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ミシュナ『Kiddushin』の法理研究 第1回:ユダヤ法における「女性の聖別」と獲得の諸態様――第1章1節–2章3節による三つの獲得手段・代理人・錯誤による合意の無効

*本書は、ユダヤ教の口伝律法ミシュナの『Kiddushin(キッドゥーシン)』篇を軸に、古代ユダヤ法における結婚の成立過程を解説するものである。

 翻訳聖書で「婚約」と訳されるマリアとヨセフの事例を、法制度としてのerusin(エルーシン)」から再定義し、動産・不動産取得と並行する「三つの獲得手段(金銭、文書、性行為)」の聖書的根拠(申命記24:1、創世記23:13等)を詳解する。

 更にBeit ShammaiとBeit Hillelの学派論争、代理人制度、そしてmamzer(マムゼル)やnetinim(ネティニーム)といった血統的身分を含む「錯誤」による契約無効の要件を網羅。日本語圏において律法の現場における実証的な法理を提示する。


kiddushin(聖別)の本質――「婚約」という誤訳の打破


 ここ数回、結婚証書(ketubah:ケトゥバ)について扱った。今回は彼らの結婚の成立(成婚)について解説する。

 これはkiddushin(キッドゥーシン)と呼ばれる。

 動産や不動産を取得する場合、律法上の手続きを要する。それと並行した方法で、男性は女性を妻として娶るのであるが、「kiddushin」という語は、女性を自らの妻として聖別するという意味を含んでいる。

 聖所は「kodesh」と言い、聖別されたものは「hekdash」と呼ばれるが、kiddushinは同根の単語である。

 これについては、聖書に有名なエピソードが存在する。

 イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。

(マタ1:18~25)

 他に翻訳出来ないので、ここで「婚約」と訳されているが、kiddushinは婚約とは本質的に異なる。というのも、kiddushinは結婚の第1段階であり、これを経た2人は既婚者と見なされるからである。

 彼らは他の者と結婚することは出来ないし、他の者との性行為は姦淫と見なされ、極刑に値する。

 この辺りの事情は以前の記事で詳しく解説したので、興味のある方は下のリンクから確認して欲しい。

◉マリアの妊娠とヨセフの離縁――ミシュナ(口伝律法)から読み解く石打ちの刑と離縁の法的要件

https://note.com/mishnah/n/n80c9cd275eb5#a72b867e-28b6-45e6-8fc3-71dcbf43e07d

 kiddushinはerusin(エルーシン)とも呼ばれる。結婚は第2段階のnisuin(ニスイン)で完成する。

 以上の内容をまとめると、次のようになる。

第1段階

 kiddushin(キッドゥーシン)またはerusin(エルーシン)と呼ばれる。律法上既婚者となるが、父親の元で通常1年間過ごして準備する。

第2段階

 nisuin(ニスイン)と呼ばれる。結婚が完成する。

 以上で導入の概論とし、以下口伝律法ミシュナ「kiddushin」の基本的な条文を確認する。まずは1章1節である。

成婚における三つの法的獲得手段(1章1節)

 女性は3つの仕方で獲得される。彼女は2つの仕方で自分を獲得する。彼女はお金で獲得される、または文書で、または性行為で。

(Kiddushin 1:1)

 ここでは1人の女性を具体的にどのような方法で妻として聖別するのかを述べている。3つ挙げられている。

①お金

 男性は女性にお金、または金銭的に一定以上の価値のあるものを2人以上の証人の前で、結婚の意志を明確に宣言しながら渡す。

 慣習では、この時に指輪を渡す。

 この方法で妻を娶るのは、トーラにおいて財産を獲得する際に使われる単語と、妻を得る時に使われる単語が同一であることから来ている。

 妻については、次のように書かれている。

 人が妻をめとり、その夫となってから・・

(申24:1)

 財産については、次のように書かれている。

 わたしの願いを聞き入れてくださるなら、どうか、畑の代金を払わせてください。どうぞ、受け取ってください。

(創23:13)

 妻を「娶る」単語と畑の代金を「受け取る」は同一の単語であることから、畑を金銭で得ることが出来るように、妻を娶る際に金銭を使うことが出来るとされる。

②文書

 これも2人以上の証人の前で、結婚の意志を明確に宣言しながら女性に渡すものである。

 この文書の金銭的な価値は問われない。

 この方法の根拠は①と同じ箇所に見出されている。

 人が妻をめとり、その夫となってから、妻に何か恥ずべきことを見いだし、気に入らなくなったときは、離縁状を書いて彼女の手に渡し、家を去らせる。

(申24:1)

 結婚と離縁が同一の箇所で書かれている。両者には並行関係があると見なされ、離縁を文書によってすることが出来るように、結婚も文書によってすることが出来ると解釈されている。

③性行為

 2人以上の証人の前で、結婚の意志を明確に宣言しながら、性行為することを女性に伝える。

 証人たちは2人がプライベートな場所に入って行くのを確認する。

 これは上記引用の「人が妻をめとり、その夫となってから」(申24:1)から明確に汲み取れる意図であるが、ラビたちは許容していない。

 穏当な方法ではないからである。もしもこの方法を行ったら、ラビたちは、男性は鞭打ちを受けると規定した。

 しかしもしも実行してしまったなら、事後的に有効とされる。

 続きである。

貨幣単位をめぐる学派論争:Beit Shammai と Beit Hillel

 お金で-Beit Shammaiは言う。「1ディナルで、もしくは1ディナルの価値のあるもので。」Beit Hillelは、しかし言う。「1ペルータもしくは1ペルータに相当する価値のあるものである。」

(Kiddushin 1:1)

 ここではBeit ShammaiとBeit Hillelの2つの学派が、成婚の為の「お金」は幾ら以上であることを要するのか論じている。

 以下のようにまとめられる。

【1】Beit Shammaiの見解

 聖書次元では1ペルータで可能と解されているが、これは最も低い貨幣単位であるので、適当ではないとする。

 結婚は両者の合意によって成立するので、どちらも問題ないとするならば、お金ではなくて、物でもよい。

【2】Beit Hillelの見解

 1ペルータで可とする。

 続きには以下のように書かれている。

 彼女はget(離縁状)もしくは夫の死で自分を得る。
 yevamahは性行為によって獲得され、chalitzah によって自らを得る。もしくはyavamの死によって。

(Kiddushin 1:1)

 これは復習事項である。

 妻は離縁状を渡されることで、また死別によって結婚の絆から解放される。

 レビラート婚は性行為(yibum:イブーム)によって成立し、またはchalitzah(ハリツァー)という儀式によって可能性が消える。

 これらの事項について不安を感じる方は、全体目次や逆引き辞典の用語から記事を確認して欲しい。

代理人制度と父親によるkiddushinの代行(2章1節)


 次は代理人を通した場合のkiddushinについてである。

 男は自分で、もしくは代理人を通して女を娶る。女は自分で、もしくは代理人を通して女を嫁ぐ。男は自分の娘をkiddushinにおいて与える。彼女がnaarah の時に、自分でもしくは代理人を通して。

(Kiddushin 2:1)

 男性は上述の方法を代理人によって行うことが出来る。また、女性も代理人に受け取らせることが出来る。

 これは離縁の時に夫が代理人によって離縁状を渡すことが出来、妻が代理人よって受け取ることが出来ることから可能とされたものである。

 「男は自分の娘をkiddushinにおいて与える。彼女がnaarah の時に、自分でもしくは代理人を通して」とあるのは、父親が娘を嫁に出す時には、自らが、または代理人を通して成婚させることが出来ることを言っている。

 次節に進む。

契約の瑕疵と無効:錯誤の法理(2章2~3節)

 もし男が女に対して「1杯のぶどう酒で結婚して下さい」と言い、それが蜜であることが分かったら、あるいは蜜であるのに、ぶどう酒であることが分かったら、1ディナルの銀貨であるのに、金貨であることが分かったら、金貨であるのに、銀貨であることが分かったら、「私は金持ち」であるのに、貧しいことが分かったら、貧しいのに、金持ちであることが分かったら、彼女は娶られていない。

(Kiddushin 2:2)

 結婚は両者の合意によって成立する。女性の承諾が錯誤に基づくのであるなら、その結婚は無効である。

 もう1つ似たような事例を挙げる。

経済力・環境の虚偽による無効事例

 「私が祭司であるという条件で結婚して下さい」、彼がレビ人であることが分かったら、「レビ人」、しかし祭司であることが分かったら、「ネティニーム」、しかしmamzer(マムゼル)であることが分かったら、「mamzer」、しかしnetinim(ネティニーム)であることが分かったら、「村の人」、しかし町の人であることが分かったら、「町の人」、しかし村の人であることが分かったら、「家が浴場に近い」、しかし遠いことが分かったら、「家が浴場から遠い」、しかし近いことが分かったら、「娘がいる」、もしくは「編み物をする奴隷がいる」、しかしいないことが分かったら、「いない」、しかしいることが分かったら、「息子がいない」、しかしいることが分かったら、「いる」、しかしいないことが分かったら、これら全てのケースにおいて、彼女が「私はそれでも彼に嫁ぎます」と言ったとしても、彼女は娶られていない。

(Kiddushin 2:3)

 ここに挙げられたケースも皆、錯誤に基づく女性側の承諾になり、結婚は無効である。条件は事実に基づいて提示され、承諾されなくてはならない。

 しかし幾つかの用語は極めて重要であるので、ここで解説しておく。

血統的・宗教的身分の偽り:mamzer(マムゼル)とnetinim(ネティニーム)の定義


①mamzer(マムゼル)

 レビ記18章には意図的に性行為をしたなら、karetになる関係について列挙している。

 この禁止された関係で生まれた子供はmamzerと呼ばれる。これには姦淫の結果生まれた子も含まれる。

 mamzerは正統な血筋のイスラエルの家族との間に婚姻関係を結ぶことが出来ない。トーラには以下のように書かれている。

 混血の人は主の会衆に加わることはできない。十代目になっても主の会衆に加わることはできない。

(申23:3)

 ここで「混血」と訳されている語がmamzerである。

②netinim(ネティニーム)

 これはヨシュア記に出てくるギベオン人の子孫である。彼らはカナンの住民でない振りをしてヨシュアと契約を結んだ。

 「ネティニーム」とは「任命された者」を意味するらしい。これはヨシュア記の次の箇所に拠っている。

 ヨシュアは、その日、彼らを共同体および主の祭壇のため、主の選ばれた所で柴刈りまた水くみとした。

(ヨシュ9:27)

 netinimも正統な血筋のイスラエルの家族との間に婚姻関係を結ぶことが出来ない。

 結婚を申し込むにあたっては、男性はこうした血縁上の身分や生活条件を偽ってはならない。

 今回の内容は以上である。

(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 シリーズ目次は以下からご覧になれます。

◉ユダヤ法における結婚・離縁・家族の法理学

https://note.com/mishnah/n/ndeee1c7e77b4

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef

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