値を定義し、最終判断を下し、顧客と心を通わせるのは人間だということです。AIと人間が協働し、それぞれの強みを活かすことで、伝統と革新が調和した新しいおもてなしの形が生まれるのです。

参考文献

[1] https://www.jstage.jst.go.jp/article/marketing/45/3/45_2025.038/_html/-char/en
[2] https://biz.moneyforward.com/payroll/basic/110070/
[3] https://www.ritsumei.ac.jp/research/dsws-aisin/report/report05-06/
[4] https://openhub.ntt.com/journal/13451.html
[5] https://inshokuai.jp/ai-recipe-creation-tools/
[6] https://business-ai.jp/parsonal/brain-storming/
[7] https://digital-front.jp/blog/372/

いいなと思ったら応援しよう!