英語を巡る議論と日本人の英語観について
この記事では高市首相の英語についてお話ししたいと思います。高市首相の英語が「下手だ」とか、「英語を使わない方がいい」といった批判が一部で見られますが、私はこの点について言いたいことがあります。
まず結論から言えば、英語が上手いか下手かは別として、英語で堂々と話す姿勢そのものを高く評価しています。確かに首相という立場上、発言には正確性が求められ、通訳を通した方が誤解を招かずに済む場面もあるでしょう。しかし、自分の言葉で伝えるべきところでは、自分の言葉でしっかり伝えるという姿勢は非常に重要です。それを実践しているという点で、高市首相の姿勢は評価に値すると感じています。
英語は下手でも良いと思うけどな。上手い英語なんか期待してないよ。通訳つけても良いときはあるけど、自分の言葉で伝えた方がいいときもある https://t.co/6vuWBXbUaA
— 【世界経済情報】モハPチャンネル (@MohaP_WorldNews) November 1, 2025
これは高市首相に限らず、過去の首相にも英語で自ら話をした方はいました。自分の言葉で話そうとするその姿勢こそが、国際社会の中での信頼にもつながるものであり、それを避けてきた人たちとは大きな違いがあると思います。
英語に対する日本社会の偏見
私が特に問題にしたいのは、そうした努力をしている人に対して「英語が下手だ」と揶揄する風潮です。こうした批判はコメンテーターだけでなく、日本社会全体に根深く存在しているように感じます。これは文化的な側面もあるのかもしれません。例えばビジネスの場面で、日本人が一定数いる会議の中で英語を話すと、「あの人の発音は悪い」とか「下手だ」と言う人が必ず現れます。結果として、「下手だと思われたくない」と発言を控えるようになり、これが英語力の伸び悩みの一因になっているのです。
地方出身者がロンドンの大学に進学すると、自分のアクセントが異なることに気づき、将来のキャリアのために発音を意識的に変える人もいます。しかし、それは簡単ではなく、からかわれることを恐れて授業中に発言を控える学生もいるそうです。
帰国子女が直面する日本的同調圧力
この風潮は子供の世界でも起こっています。私の知人にも帰国子女の子供を持つ人がいますが、日本の学校では、正しい発音で英語を話すと笑われることがあるそうです。周囲と違う発音をすることがからかわれる原因になってしまうため、彼らはあえて「カタカナ英語」を使うようになるのです。正しい発音をすると笑われる、この状況は非常に残念ですし、日本人が本来持てる力を自ら抑え込んでしまう結果を生んでいます。
私自身も動画の中で「ECB」を英語発音で話した際に、コメント欄でわざわざカタカナで訂正のようなコメントをされたことがありました。こうした反応を見ると、日本人はどこかで「人と違うことをする」ことを恐れているのかもしれません。発音を気にするあまり、せっかくの発言機会を逃してしまうのは、あまりにももったいないことだと思います。
発音よりも大切なのは「何を伝えるか」
英語を母語としない国の人々も、それぞれ訛りを持ちながら英語を話しています。大切なのは、完璧な発音ではなく、自分の考えをしっかり伝えることです。ところが日本では、「発音が悪い」、「英語が下手だ」という指摘が先に来てしまう。その結果、日本人は「何も話さない人たち」だと思われてしまうのです。これは非常にもったいないことだと私は思っています。
発音に対する私自身の経験と気づき
実を言うと、私自身もかつてはきれいな英語を話そうと努力していた時期があります。イギリス英語の発音を真似して練習したりしましたが、ある時、自分の発音がどう頑張っても日本語っぽくなることに気づきました。子供からも「お父さんの発音、分かりにくい」と言われることがあります。頑張っても口の形がもう再現できないのです。そう気づいてからは、完璧を目指すことはやめ、自然体で話すようにしています。英語の発音の達人であるYouTuberのだいじろーさんなどを見ると本当にすごいと思いますし、心から尊敬しています。
動画の中でたいじろーさんの話をしたら、視聴者の方から沢山共感のコメントを頂いた。だいじろーさんは面白い!いつか会ってみたいYoutuberのひとり!
— 【世界経済情報】モハPチャンネル (@MohaP_WorldNews) August 7, 2025
恐れずに話す姿勢
英語が苦手だと感じる人は多いですが、「間違ってもいい」と思える人ほど上達も早いと思います。特に関西出身の方々は、自分のアクセントを気にせず堂々と話す傾向があります。関西弁のイントネーションが多少英語に混ざっても気にしない。そのマインドこそが語学習得において大切な要素なのではないでしょうか。自分の言葉で発信しようとする意識があるかどうか、それが最も重要だと思います。
語学習得に必要な努力と現実
英語は海外に住めば自然に話せるようになると思っている人もいますが、実際はそうではありません。留学や海外勤務をしても、現地で苦労する人はたくさんいます。子供でも同じで、現地の学校に通うだけでは、何を話しているのか分からないまま毎日を過ごすことになります。英語圏に住む帰国子女の子供たちは、小学生で英検2級に受かるような子もいますが、彼らも並大抵の努力ではありません。日常生活の中でも非常に勉強しています。
言語習得の難しさ
海外に住んでいると、放っておいてもバイリンガルになるというイメージがあるかもしれませんが、そもそも、海外の学校での勉強についていったり、友達を作ったりというのが大変です。
語学力を高めるためには、単語や文法だけでなく、社会的な背景を理解する力も求められます。英検のライティング問題などでは、社会問題に関する質問も多く出されます。こうした問題に答えるためには、社会の構造や課題を理解している必要があり、単に言葉を知っているだけでは不十分なのです。
英語を使う勇気
結局のところ、大切なのは「完璧に話すこと」ではなく、「自分の言葉で話す勇気」です。批判を恐れずに大舞台で英語を話す人は、それまでに大変な努力を重ねてきた人たちです。高市首相もその一人だと思います。そうした努力を軽視して笑うのではなく、挑戦する姿勢を称える社会であってほしいと思います。
ご参考
私の考え
成長していくためには新しいことにチャレンジし、新しい問題に向き合っていく、そうしたポジティブなマインドとタフさが必要です。
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