イギリスのもう一つの移民問題
イギリスの移民問題というと、多くの場合は大陸欧州や中東・アフリカからやってくる移民の話が取り上げられます。今年も、イングランドで生まれた子どもの名前として「ムハンマド」が2年連続で最も多かったというニュースが報じられ、イスラム系移民の増加や、それに反対するデモなどが注目を集めました。
ただし、この記事で説明したいのは、そうした文脈とは少し異なる、もう一つの移民問題です。それは、イギリスの田舎で増えているアメリカ人についての話です。決してごく大きな社会問題というわけではありませんが、移民というテーマの中には、こうした側面もあるということを知っていただきたいと思います。
コッツウォルズで増えるアメリカ人という現象
イギリスの大衆紙デイリー・メールなどが報じているのが、コッツウォルズと呼ばれる地域で、近年アメリカ人が増えており、それに対して地元の人たちが難色を示しているという話です。

コッツウォルズという地名は、「牛のいる丘」という意味だそうで、イングランド中部の丘陵地帯に広がる田園地帯です。現在も古い街並みが多く残っており、13世紀ごろに羊毛産業で栄えた地域だと言われています。当時建てられた石造りの建物が今も現役で使われており、観光地としても非常に人気があります。

昭和天皇がイギリスを訪れた際に滞在したことでも知られており、私自身も何度か訪れたことがあります。コッツウォルズと一口に言っても範囲は広く、北はシェイクスピアの生まれたストラトフォード・アポン・エイヴォン、南は古代ローマ時代に栄え、世界遺産にも登録されているバースまでを含んでいます。
村が点在する、非常にのどかな地域
この地域には小さな村が点々と存在しており、それぞれが観光地になっています。ただし、観光地と言っても本当に小さな村で、家が数十軒あるだけという場所も珍しくありません。田園風景が広がり、小川が流れ、白鳥が泳いでいるような、非常に美しい場所です。
私が滞在した際には、1600年代から営業しているホテルに泊まりました。古い建物なので床がミシミシと音を立て、子どもが「お化けが出そう」と怖がっていましたが、他ではなかなか味わえない雰囲気だったと思います。
観光地でも変わらない「イギリスの食」
日本人的な感覚で少し残念に感じるのは、こうした観光地に行っても、食べ物はやはりイギリスだという点でしょう。日本では、観光地に行くとその土地ならではの食べ物も楽しみの一つになりますが、イギリスではどこに行っても食事のクオリティはだいたいイギリスクオリティです。
イギリスの料理
元日本代表サッカー選手の吉田麻也選手も、イギリス料理に対して興味深いコメントをしています。イギリスでのプレーを経てイタリアに移籍した際、「イタリアのパスタがあまりに美味しくて感動した」と語り、イギリスのパスタについては「ちゃんと茹でることもできないのか」と驚いたそうです。
そのため、旅行を検討される際には、そのあたりも含めて考えておくとよいと思います。
アメリカの富裕層に人気のコッツウォルズ
コッツウォルズが、近年アメリカ人の富裕層に非常に人気になっていると、デイリー・メールは伝えています。アメリカ人のセレブや有名人の中には、この地域を気に入っている人も多く、J.D.ヴァンス副大統領もその一人だとされています。
この地域に住宅を購入し、移り住むアメリカ人が増えており、それに伴ってアメリカ人向けの会員制クラブや各種サービスも登場しているそうです。この変化は急激なものではなく、あくまで緩やかに進んでいるとされています。
地元の人たちが感じる違和感
デイリー・メールでは、地元の人たちの声も紹介されています。それによると、昔からあったレストランやパブが、アメリカ人観光客やセレブを引きつけるためにキラびやかになり、価格も引き上げられて、すっかり様子が変わってしまったということです。
また、そうした店を利用するアメリカ人客に対して、「マナーが悪い」という印象を持っている地元の人も少なくありません。レストランで案内される前に勝手に座る、自分たちの非を絶対に認めない、といった行動が目につくそうで、そうしたアメリカ人が多く訪れる店には行かないようにしている、という声も紹介されています。
英米関係
知っている方も多いかもしれませんが、アメリカ人とイギリス人は、実はあまり仲が良いとは言えません。両国は同じ英語圏であり、第二次世界大戦以前から特別な関係を築いてきた同盟国ですが、文化や性格、コミュニケーションの取り方は大きく異なります。コッツウォルズのパブで大声で話すアメリカ人を見て、地元のイギリス人が「アメリカ人は賑やかだな」と感じている光景は、容易に想像できます。
「Sorry」を巡る英語観の違い
英語を勉強していると、「sorryはあまり使わない」と教えられたことがある人もいるかもしれません。これは主にアメリカ英語の話です。
実際に、イギリス人は「sorry」を非常によく使います。ちょっと話しかけるとき、日本人が「すみません」と言う感覚で、イギリス人はsorryと言いいます。こうした点から見ても、コミュニケーションの前提が両国で大きく異なることが分かります。
語学力を高めるためには、単語や文法だけでなく、社会的な背景を理解する力も求められます。英検のライティング問題などでは、社会問題に関する質問も多く出されます。
組織や政治に表れる考え方の違い
政治体制を見ても、アメリカは大統領制、イギリスは議院内閣制です。会社組織においても、アメリカではトップが強いリーダーシップを発揮して決断するケースが比較的多い一方、イギリスでは最終的な決定はトップが行うものの、そこに至るまでのコンセンサス形成に時間をかける傾向があります。
見た目はよく似ているアメリカ人とイギリス人ですが、考え方はかなり違います。そうした中で、イギリスの田舎を求めてアメリカ人が増え、イギリス人が戸惑っているという状況が生まれています。
移民が多い時代に起きている小さな摩擦
もちろん、イギリス人自身もアメリカに多く移住していますし、アメリカ側でも似たようなことは起きているはずです。イギリスは第一次世界大戦以前から移民を多く受け入れてきた国であり、移民問題自体は今に始まった話ではありません。

ただ、長い歴史の中で見ても、現在は移民の数が非常に多い状況にあり、人々の関心が高まりやすくなっているのは事実でしょう。今回取り上げたコッツウォルズの話は、移民問題の中では比較的小さなものかもしれませんが、「移民が多すぎる」というテーマは、今後も各国の政治において最も大きな関心事であり続けると思います。
ご参考(移民記事のまとめ)
■ 世界的な移民の増加問題に関する一考察(2024/7/14)
■ メディアが報じない移民問題(2024/8/27)
■ フランスの移民問題と出生地主義の見直しの議論(2025/2/11)
■ イギリスの移民の歴史とデモと地域社会の不満(2025/9/15)
■ ポーランドが示す移民政策のもう一つの形(2025/11/14)
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