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ポルトガル旅行|80歳を迎える母と歩く急坂の街ポルト

Bom dia!家族でポルトガルに移住しましたmoroと申します。
  
 
さて、4月末から私の母と妹がポルトガルに遊びに来てくれました。
 
 
前回は、破壊力のすごかったポルトの石畳と、宿泊したステキなお宿について書きました。読んでくださったみなさま、ありがとうございます。

 
  
今回から3回に分けて、母と妹と一歩一歩、無理せずゆっくりと歩いた急坂の多いポルトの街について書こうと思います。
 
 
お付き合いいただけると嬉しいです。
 
 


 


 

今年80歳を迎える母のポルトガル訪問


私の母は、この夏に80歳、傘寿を迎えます。
 

今回ポルトガルに来てくれたのは「足腰がまだ元気なうちにポルトガルに遊びに行きたいから」と話してくれていました。
 
 
でもその根っこには『離れてしまった娘や孫に早く会いたい』という想いと『娘が日本を離れて家族でどんな暮らしをしているのかをひと目見ておきたい』という心がかりが織り交ざった感情があったと思います。

 
母はいつもどんな時も私の味方になり、背中を押してくれる人。

 
この旅行の5カ月前に購入していたエティハド航空が、2月からの中東情勢でどうなるか分からなくなったとき、私の心は真っ二つに割れました。
 
 
こんなに楽しみにしていたのだから来てほしい!だけど万が一、空の旅の途中で攻撃に巻き込まれたら?母の命をなにより優先したい。気軽に『絶対に来てね!』だなんて言えない。。。
 
 
私はこの行き場のない想いを何週間か抱えて苦しくなり、母にこの旅行についてどうしたいと思っているのかを尋ねました。
 

母の返事は短くひと言。
 

「飛行機が飛ぶかぎり行きます。」
 
 
そうだ、母は誰よりも肝が据わっている人だった。
 
 
ここから私の心も頭も霧が晴れたようにスッキリし、何があっても母のポルトガル滞在を有意義なものにするぞ!と前向きに計画をたてることができたのです。
 
 
エティアド航空のトラブルについてはこちら⬇

 


 

ドン・ルイス1世橋からの景色

 
ポルトで宿泊したお宿 RVA - Porto Central Flatsで一休みしたあと、私たちが向かったのはドン・ルイス1世橋(Ponte Luís I)。もう19時半を回っていました。
  

ドン・ルイス1世橋の上層を歩いて渡る


 
おそらくポルトに行く観光客ほぼ全員が体験するであろう『ドウロ川(Rio Douro)の向こうに沈む夕日』を見にいくためです。
 
 
橋の上からの眺めがすでにため息が出るほど美しく、ぼうっと見とれているとびっくりするほどすれすれをメトロが走っていくので、少しヒヤヒヤしました💦
 

気づいたら後ろにいてびっくり

  

『魔女の宅急便』のキキちゃんの気分
カモメさんも気持ちよさそうに飛ぶこと

  

どこから見ても美しい

  
  


 

夕日に染まる世界遺産の街

 
橋を渡ってすぐの場所にあるモーロ庭園(Jardim do Morro)は、人で溢れかえっていました。それでもあいだを抜けて歩けないほどではなく、座り込める場所もまぁまぁ残っていました。
 
 
私は周りのみなさんと同じく地べたに座るつもりでしたが、さすが用意のいい母、日本からピクニックシートをリュックに忍ばせて持ってきてくれていました😊

 

人混みは苦手な私ですが、お祭りやイベントでは楽しめます◎

 
  
世界中から集まった国籍も年齢もバラバラの人たちと、同じ日に同じ目的で同じ場所に居合わせ、沈んでゆく夕日を一緒に眺める、こんなロマンがあるかしら…と私は心でワインを飲んでいるような気分になりました。
 
 
隣を見ると、ポルトに来て数時間でもうこの街に恋している母と妹の顔がありました。
 
 

こうして世界は平和にならないかしら

 
 


 

夕食はポルト名物を

  
夕食は、グルメな夫が大絶賛していたRestaurante Meet & Tasteというレストランに行きたかったのですが、残念ながら閉店前で入れなかったので、夜遅くまで開いていたリバーサイドのレストランに行きました。
 
 
母に「せっかくだからポートワイン(ポルトガルを代表するワイン)でも飲む?」と聞くと「甘いのは好かん、ビールがいい。」とのこと(笑)。
 
 
母は九州出身、家族でいちばんお酒に強い人です。
 
 
私はポルトに来たら絶対に食べろと言われるB級グルメの代表フランセジーニャ(Francesinha)を注文。妹はこちらも有名なタコ料理。母は海鮮リゾットをいただきました。
 

Francesinha
ハム・ソーセージ・ステーキ・チーズが入った
サンドイッチを更にチーズで覆う!
聞いてはいたけど、ボリュームがすごい😵
もうちょい薄めのパンだったら好きだったかも


 
レストランの名前はTempêro D'Maria。まぁもう行くことはないかなという感想です。なぜか韓国人が多かったです。ガイドブックに載っているのでしょう。
  
 
悲しいかな、昨今の不安定な世界情勢だけでなく、円安の影響も大きいのでしょう、今まではどこに行っても見かけた日本人観光客の姿を見かけなくなってしまいました😢
  

帰りはドン・ルイス1世橋の下層を歩きました

 
 
夕食のあとはまたドン・ルイス1世橋を渡り、夜景を楽しみながら、そして坂道に少し息を切らす母を「もう少し、もう少し」と励ましながら、お宿に戻りました。
 
 
若かった頃はここからまたお宿でおやつを広げて、わいわいと夜の女子トークが始まったものですが、私たちはこの日を迎えるまでに大変な気力と労力を消費していたので、迷わずみんなで仲良くバタンキューしました。
 
 
年には勝てないなぁ、けれどこんなふうに年を重ねるのも悪くないなぁと感じた夜でした。
 

最後までお読みいただきありがとうございました。
 
 
ポルトのお話は次回も続きます。
 
  


使用している写真はすべて自分で撮影したものです。
画像の転載、複製、改変等はお断りいたします🙏


  

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