ミシュナ『Makkot(マッコート)』の法理 第1回――レビ記及び『Makkot』3章1節による性的関係禁止の掟を侵犯した場合の鞭打ち刑の適用範囲
*本稿は、古代イスラエルのモーセ五書(トーラ)と口伝律法ミシュナに従った法廷における手続きを、歴史学的・律法学的視点から解析する研究である。記述に含まれる性に関わる表現は、すべて一次資料の法定義を正確に論じるための学術的用語であり、性的好奇心を喚起する意図は一切含まれない。
本稿は、ユダヤ教の最高権威であるモーセ五書(トーラ)および口伝律法ミシュナの「Nezikin(ネジキン:損害の部)」に属する『Makkot(マッコート)』を歴史学的・律法学的視点から厳密に解析するシリーズの第1回である。
申命記25章1〜3節に規定された鞭打ち刑の刑罰法理を端緒とし、実質的な罰則適用例としてミシュナ『Makkot』3章1節が列挙する「性的関係における禁止規定」の全容を一次資料に基づき解明する。
それと並行して親族間における近親相姦の罪と天の法廷による断絶(karet)の相関関係、祭司の純潔性を守るzonah(ゾナー)の律法上の定義、更にmamzer(マムゼル)およびギベオン人(netinim)の婚姻禁止規定に至るまで、2,000年前の「律法の現場」における厳格な法定義を体系的に論述する。
トーラにおける鞭打ち刑の規定と『Makkot』の適用法理
今回からトーラで規定されている鞭打ち刑について扱う。申命記25章には次のように書かれている。
1二人の間に争いが生じ、彼らが法廷に出頭するならば、正しい者を無罪とし、悪い者を有罪とする判決が下されねばならない。 2もし有罪の者が鞭打ちの刑に定められる場合、裁判人は彼をうつ伏せにし、自分の前で罪状に応じた数だけ打たせねばならない。 3四十回までは打ってもよいが、それ以上はいけない。それ以上鞭打たれて、同胞があなたの前で卑しめられないためである。
この鞭打ちの刑罰に関して、他の箇所ではほとんど触れられていない。しかし実際はトーラの禁止命令を犯した際の罰則として、広く適用されている。
今回は如何なる性的な関係を持った場合、鞭打ち刑になるのかを扱う。
ミシュナ『Makkot』3章1節が定める性的禁止規定の全容
口伝律法ミシュナ「Makkot」3章には次のように書かれている。
これらの者は鞭打ちの刑に服する。自分の姉妹、父の姉妹、母の姉妹、妻の姉妹、兄弟の妻、父の兄弟の妻、月経中の女と寝る者、大祭司にとってはやもめ、その他の祭司にとっては離縁された女、chalutzhaを受けた女も含まれる。その他のイスラエルの民にとってはmamzer、ギベオン人。
ここでは性的な関係を結んだ場合、死刑に値はしなくても、鞭打ちの罰則が規定されているものが列挙されている。
1つずつ確認する。
①「自分の姉妹」
トーラには次のように書かれている。
自分の姉妹、すなわち父または母の娘をめとり、その姉妹の裸を見、女はその兄弟の裸を見るならば、これは恥ずべき行為であり、彼らは民の目の前で断たれる。彼は自分の姉妹を犯した罪を負わねばならない。
彼は「民の目の前で断たれる」のであり、karetに値する。その具体的な内容について不確かな方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉口伝律法『ミシュナ』におけるkeritot(断絶)の法理学(上):36の禁止規定と天の法廷――トーラ(モーセ五書)による刑罰規定、来たるべき世における生命への影響、および祭儀的不備(piggul/notar)という条件
https://note.com/mishnah/n/n1984f9942eb2
②「父の姉妹、母の姉妹」
トーラには次のように書かれている。
おばを犯してはならない。彼らは、肉親を辱める行為の罪を負わねばならない。おばと寝て、おじを辱めるならば、罰を受け、男も女も子に恵まれることなく死ぬ。
この「罰を受け」の具体的な罰はkaretを指す。彼は鞭打ちを受けるだけでなく、民から断たれる。
③「妻の姉妹」
トーラには次のように書かれている。
あなたは妻の存命中に、その姉妹をめとってこれを犯し、妻を苦しめてはならない。
④「兄弟の妻」
トーラには次のように書かれている。
兄弟の妻を犯してはならない。兄弟を辱めることになるからである。
ただし兄弟が子供を残さないで死んだ場合、その妻を娶って家系を絶やさないように努めるのは、他の兄弟の責任である。
⑤「父の兄弟の妻」
トーラには次のように書かれている。
おじの妻を犯してはならない。おじの妻に近づいてはならない。彼女はあなたのおばである。
⑥「月経中の女と寝る者」
トーラには次のように書かれている。
月経の汚れを持つ女性に近づいて、これを犯してはならない。
以上の③~⑥については、次のように書かれている。
これらのいとうべきことの一つでも行う者は、行う者がだれであっても、民の中から断たれる。
従って①~⑥全ての関係は鞭打ち刑に服すると同時に、karetの対象にもなっている。
⑦「大祭司にとってはやもめ」
トーラには次のように書かれている。
やもめ、離縁された女、遊女となって身を汚した女などをめとってはならない。一族から処女をめとらねばならない。
この「遊女」については以前の記事で扱ったが、現代のように不特定多数の男性と性行為をした女性を指すものではない。
ヘブライ語ではzonah(ゾナー)と言われ、次の2つのいずれかの条件を満たす女性である。
・「性行為が許されない男と性行為した女性」
実の父など、絶対的に関係が許されない男性との関係を持った女性である。
・「結婚してはならない男性と性行為した女性」
大祭司に対するやもめなど、律法上結婚が禁止されている関係を踏み越えた女性。
これらの禁止を犯した女性がzonahである。zonahについて不確かな方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉ミシュナ『Kiddushin(キッドゥーシン)』の法理 第2回:祭司の純潔性とzonahの再定義
https://note.com/mishnah/n/naaa933bd97c4
話を戻すが、レビ記21章14節に従い、大祭司は「やもめ、離縁された女、zonah」とは結婚してはならない。勿論性行為をしてもならない。
性的な関係を持った場合、鞭打ち刑の対象になる。
⑧「その他の祭司にとっては離縁された女」
大祭司以外の祭司は、夫と死別したやもめとは結婚が許容される。しかしzonah及び離縁された女性は認められない。
トーラには次のように書かれている。
遊女となって身を汚した女、あるいは離縁された女をめとってはならない。祭司は神に属する聖なる者だからである。
「遊女」は上記と同じくzonahを指す。
「離縁された女」については、文字通りの意味の他にもう1つの意味が含まれる。
レビラート婚が問題になった場合、兄弟たちが誰もyibumしないなら、chalitzahという儀式が行われる。
chalitzahは律法上、離縁と同等に扱われる。
従って、たとえkiddushin(erusin)の時に夫が死去し、処女で結婚生活を終えたとしても、chalitzahを受けたなら「離縁された女性」と同様に扱われることになり、祭司と結婚することは出来ない。
chalitzahについて不確かな方は下のリンクから確認して欲しい。
◉レビラート婚(yibum:イブーム)とchalitzah(ハリツァー)の法理学 第1回:『Yevamot(イェヴァモット)篇が定める「土地買い戻し」と「chalitzah(ハリツァー)」の厳格な条件
https://note.com/mishnah/n/n333bf509c4f5
◉レビラート婚(yibum:イブーム)とchalitzah(ハリツァー)の法理学 第2回:ミシュナ『Yevamot(イェヴァモット)』12章における「事後有効」の境界と儀式の不可欠要素
https://note.com/mishnah/n/nf3ac863e7b6d
⑨「その他のイスラエルの民にとってはmamzer、またはギベオン人」
mamzerもギベオン人も、以前の記事で詳しく書いている。どちらも次の記事で解説した。
◉ミシュナ『Kiddushin(キッドゥーシン)』の法理 第1回:ユダヤ法における「女性の聖別」と獲得の諸態様――第1章1節–2章3節による三つの獲得手段・代理人・錯誤による合意の無効
https://note.com/mishnah/n/n32ed69a29932
ここでは簡単に触れるにとどまるが、レビ記18章には意図的に性行為をしたならkaretになり、yibum以外は絶対に禁止される関係について列挙している。
この禁止された関係で生まれた子供はmamzerと呼ばれる。これには既婚者との性行為、つまり姦淫の結果生まれた子も含まれる。
mamzerは正統な血筋のイスラエルの家族との間に婚姻関係を結ぶことが出来ない。
他方、「ギベオン人」はnetinim(ネティニーム)とも呼ばれる。彼らはミシュナにおいては、むしろ後者の仕方で呼ばれている。ヨシュア記に出てくるギベオン人の子孫である。彼らはカナンの住民でない振りをしてヨシュアと契約を結んだ。
netinimも正統な血筋のイスラエルの家族との間に婚姻関係を結ぶことが出来ない。
長くなったが、以上が性的な関係を持った場合、鞭打ち刑となるものの内容である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉【シリーズ目次】ミシュナ『Makkot』法理研究
https://note.com/mishnah/n/n66ed90d1aaf4
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
