見出し画像

【MSA深層秘録FILE】ドラキュラ発祥の国で起きた「本物の吸血鬼事件」のギョッとする顛末とは

「MSA深層秘録FILES」は、
世界各地に残された未解決事件、歴史の謎、説明不能現象を追うミステリー考察シリーズである。


吸血鬼が来たりて血煙が立つ

1944年、ルーマニアの首都ブカレスト。
戦時下で4件の血みどろの連続殺人事件が発生した。

暗雲立ち込める不気味な真夜中のこと。
ザザーッと大粒の雨と横殴りの凶暴な横風と、野獣が唸り声あげるように落雷が闇を切り裂く。それは周囲の視界を奪い、鉄棒を握りしめながら殺気を放つ吸血鬼ストリゴイが距離を縮めることを助けた。

犯人は悪天候に紛れて気配を消し、ソッと女性に近づいて頭をカチ割るといった残忍な犯行を繰り返していた。
犯行の都度、まるでこの犯行を誇示するかのように指紋とサイズ42〜43の軍用ブーツの足跡を残していた。
連続猟奇殺人に恐れ慄くブカレストの民衆は、伝説の吸血鬼ストリゴイが現れたと、餌食となる女性達を恐怖に陥れていた。

吸血鬼ストリゴイの起源は古代ダキア人(現在のルーマニア地域の先住民族)の神話まで遡るとされる古い伝承とされている。生きている人間(特に魔女・魔術師・呪われた者)が夜になると魂を抜け出して悪さをするとか、死者が墓から蘇った不死の吸血鬼と恐れられ、夜行性で血や生命力を吸うと伝えられている。葬るには、心臓に木の杭を打ち込むこととされている。

現代に蘇った吸血鬼ストリゴイのゾッとする連続殺人の前に警察の捜査は虚しくからぶるばかりで、また戦時中の混乱もあり、ブカレストの野獣は解き放たれたまま放置された。

それから、26年の年月が経ち、ブカレストの街も連続殺人事件のドロドロとした記憶など昔話に変わっていたころ、薄気味悪い笑みを浮かべた吸血鬼ストリゴイは再びブカレストに姿を表したのだ。

最初の犯行から26年後に捕食を再開した吸血鬼

1970年4月、エレナ・オプレアという若い女性が殺害される事件が発生した。
その犯行現場は凶暴な野獣が食い荒らした残骸のような血生臭い地獄絵図そのものだった。
そんな血も乾かぬうちに2ヶ月後の6月、やはりフロリカ・マルクという若い女性が吸血鬼ストリゴイに墓地にひきづり込まれて強姦された事件が発生。
それだけではなく、ナイフで数十ヶ所切り刻まれていた。
さらにフロリカの身体には数カ所穿った跡があり、犯人はそこから鮮血をズズズゥ〜ッとすすったことが判明。
しかし、たまたま通りがかったトラックの運転手に助けられ、彼女は奇跡的に一命を取り留めた。
当時マスコミは「ブカレストの吸血鬼」と大々的に報道した。

その吸血鬼の犯行は次の通りだ

1970年4月8〜9日
   エレナ・オプレア 計画的殺人
1970年6月1〜2日
   フロリカ・マルク 墓地でレイプされ、ナイフで
    切り刻まれ、血を吸われたが一命は取り留めた
1970年11月22〜23日
   オルガ・バライタル  殺人未遂/レイプ
1971年2月15〜16日
   ゲオルゲ・スフェットゥ  殺人未遂
1971年2月17〜18日
   エリザベータ・フロレア  殺人未遂
1971年3月4〜5日
   ファニカ・アイリー 計画的殺人/強盗


そして奇妙なことが判明する。
犯行状況が、1944年の連続殺人と類似していたのだ。
真夜中過ぎの吹雪、雷雨や強風、肌も凍るような寒さや霧など悪天候に紛れて気配を消す犯行手口が全く同じだった。
犯行現場は獲物を狩る動物的な残酷さが増し、眼を背けたくなるようなグロテスクなものとなっていった。

仄暗い闇から牙を剥く吸血鬼ストリゴイ

1971年4月8〜9日、 ウェイトレスのゲオルギタス・ポパ が殺害された。
それは警察さえも心臓を握りつぶされるほどの戦慄が走ったという。

なんと、被害者には48ヶ所もの切り刻ざまれた跡があり、もはや原型がなんだったのかわからないほどだった。そして一部肉片は現場からついに発見されることはなかった。
警察は当然、厳戒態勢を敷いた。
ブカレストの街には、毎晩、様々な法執行機関から6,000人がパトロールし、100台の車と40台のオートバイが出動した。
医療関係者、夜行バスやトラムの運転手、ホテルやバーの従業員、そしてセキュリテ、警察、内務省の職員など、多くの人が動員された。合計2,565人が誤って逮捕され、8,000人以上が身分証明書の提示を求められた。

しかし、「ブカレストの吸血鬼」は軽薄な笑みを浮かべながら、若い女性を次々と捕食していったのだ。


現場に医療診断書を落とした吸血鬼

1971年5月1日 スタナ・サラシン 殺人未遂、レイプ
1971年5月4〜5日 ミハエラ・ウルス 殺人未遂、レイプ
1971年5月4〜5日 マリア  殺人未遂(ウルスの2時間後に続けて襲撃)
1971年5月6〜7日 ヴィオリカタトゥ 殺人未遂
1971年5月6〜7日 エレナ・ブルチ 殺人未遂

多くの女性は、夜9時以降は大人数か男性と一緒でないと外出しようとしなかった。
それにも関わらず、多くの女性が吸血鬼ストリゴイの餌食となった。
またこの頃になるとブカレストの街では警察が詳細を発表しなかったことも手伝って、猜疑の視線が交差する殺伐とした空気となっていた。
そして迫りくる吸血鬼ストリゴイの恐怖が女性達を震え上がらせていた。

しかし、8人目の犠牲者ミハエラ・ウルスの部分的に食いちぎられた死体の下に犯人の髪の毛と、医療診断書を発見したことから事件は大きな展開を見せ始める。

それは犯人の遺留品だった。
1971年3月4日付の医療診断書はブカレスト学生病院のもので、犯人に対して6人の医師が「周期性てんかんの疑い」があると診断した診断書だった。
専門家はこのメモが1971年3月にオクタヴィアン・イエニシュテのオフィスで作成されたものであることを突き止めた。
その月、彼は83人の学生を診察したが、そのうち15人(犯人も含む)は大学関係者に診断書を提出していなかった。

1971年5月27日、3人の警官が学生寮の犯人と思われる部屋に行った。
吸血鬼ストリゴイは留守だったが、部屋を捜索しているうちに午後1時に戻ってきた。
犯人のカバンの中には斧とナイフが入っており、ついに御用となった。

吸血鬼ストリゴイと恐れられた犯人の正体とは?

ブカレストの吸血鬼と言われ、伝説の吸血鬼ストリゴイとまで恐れられた犯人はイオン・リマル25歳の獣医学生だった。
怒り狂うと自傷行為に走り、手足には20以上の切り傷があったという。

イオン・リマルは、思春期の頃から異常な性欲を抑止できず、中学時代に教師の娘と性的関係を持ち、スキャンダルを起こしていた。
またイオン・リマルは事件が発生する3年前の1967年、医師に食道痙攣、反応性神経症候群、精神疾患と診断されていた。
逮捕後、精神鑑定を行なった担当医は、吸血鬼イオン・リマルが臨床的なライカンスロピーの一種であると考えていた。ライカンスロピーとは、精神疾患により、一時的に狼など獰猛な獣に変身してしまうことらしい。
それを証明していたのは彼の残忍な手口だった。

服を切り取り、肉を食いちぎり、被害者を引きずってナイフや斧で切り裂き、さらに意識を失った被害者を強姦、女性の性器や陰部、乳房を食したものと思われ、さらに彼には死姦傾向があり、被害者が死んだ後も強姦を続け、死体を殴ったり刺したりして、まともな形状の死体は一つとしてなかったとか。
現場の惨劇はとても直視できるものではなかった。

2カ月間の取り調べの結果、吸血鬼イオン・リマルは23の重大な犯罪を認めた。
警察はどうもリマル単独犯ではなく、父親も疑っていたようだ。

実は、1971年5月の最後の犯行で、レジ金を奪った吸血鬼イオン・リマル。
母親がイオンの部屋の枕元に、その金が置いてあったのを確認していた。
その金は父親が自宅に持ち帰っており、新しい家を購入する資金にしていたとか。
そのため、警察は取り調べ中、父親フロレアが息子リオンを操って犯行させていたのではと疑っていたのだ。

父親フロレアは事件関連の捜査によって3度も逮捕されている。
しかし物証はなく、証言もないために釈放された。
父親のフロレアが息子リオンと警察署で顔を合わせた時、フロレアは「お前が何をしたかなんて、俺にわかるわけがないだろう」と叫んだとか。
しかし、フロレアは事件後、息子の血のついた服を洗っており、また吸血鬼イオン・リマルがレジを襲った後、フロレアはその息子から斧とナイフを受け取り、密かに持って帰って来ていたところを逮捕されていた。
何も知らないどころか、父親フロレアがやらせていたのではないかと疑われても仕方のない状況だったのだ。

再び仄暗い闇に姿を隠した吸血鬼ストリゴイ

裁判では精神疾患で無罪を主張したが、当然死刑。
死刑の場では

「父を呼んでくれ、俺に何が起こっているかを見てくれ!親父を呼んでくれ。俺は生きたいんだ」

と叫んでいたとか。
それはまるで父親フロレア・リマルを恨んでいるかのようでもあった。
1971年10月23日、吸血鬼ストリゴイの化身と恐れられたイオン・リマルは死刑となった。

しかし、疑問が残る!!
ブカレストの街では1944年にも同じ手口の連続殺人事件が起こっていたからだ。
イオン・リマルは1946年生まれの享年25歳。
ブカレストの吸血鬼のはずが時間的にズレていた。

イオンの死刑執行から1年後の1972年10月23日、父親のフロレア・リマルが列車から転落して53歳で亡くなった。
これは事故だったが、死体は医療法務研究所に運ばれ、174cmの身長と42という靴のサイズに妙な疑惑を持った捜査員がいた。
そこからとんでもない事実が発覚したのだ。

なんと、1944年の連続殺人事件の犯人の指紋が父親フロレア・リマルのものと一致していたのだ!
このブカレストの吸血鬼騒動は、想定外の親子二代にわたる連続殺人事件だった。
しかも二人の最初の被害者は、名前まで似ていた。
フロレアが最初に殺したのはエレナ・ウドレアであり、息子のイオンが最初に殺したのはエレナ・オプレアであった。
凶悪犯罪を起こす何かが父から息子へと受け継がれていたのかもしれない。
吸血鬼ストリゴイはリマル被告の死刑によって地獄へ葬られたが、
杭で心臓を刺したわけではない。
イオン・リマルは3人兄弟で現在も脈々と血が受け継がれているのだ。
吸血鬼ストリゴイは、地獄から再び召喚されるのを待っているのかもしれない。

いいなと思ったら応援しよう!