イセハラのモトニ 1《創作大賞2025》
神奈川県にある秘境山の湘南。伊勢原市。ヨッキとセイセイの中年コンビが営むのは、週末だけ開く厚焼き玉子が人気の店「元2」。ある日、ヨッキの読書友達であるナオミお婆ちゃんが街を離れると知る。そんな彼女との別れに、二人がこだわったのは“面白さ”。「このはなしの結末が知りたい」と、彼らは仲間を巻き込みながらナオミとの最高の別れ方を模索していく。秘密、文学、厚焼き玉子。そして笑いと少しの涙。人生のラストシーンに、何を添えたらエンターテイメントとしての物語は完成するのか――。
神奈川県伊勢原市という街に私は住んでいる。伊勢原市は神奈川のちょうど真ん中あたりに位置している。西に秦野、南は平塚、北は厚木で、市という表現よりは町と呼んだ方がしっくりくる。
人口十万人を行ったり来たりすること四十年になる。四十年と言えるのは、私が生まれてからそれくらい経過していることを意味しているので、限りなく正確な情報に近い。そして都市伝説のように、なぜだか毎年「高齢化」と叫ばれている。
四十年もの間ずっと叫ばれ続けている。「高齢化のバランスを取るために、どこからかこの街には、お年寄りが自然とやって来ているのだ」と私は、皆に今日も都市伝説を囁いているのだが、なかなかその成果は出てこない。
都心に私鉄で約一時間で行ける好立地のベッドタウンなのだが、近隣の駅が都市再開発により目覚ましく発展を遂げる中、都会か田舎のどちらを選択して、どちらをアピールしながら街づくりをしていくのか、迷走して進み続けてきてしまい、周辺地域からの置いてきぼりの様相を呈してしまっている。
このまま流行から忘れ去られた街として、たとえ急行列車が止まっても、ドアが開かずに眺めるだけの手をつけてはならない、取り残された観光名所になるのかも知れない。
実際の観光資源としては、丹沢山系の一つを司る大山という江戸庶民の信仰と行楽の地として参拝することを、「大山詣り」として日本遺産にも認定されている。この、市民に誇れる山が存在するのだが、どちらかというと私は市民でいながらにして、遠い目で大山に挨拶をするだけで、登るという選択をしてはこなかった。
この街に長く住んでいる私のオススメとしては、当時のロマンある誰かが英断してくれた、海に面した市ではないのに、車が「湘南」ナンバーだという、後世に伝えるべき画期的な偉業がある。
「湘南ブランドに乗っかり、我々も今日から湘南人作戦」を、ロマンある誰かが遂行してくれたお陰で、海に面していない伊勢原市民男子誰もが、湘南ブランドとして合コンで使える恩恵があるということだろうと思う。
これもいずれは、日本遺産の一つになると思われる。
「僕たち、山の湘南出身です。海ないですけど。車のナンバーはもちろん『湘南』です」
「えっ。何それ~知らないんだけどそんなとこ~ホントにそんな場所あるの~秘境じゃん。ウケる~」
と、たとえ愛想笑いでも、女性を可愛いと思わせてくれるやりとりが出来て、はじめましての第一関門に、笑顔をプレゼント出来る鉄板ネタをくれた市に感謝しているのだ。この感謝は決して私だけではなく、伊勢原市で現在もその年齢層に関係なく、青春を過ごしているすべての仲間達を代表してもいいくらいだと思っている。
私は現在この伊勢原市で、友人とマンガ喫茶風なお店を開いている。もともとは友人の祖父母が経営していた自宅兼喫茶店で、老後を二人で味わいたいと引退を決めたというので、常連だった私と、その孫である仲の良い友人で、よく言えば、少しだけ髪が長く、人より目立つ顔立ちで、私と同じくらい異性から目を引くタイプの雰囲気のセイセイが、お店と自宅を譲り受けた形になっている。
マンガ喫茶風というのは、私は近代文学も好きで、戦前、戦中、戦後の小説が娯楽の一番手だった時代の作品達に憧れを抱いていることから、最近は特に熱を帯びてしまい、マンガと同じくらい近代文学の本の割合が本棚には多くなっていた。
お店は、もともとの喫茶店らしい濃い茶色のテーブルや椅子、少しくたびれたソファが時代の時間を戻してくれて読書が捗るので、新品にはせずに、そのまま利用している。八席あった空間を六席にし、壁に古木調の本棚を配置し、マンガと近代文学を一緒に並べ、谷崎潤一郎の横に島耕作や、江戸川乱歩の横に名探偵コナン。安部公房の横に20世紀少年を交互に入れ込むなどして、個人的に遊んでいる。これが何の繋がりか説明しろと言われても、「あなたはどう思いますか」と聞き返すのが趣味になりつつある。
私のこのお店のお気に入りは、当時からのランプシェードをそのまま利用し、柔らかく滲む暖色系の電球に変え、お店全体が物語の中にいるような雰囲気にしていることだ。その中でも、端の一区画を昔からのサイドテーブルを利用し、万年筆、インク壺、原稿用紙風のメモ帳を無造作に置き、文豪の机を再現した一席に座っていることだった。
「ここに、座るだけで創作が生まれる」と都市伝説になることを、日々祈って吹聴しているのであった。
そういうこだわりもあり、そろそろ、マンガ文学喫茶を名乗っても良いのではと思っていたりもする。二人でしているお店の営業は半ば趣味の延長の形で、週末だけオープンしている。私も、セイセイも、普段は会社員をしていて、副業という形で休みの日を利用して、営業しているからだ。
そして出来ればこの先の未来で、「作家が生まれる喫茶店とイケテル店主」として、このお店が話題になり、利益が増えていけば、私はこのまま読書をしながら一歩もお店から出ずに、毎日代わる代わる訪れる、素敵な文学女子とおしゃべりをしながらデレデレと幸せな老後を暮らせるはずだと思っている。
私とセイセイは高校時代からの同級生で、もう四半世紀の付き合いになる。私達は、その時から将来はマンガ喫茶を営業して、それだけで笑いながら一日を過ごすという、夢の暮らしをしたいと語り合っていたのだ。
同じクラスで席が隣になった私達は、その時に、お互いに好きな共通のマンガを発見し、急速に心の距離が近付いていった。中でも、きっかけになったあだち充のマンガがあり、その青春野球マンガに二人いるヒロインが、どちらもとても可愛くて、私達の青春を鷲掴みにしていた。そして、そのヒロインのどちらを選択するのかを一日中討論していた。
そのマンガのヒロインの女の子は「はるか」と「ひかり」だった。私とセイセイは、その二人の理想の女性に関する公開討論の結果、もしもの時は、お互いにそれぞれ譲り合うという約束から、仲良くなったのだった。どちらがどちらを選択したのかは言う必要もないだろう。
仲良くなった私とセイセイは、クラスでマンガ喫茶を運営することにした。持ち寄ったマンガをクラスメイトに格安でレンタルすることにしたのだった。進学校であった中で、私は未来に学力は必要ないと決めつけ、進学を希望しない数少ない一人であり、クラスから浮いていた。
セイセイは、出席日数ギリギリで、勉強よりもアルバイトを優先し、単車をカスタムする日常で、これまた変わった奴だった。同じくらい学校に興味がないのに、成績と顔だけは良いという何ともイケスカナイ雰囲気の奴だった。
クラスメイトからすると受験ライバルだらけの中、進学とは無縁な私とセイセイは、極めて無害な二人として、目に入れて現実から逃げられる存在として認められていたのだ。私とセイセイの初めてのマンガ喫茶経営は、それはそれは大成功だった。
夏休みに、その全てを盗難されるまで。
迂闊にも、夏休みには部活の合宿で教室を使用することを忘れていたのだ、私とセイセイのマンガやヒロイン達は、部活の合宿の青春を彩る一部として、捧げられてしまったのだった。
多大な喪失感に襲われた夏休み明けに、私とセイセイは、生涯かけて私達のヒロインをこの手に取り戻すことを誓ったのだ。
私達のお店の名前は、「元2」という。これは、私とセイセイが出会ったクラス、「もと2組」をその由来としている。セイセイは、高校卒業後すぐに社会人になったワケではなく、好きだった料理の勉強をしたいと調理師の専門学校へ通った。現在の仕事は、料理とは関係ないので、セイセイは本来やりたかった料理を、「元2」で振る舞っている。
セイセイが作る厚焼き玉子が「元2」の一番人気である。むしろ厚焼き玉子しか見たことないくらいだ。他に何のメニューがあるのかは、私としても確かめなければならない今後の課題だ。密かに私は文豪と絡めた「斜陽のソフトクリーム」や「銀河鉄道のアイスコーヒー」などを頭の中で考えているが、私にメニューは聞かれないのでそっとしている。だから私は主に、本の仕入れやお店で行うイベントを企画したりしている。
私とセイセイが決めた唯一のルールは「面白いか」「面白くないか」の判断に素直に従うということだけだった。それは、私達の四半世紀を共にしながら出来た、ブレない指針のようなものだった。
お店は、伊勢原駅を境に「海側」に面している。伊勢原市に海はないのだが、北口を山側、南口を海側と呼ぶ。これは、全力で湘南にあやかろうとする伊勢原市民の唯一のローカルルールだった。
お店の開店準備をしながら、私は今日の読書会のシミュレーションをしていた。読書会とは、その発する言葉のセンスがとても重要なので、伊勢原一のオサレ文学男子を目指す私にとっては、とても大事な舞台で大きな晴れ舞台だった。
裏口から、セイセイが仕入れたものを抱えながら入ってきた。
「ヨッキ。今日はいい卵あったわ。見ろよこの透明感。そして、ツルツルだぞ。ずっと撫でてられる」
セイセイは、なぜだかその日の直売所から仕入れた卵の良し悪しを私に報告する。私としては、割れてもいない卵の外側だけで透明感を表現出来るセイセイが、少し羨ましくもある。そして毎回、卵の報告を受け続けていると、今度はこちらも卵のことが気になりだすから不思議だ。
「それで、今日の読書会のイベントなんだったっけ?」
「君が撫でたくなり、愛でたくなるような卵と出会ったのなら、私は心の底から嬉しく思うよ。君の厚焼き玉子は絶品だからね。なぜ、厚焼き玉子しかメニューにないのかは、私の優しさとして聞かないでおくさ。今日の読書会のイベントは『谷崎潤一郎の「鍵」を紐解くには、貴方と僕の心の鍵が必要だ』になるね」
セイセイは、私の渾身の読書会タイトルには一言も触れもせずに話を続けた。
「で、その『鍵』って本はどういう本なのさ?」
読書をしない友人に分かりやすく伝えるには、言葉を極端にまで削ぎ落とすことが必要になる。
「夫婦がお互いの日記を盗み読み、お互いの性生活を満喫するはなしだ。もちろん、この解釈には私の希望も性癖も存分に含まれているがね」
セイセイは、私の言葉にすぐに反応した。
「お前の性癖は聞いていない。で、参加者は何人だったっけ?」
すぐに現実に戻ろうとする読書嫌いな奴ほど、物事に余韻を持つことをせずに、妄想する快楽を自ら投げ棄てた生き方をするものなのだ。と心で罵りながらも私は努めて冷静に伝えた。
「ナオミちゃんだ」
私は、ナオミお婆ちゃんの本名は未だに分からないが、何でも好きな小説に出てくるヒロインの名前から引用したらしい。私にとって本当の名前などそれほど重要なことではなく、それよりもとても大事な常連客として、私の読書会の相手を一生懸命してくれる方がよっぽど重要なのだ。それがナオミお婆ちゃんになる。
「またナオミさん一人なのか?」
「君の目から見たら一人に映るかも知れない。だけど、私とナオミお婆ちゃんの間には数多くの作家達が存在しているんだ。私のこの街での唯一の読書友達を一人とかそういう単位で区切るのはやめて欲しい」
私は、一人しかいない読書友達をもっと大きな心で、セイセイに感じて欲しいと願ったが、読書をしない人に伝えても、それは理解出来ないだろうと思い話題を変えた。
「なぁセイセイ。今日は、はるかちゃんはどうしてるんだい?」
「はるかか?知らないなぁ。来たかったら来ると思うけどな。今日は何をやってるか知らない。比較的自由なんだ俺達。今っぽいだろ。今の時代に全部を知ってるなんて、プライバシーの侵害さ」
何年か前に本物の「はるか」を取り戻したセイセイは、現在「はるか」とこの持ち家で暮らしている。「はるか」は、普段滅多に人に姿を見せることはなく、私ですら最近は数回その艶美な後ろ姿を見たことがあるだけだった。
今っぽいとか昔っぽいとか語るセイセイに嫉妬の情が湧き出たが、それよりもセイセイには「はるか」以外の女性が別に存在するのかも知れないという余裕の所作と、その雰囲気を常に醸し出す空気感に私は嫉妬していた。イケテルやつほど何かとスマートだ。
「君の周りにどれだけ女性がいようが私は構わないがね。たまには一人くらい紹介してくれたっていいはずだ。せいぜい、『はるか』を再び奪われないように気を付けろよ。ああいうタイプはいなくなったら戻らないからな。さぁ。開店しようぜ」
私は、セイセイにせいぜいと言って気持ちだけは負けないように、お店に「ひかり」を射し込むことでそっと抵抗した。
白のシワのないシャツにミモザの刺繍を襟足にあしらい、ブラウンのスラックスを履いた優しい香りがするナオミお婆ちゃんが来店し、ゆっくりと杖をつきながら椅子に腰掛け、私達の読書会は二人だけで始まった。
普段は女性とおしゃべりなどほとんど出来ない人見知りな私でも、読書の話や好きな作家の話になると止まらなくなる。これは、私だけに言えることではなく、読書界では、わりと有名なはなしだ。
私は昔から読書が好きだったが、周りに読書の話をする仲間が一人もいなかった。読んでいることを伝えてみても、読んでいない人には読書はどうでもいいものだった。その悲しみを知った十代から私は人に読書のことはあまり話さない。
セイセイなどは、私が本を好きなことは知っていたが、それでもマンガだけだとつい最近まで思っていたくらいだ。誰でも本を好きになって欲しいが、そこを強制してもしょうがないと思っている。本に呼ばれなければ、本を読むことは誰でもしないだろう。
「秘密をね、日記という形にしてお互いに盗み見ることで欲を成就させているのよ。わかるかしらヨッキちゃん。夫婦の精神的な交わりね。谷崎潤一郎は、女性が本当に好きなのよ。だけどね。その好きは愛でる対象としての好きなのね。愛だの恋だのとは少し違うからこそ、きっとここまで美しく描けるのよ」
ゆっくりと、噛み締めて私に向かって優しく話し、そのどこかに上品さを置き忘れてきていない喋り方をするナオミお婆ちゃんを見るのが、私は好きだった。
「ナオミちゃん。ナオミちゃんの言っていることは良くわかるよ。私もその通りだと思う。だけど、やっぱり好きだけでここまで描けるっていうのは尊敬するよ。何よりも凄いのは、晩年にこの作品を書いたってところだと思う。芥川龍之介との論争から何十年経過しても、作品で自分自身がブレていないことを証明しているんだ。エンターテイメントだ。泣けるよ。私も女性が好きだけどさ、ここまで表現する前にすぐに手を出しちゃうよね。愛だの恋だのこそしたいのよ。そしてすぐに触りたくなってしまうから厄介なんだ」
私は、ナオミお婆ちゃんを本人と話す時には、ナオミちゃんと親しみを込めて呼んでいる。
「あなたは、直線的過ぎるのよヨッキちゃん。あなたのように情熱的な人も、確かに昔はいたわ。でも、結局その人も欲を表に出し過ぎて、最後は孤独だったけどね。もっと思慮深くありなさい。そうすれば女性は自然と寄ってくるわよ。欲は秘めてこそよ。セイセイくんを見てごらんなさい。彼なんて無口なのに思いやりに溢れているじゃない」
無口と思慮深くは相対するはずだと私が感じていると、自分のタイミングを知っているセイセイは、テーブルに寄ってきてコーヒーのおかわりを入れてあげて、ナオミお婆ちゃんに話し掛けた。
「いらっしゃい。ナオミさん。今日の厚焼き玉子は良くできたんだ。温かいうちに食べてみて、よく香るから。それからね、俺も結構好きな子には大胆にいくタイプだよ。女性が好きなのは、ヨッキと一緒だからね」
ふわふわの厚焼き玉子から立ちのぼる湯気が、ほのかに甘く、だしの香りとともに空気を包みこむ。ナオミお婆ちゃんは、その香りをゆっくりと吸い込み時間をかけて、端を小さく切り取り、まるで舌で言葉を選ぶような仕草で口元へ運んだ。ひとくち、ふくよかな黄の断面が唇に触れた瞬間、頬がゆるむ。
「ああ、これよ。卵の旨みって、こんなにまろやかだったかしら」
口の中でじんわりと広がる甘さと、だしのやさしさに目を細めるその姿は、まるで文豪が脱稿し終わり、余韻を味わっているかのようだった。
「本当にあなたの厚焼き玉子大好きよ。いつもありがとう。前言撤回させてもらうわね。好きな子に強引なのも、きっとセイセイくんなら許されるわね。結局は満たされたら女性はそれで満足なのよ」
「ありがとうナオミさん。もう四半世紀も厚焼き玉子を作っているからね。また食べたくなったらいつでも言ってナオミさん。遠慮しないでね」
振り撒けるだけの優しさを振り撒いて戻るセイセイを見ながら、私はそれを座るだけで創作が生まれる席でメモしていた。
「ねぇ。ヨッキちゃん。いつもノートに何かメモしているわね。それ見せてくれないかしら」
私は、ノートに手を置いて少しだけ余裕を見せる間を置いてから答えた。
「ここには、秘密がいっぱい書いてあるんだ。私はこれをどこかに挟んでおくよ。ナオミちゃん。いいかい。見ちゃダメだよ。もう一回言うよ。これは見つけても見ちゃダメだよ。秘密なんだ」
ナオミお婆ちゃんは、私の仕草を真似る様にし、私よりさらに少しだけ間を置いてから答えた。
「お互いに盗み見ることで欲を成就させるのかも知れないわね。だとしたら私も何か秘密を残しておこうかしらね」
粋な返答をするナオミお婆ちゃんと笑い合い、ナオミお婆ちゃんは時間が来たからと、ゆっくり席を立ち、杖をつきながら、優しい余韻を残して帰って行った。
「次の読書会を楽しみにしているわ。サヨナラは言わないことにしているのよ。またね」
去り際までカッコいい女性の後ろ姿が、何とも私を幸せな気持ちにさせてくれていた。私にとってナオミお婆ちゃんは、文学の道標で、座標であり、そして、読書の楽しさを教えてくれるたった一人の読書友達だ。その読み解き方や、作家同士の繋がり、何も知らずに今まで一人で手探りで読んでいた私の読書にしっかりと意味を付けてくれた。私は、このお店でナオミお婆ちゃんと出会えた意味を感じていた。
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