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イセハラのモトニ 5《創作大賞2025》

 ナオミお婆ちゃんが好きだという、エフエムイセッパラとは、伊勢原市だけを範囲とした超ローカルコミュニティFMだ。実際のリスナーに遭遇するのは極めて稀で、いつも番組にお便りをくれるのがイニシャルAとかBで、なぜだか順番にZまで到達し、その後再びAから始まるという規則正しいラジオ放送をしている。

 一応週末の人気朝番組なのが、DJチャンの「朝からラストチャンす‼」だ。ちなみにDJチャンの本業は、自営を騙るニートであり、本人自体がラストチャンスである。

 私がなぜこれほど詳しいのかというと、チャンと私達は、以前にちょっとしたことから繋がり、私達が現在のお便りのAからZを書いているからだった。番組の中でも一応人気の企画がある。『それが伊勢原』だ。

 語尾に必ず『それが伊勢原』を付けさえすれば、何を書いてもいいというメチャクチャハッピーな企画だ。私達は、この企画で毎週末遊んでいる。

「山なのに湘南」それが伊勢原。とか、

「映画を見たいが映画館がない」それが伊勢原。とか、

「どこが好きとも言えないのに、伊勢原が好きと言う」それが伊勢原。とか。

 とにかく、適当に書けばいいのだ。この企画だけは、ごく稀に本物の参加者がいるらしい。私達は、前もってナオミお婆ちゃんの好きなことは調べているので、このコーナーで私の渾身の感動メッセージを読んでもらい、ナオミお婆ちゃんにサプライズをするということを企んでいた。

 走り出している車の中で、ナオミお婆ちゃんが語り始めた。

「私ね、DJチャンの空元気が好きなのよ。誰だって悲しくったって、辛い時だって無理して笑いたい日があるじゃない。DJチャンはね、毎回無理してるの。本当に空元気なの。それがよく伝わるのよ。憎めない」

 一番伝わってはいけないことが伝わってしまっているラジオ番組から、チャンの空元気な声が車内に響いている。シーモンがさっきの写真をチャンに送信したことを私に合図した。それがサプライズの始まりの合図だ。

「さあ、やってきました。DJチャンの朝からラストチャンす‼の人気コーナー『それが伊勢原』です。語尾にそれが伊勢原と付けば何を言っても大丈夫なんだ。今日は、大切なメッセージが来てるから読ませてもらうよ」

 私は、内心ドキドキしていたが、その後に訪れる感動と、私に対しての絶賛の嵐を想像し、その身をDJチャンの空元気なラジオとその言葉にすべてを委ねた。

「ナオミお婆ちゃん。今タクシーに乗っていると思います。その車内にいる皆、実はこのメッセージが読まれることを知っています。お婆ちゃんがこの番組を好きだって私が元2もとにの人達に教えた時に、皆がチャンさんと繋いでくれたの。皆、嘘みたいに親切で、この話が最初から決まっていたかのように進んでいったの。信じられなかったです。お婆ちゃんが元2の二人のことを話す時の楽しそうな顔の意味が、私にも短期間で理解出来るくらいでした。私は、お婆ちゃんの本当の名前を教えるって二人に言ったの。だけど二人は聞かなかった。その時にお婆ちゃんが言ってた、『あの子達は、今を見てくれるから』って言葉がしっくり来ました。お婆ちゃんがこの街を本当に好きだったのと、この街を去らなければならないことを考えると、どうすればいいかなんて答が出ませんでした。だけど、今日のことを真剣に考えて一緒に楽しんでくれた人達を見て、今日のこの時間をまず思いっきり楽しむべきだって思いました。個人的なことや、私達家族のことは言わないけれど、私はお婆ちゃんが大好きです。そして、私と同じくらいお婆ちゃんのことを好きになってくれた皆も好きだけど、そんな皆を好きにさせたお婆ちゃんの、その魅力がもっと好きです。今日は楽しもうね。いつもありがとう」

 いやいや待て待て待てと、いろいろと思う事が溢れていたが、ナオミお婆ちゃんの横顔が天使の雫で溢れていたので、それを訴えるタイミングを逃した。そして私が後部座席から見る限り、全員に溢れていた。いやいや、ちょっと違うだろと一人で思いながらもチャンの声だけが車内に響く。

「それが伊勢原。何てふざけたこと言えないよ今日は。ナオミさん。初めまして。DJチャンです。さっきお写真送ってもらいましたよ。今日の大山の天気は晴れ。快晴です。いいですか。その目に伊勢原市を焼き付けて来てね。そして、その感想を是非とも聞かせてください。こちらこそ、この番組を好きでいてくれてありがとう。あなたにラストチャンす‼」

 番組名とはいえ、本当にラストチャンスの人に向けてラストチャンす‼と語るのはどうかと思ったが、初めて空元気ではないチャンの本当の声を聞けた気がした。そしてナオミお婆ちゃんは、ゆっくりと深呼吸をして、心の準備をしてから、私達に言葉を伝え始めた。

「シーモンさんの言葉を借りてもいいかしらね。人の想像を超えた所に感動が生まれるんだ。本当にこれね。あなた達には、無駄を無駄としないものを感じるの。私一人のために、それを皆で楽しもうってね。朝から泣いてちゃダメね。良い日だわ」

 車内は私を除き、感動の空気で誰一人として言葉を発しようとはしない。それどころか全員私こそが主役だ的な後ろ姿をしていて、自分という役目に酔いしれているのが見て取れた。人間は実に都合がいい。

 そしてそんなことよりも、私のメッセージが読まれて、私が主役につくべきところをまんまと出し抜かれた怒りが私を包んでいた。

 そして私は、いつそれを言うべきか逡巡し、感動どころではなかった。再びスピーカーから聴こえるDJチャンの空元気が、さらに私に追い打ちをかけた。

「あ、ラジオネーム言うの忘れてました。ラジオネーム『本当の名前は、あかりじゃなくてひかり』さんです。ヨッキ。おい。聴いてるか。お前のメッセージを読むとでも思ったか。バカやろう。いつも俺で遊んでいるお前に俺がそのまま操られると思ったか。読まないねぇ。君のメッセージは読まないねぇ。そして、『あかり』じゃなくてそこにいる美人は、『ひかり』ちゃんだぞ。ビックリしたか。俺もそこに居たかったなぁ。皆さん、海側にある美味しい厚焼き玉子があり、文学かぶれの中年がいるお店「元2」へ行ってみてね。以上、今日の『それが伊勢原』でした。最後に俺も元2だってことは伝えときます。それではナオミちゃんの好きな曲、美空ひばりさんの『愛燦燦』どうぞ」

 今までにない切れ味のDJチャンの声を聞き、ラストチャンす‼に、これから毎回白紙のメッセージを送ってやることを決めた。そして車内に流れる愛燦燦が妙に心に響きながら、全員が私の言葉を待っていた。

「オーケーだ。君達が何らかの形で私に仕掛けた。そういうことでいいかな。一つずつ、物事は一つずつ片付けていこう。まず、セイセイ。君は私が知るよりもずっと前からすでに『ひかり』だと知っていた。それを内緒にしといた。そういうことだね。そして君はいつ私のメッセージと彼女のメッセージを差し替えたんだい。私は、私のメッセージが読まれると思って心からドキドキしていたんだぞ」

 セイセイは、笑いながら答える。

「あぁ。そうだね。良心の呵責から『あかり』じゃなく『ひかり』ですって教えてくれたのよね。結構前だね。ヨッキには言わない方が面白いと俺も思ったから言わなかった。正解だったよね。それで、チャンと打ち合わせしてた時にね。アイツがヨッキより『ひかり』ちゃんが書いた方が面白いって言うからね。『ひかり』ちゃんに相談したら『ひかり』ちゃんもその方が面白いって言うからだよね。ヨッキの文章長くてワケわからないじゃん。ちょっと読んだけどさ、かしこまっててさ。『思い返せば』とかでめっちゃ振り返って語ってるしさ。皆で、『これ、どこまで思い返してるんだよ』って笑ったもんな。やっぱり、こういうことは、その道のプロに演出を任せるのが一番面白いと思ってね」

 『ひかり』とセイセイ二人のアイコンタクトにも、私は嫉妬を感じる余裕もなく、『思い返せば』と思い返し過ぎて、溢れ出てしまった想いを長文で綴ってしまった恥ずかしさが、これでもかと私に襲ってきていた。

「なるほど。そこまでは理解した。彼女。少しキレイなサラサラな黒髪の彼女。そこのあなたのことね、『あかり』じゃなくて、『サラサラ』でもなくて、『ひかり』でいいのかい?」

 『ひかり』と呼ばれた彼女は、泣き笑いのまま私に対して頷く。やれやれだ。

「ごめんね。ヨッキさん。そもそもお婆ちゃんが、『あかり』って言いなさいって言ったんだからお婆ちゃんに聞いてください」

 私は、彼女が最初に『あかり』と名乗った時のことを思い出した。

「いいだろう。ナオミちゃん。さぁ私に言いたいことがあるなら話を聞かせておくれ」

 ナオミお婆ちゃんは、満面の笑みで教えてくれた。

「そうね。ヨッキちゃん。ずっと前に私に、高校時代のお話しをしてくれて、『ひかり』を取り戻す予定だって教えてくれたわね。セイセイくんは『はるか』を取り戻したからって。私、その話しを聞いた頃から、もし『ひかり』を紹介するなら名前を変えて『あかり』にしようと思っていたのよ。いつか面白くなるだろうってね。こんな使い方されるとは、私は知らなかったけどね。でも使い方としては本当に大成功だと思うわ。あなたの驚く顔が見れたからね。ヨッキちゃん。それで、『ひかり』は取り戻せそうかしらね」

「二人揃って源氏名だったとはね。やるなナオミちゃん。『ひかり』を取り戻すかどうかは、私と彼女のムフフな今後の展開によるが、少なくとも私は、ナオミちゃん。あなたの名前を取り戻してみたくなったよ」

 私は、少しの負け惜しみを言いながら、その面白さに浸っていた。

「ヨッキちゃん。女の秘密は多ければ多いほど、男がそこに惹かれるワケが分かるかしら」

「ナオミちゃん。私はこう見えて誰も認めてくれない読書家だからね。その答はよく知っているよ。それは、男がその女心を解き明かす『鍵』になりたいからだろうね」

「お上手なこと。谷崎潤一郎に感謝ね」

 車内の幸せな空気を壊すことなど出来ない私は、しょうがなくこの一言を言わされた。

「人の想像を超えた所に感動が生まれるんだ」

 上手くまとまり拍手が起きた。

 シーモンが使用料でも取ろうかなとおどけていた。私は、何を選択するのも自由だが、同じ感覚の上でそれぞれがバランスを取りながら、最善を考えられる仲間がいて良かったと改めて思っていた。

 人生を美空ひばりが歌い、しばらくの間、愛燦燦が頭の中で響いていた。




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