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自己紹介②|深く丁寧に関わり、つながり続けることで

こんにちは、みずかです。

もうすぐ5歳(年中)と1歳の、ふたりの女の子、そして妻と一緒に毎日を過ごしている、パパです。

子どものいる日々のほころびを、noteを書きながらほどいていく生活を始めてみました。


どうして “一人の相手と、深く丁寧に関わり、つながり続ける” ことだけでは生きづらいの?

この感覚が、おそらく僕がこれまでの人生を通して、いちばん困っていることなのかなと思います。

そしてこれは、いわゆる“子育て”を考える上での、個人的なメインテーマにもなるのではないかと思っています。

どういう内容からnoteを書いていこうかとたくさん考えた結果、ここから始めるのがいちばん良さそうな感じがしたので、やってみようと思います。

自分語りが多いように感じられるかもしれませんが、自己紹介の続きだと思って、お付き合いいただけるとありがたいです。


人と関わることは好き、だけど、知らない人ばかりのところは疲れる。

大人数の場所も、たまには行ってもいいかなと思うけど、別に行かなくても全然大丈夫。

なんなら、ひとりでゆっくり過ごすのが好きで、この時間がない状態が続くとしんどい。

というか、ひとりでいるということにはなるのだろうけど、その間に、本や空や草花、写真や音楽、スマホの中のコンテンツたちなど、“なにかしら一つの相手” とじっくり向き合っている時間という表現の方がしっくりくる。

物語に触れたり、これまでの思い出を振り返ったりまとめてみたり、キレイなもの、かわいいもの、かっこいいもの、気持ちのいいもの、ワクワクするものたちと過ごす時間が好き。

モヤモヤしたり、イライラしたり、がっかりしたりすることもたくさんあるけれど、そういう時間が長引かないように、しっかり向き合うこともできるようになってきた。

“休憩しよう” と思った時には、基本的に、ひとりで過ごすことや、寝ることが第一選択になるけれど、気の置けない友人と過ごすことも、時々、選択肢にあがる。


こういう特徴が僕にはあると思っています。

そしてこれは、おそらくHSS型のHSEというタイプのようです。

外向的なHSPの人を「HSE(Highly Sensitive Extrovert)」と呼びます。

https://nagoya-hidamarikokoro.jp/blog/hss-type-hse/

「内向性/外向性」「HSS(刺激追求型)」という2つの特徴の有無によって、HSPは上記のように4つのタイプに分けられます。

◆HSP:繊細で内向的、刺激を求めない
◆HSE(外向型HSP):繊細で刺激を求めないが外向的
◆HSS型HSP:繊細で内向的だが刺激を求める
◆HSS型HSE:繊細だが外向的で刺激を求める


HSS型HSEは、「繊細だけど外向的で好奇心旺盛」というように、4つのタイプの中でも最も相反する特徴を有しています。 それゆえに、適度なメンタルのバランスを保ちにくいといえるでしょう。

https://nagoya-hidamarikokoro.jp/blog/hss-type-hse/


そうそう。

なんだか、毎日のエネルギー配分を考えるのでかなり忙しいんですよね。

新しいことも好きなくせに、そればっかりだと疲れる、みたいな。

でも、同じことばっかりだと飽きてきてしまうから、すぐに別のことに意識を向けたくなってしまう。

でもうまいことやれば、けっこう集中力はあったりして、楽しく時間を過ごせるけどやっぱりかなり疲れる、みたいな。

子どもと一緒に過ごしていると、こちらの対応が必要なことが次から次に起こるから、ざっくりとした自分の一日のエネルギー配分を考えていたとしても、その想定を超えてくることも度々ある。そこが個人的には特に大変。


ん〜〜、大変だな、自分。

これまでなんとか、この身を乗りこなして来たんだなぁと、あらためて感じます。

この身で、これまでの人生をどんなふうに乗り切ってきたのかについては、また別の機会に書いてみようかなと思っています。



見出しの言葉に戻りましょう


どうして “一人の相手と、深く丁寧に関わり、つながり続ける” ことだけでは生きづらいの?

うん。

これ、もうちょっと別の表現にしてみると、

どうして “一人の相手と、深く丁寧に関わり、つながり続ける” ことだけでは、“多くの相手とつながる” ことと比較して、お金がたくさん稼ぎづらいの?

という感覚なんだと思います。


たぶん、noteで活動をしていたり、noteの文章を読むことが好きな人の中には、HSPやHSEの方も多いと思うので、この

どうして “一人の相手と、深く丁寧に関わり、つながり続ける” ことだけでは、“多くの相手とつながる” ことと比較して、お金がたくさん稼ぎづらいの?

という感覚を、わかってもらえる可能性が高いのではないかと思います。


一日のうちに、たくさんの人と会ったり、たくさんのプロジェクトをこなしても、ダウンタイムが必要ない人っていいな、とか、

細かなことがあまり気にならない人って、同じ行動に対してのエネルギー消費が少なそうでいいな、とか。

ダウンタイムとは
刺激を受けすぎた神経を休ませて、回復させるための時間

https://www.lifeathome.jp/archives/789

今の社会構造では、どう考えても、ひとつの行動で大人数を相手できた方がお金を稼ぎやすいし、行動回数・量を増やせた方がたくさんの相手と関わり合えるので、この部分でもお金につながりやすい。

ひとつの行動で関わり合える相手が少ない方がいい
 × ダウンタイムが必要なため、行動回数や量も少なくなりやすい

こういう特徴を持った人にとっては、お金を稼ぐという部分においては、今の世界は厳しい側面が大きいように感じています。


今の世界では、人生のどの場面においても、お金がつきまとってきますよね。

べつに、すごく贅沢をしたいというわけではないとしても、毎月の生活費について考えたり、住む場所によってもかかるお金が違ってくる。

稼げるお金と使うお金、どっちを先に考えるのかは人それぞれで違うと思うけれど、どれくらいのお金が毎月稼げるのか?ということについて考えることも必要になる。つまり仕事選びですね。

ましてや、子どもを育てていくとなると、子どもの養育費や教育費+α、場合によっては医療に関連する費用などについても考えないといけませんよね。


僕としては、「“今の形のお金” の影響力が大きな状態」について、良いとは思っていなくて、もっと違う状態に変えていけるといいんじゃないかと思っています。

でも、現状としては、“お金について考えないといけない世界である” ということは間違いないと思います。特に、お金を稼ぐということについて。


お金を稼ぐということについていろいろと考えていくと、職業や働き方によって稼げるお金の額が違うんだ、とか、時給単価がこんなに違うんだ、とか、そういうことがわかってくるんだと思います。

その中で、僕としていちばんの不満というか、悩みというか、どうにかならないものかなぁと思っているポイントが、この、

どうして “一人の相手と、深く丁寧に関わり、つながり続ける” ことだけでは、“多くの相手とつながる” ことと比較して、お金がたくさん稼ぎづらいの?

という点なんですよね。


この場合の “相手” は、何も、人間に限らなくてもいいのではないか、というのが僕の最終的な意見ではありますが、

少なくともまずは “相手” を人間に限定したとしても、もっと、ひとり対ひとりの関わり合いによって生まれるエネルギーのやり取りというか、

関わったことで元気になったとか、

ワクワク楽しくなったとか、

「自分ひとりでは知ることのできなかったであろう現状について、教えてくれてありがとう」という感情にさせてくれたとか、

「うまくいかないかもしれないけどチャレンジしてみたんだね、すごいね」という感情を共有できたとか、

そういう細かなやり取りに対しても、“お金的なもの” が発生すればいいのに

“一人とのやり取り” という目の粗い価値判断(意味づけ)ではなく、

“どれだけの思考量を、何回の、目には見えづらいやり取りを、一人の相手としたのか?” という細やかな価値判断も、この世界にあればいいのに

そういうことを、これまでの人生で、何度も感じてきました。


草花にやさしい言葉をかけながらお世話を毎日楽しんでいるおばあちゃんも、

職場で、新人の話を最後まで聞くことを大切にしているお兄さんも、

犬の散歩をしている家族と通りすがる時に、そっと笑顔で接しているおじいちゃんも、

草むらでダンゴムシを探してひたすら観察をしている女の子も、

オリジナルの歌を歌ってご機嫌に過ごしている男の子も、

手作りのお菓子を友だちにお裾分けしているお姉さんも、

空の色の微妙なグラデーションに感動しているお父さんも、

話が盛り上がっているタイミングでは話題に加わらず、静かに場の様子を見守っているお母さんも、

甥っ子が選んでくれたプレゼントを受け取って、その後もことあるごとに感謝の気持ちを思い起こしているおじさんも、

トラブルに繋がりそうな気配を察知して、誰にも気づかれないところでコップの位置をずらしているおばさんも、

息があがり始めている参加者に対して、今その瞬間にはツライことだと分かりつつも、長期的な健康維持にとっては役に立つということを伝えながら、もうあと1分だけ運動を続けるように働きかけるトレーナーさんも、

みんな、目には見えないところで、たくさんの “相手” と何度も何度も好意的に関わったり、相手のことを思って過ごしている時間がきっとたくさんありますよね

こういう営みによって、きっとこの世界はこれまでも支えられてきた部分もあるんだと思います。

でも、これらは “今の形のお金” には必ずしもつながらない営みになっているので、それ以外で “今の形のお金” を稼いでいく方法を見つけ、取り組んでいかないといけないのですよね。

それが、やっぱりもどかしいし、かなしい。

お金ではない形で返ってきたりするものもたくさんあるけれど、お金を払うことでしか進められないこともあるから、気を抜いていると、世界と自分とのバランスが崩れているように感じてしまうんですよね。

自分がかけているエネルギーに対して、返ってくるお金が少ないよ、と。

しょうがないので、この世界を生き抜いていくために、その辺のバランスをとって生活していくことを、人生を通して学んできました。

おかげさまで、世界と自分とのバランスをとって生きることはだいぶ上手にはなってきました、、、けどね。うん。そういうことでもない気がするんだよね。


ふぅ〜〜〜〜〜

普段、基本的には「そういう状況だとしたら、どうしていこうか?」という考えで過ごしているので、

こんなふうに真正面から、「とはいえ、こういう状況って、そもそもどうにかならないのかな?」ということについて考えを巡らせていると、なんだか、だんだんと気持ちが重くなってきてしまいましたが、


“子育てをどんなふうにしていく?” とか、

“子どもにどんな大人に育っていってもらいたい?” とか、

“自分自身が、親として、大人としてどんな人間でありたい?” とか、

そういうことを、これからも少しずつ考えていくにあたり、

今日ここに書いた、悩んでいること、もどかしさや、かなしみを感じていることを大切にしていきたいなと思っています。

これをそのまま子どもに伝えるのか?

そうじゃない形になっていくのか?

それがまだ見つけられてはいないけれど。







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