レビラート婚(yibum:イブーム)とchalitzah(ハリツァー)の法理学 第1回:『Yevamot(イェヴァモット)篇が定める「土地買い戻し」と「chalitzah(ハリツァー)」の厳格な条件
*本稿は、古代イスラエルのモーセ五書(トーラ)と口伝律法ミシュナにおける婚姻法および法廷における手続きを、歴史学的・律法学的視点から解析する研究である。記述に含まれる性に関わる表現は、すべて一次資料の法定義を正確に論じるための学術的用語であり、性的好奇心を喚起する意図は一切含まれない。
本稿では、死後における家の存続を目的とした「レビラート婚(yibum:イブーム)」の法的構造を、モーセ五書(トーラ)および口伝律法『ミシュナ』の規定から解説するシリーズである。
兄弟の妻との性行為を禁ずるレビ記の法理と、例外的な義務を課す申命記25章の整合性を、具体的な判例(ルツ記4章)を交えて詳解。更に義務を拒絶する際の手続きである「chalitzah(ハリツァー:靴脱ぎの儀式)」において、なぜ靴の材質や着用部位が法的有効性を左右するのか。聖書的定義(エゼキエル書等)に基づいたラビ的論理を紐解き、2,000年前の「律法の現場」における厳格な法執行の真実を提示する。
聖書における「兄弟の妻」を巡る禁止規定とレビラート婚の義務
旧約聖書の最高権威であるモーセ五書(トーラ)では、意図的に兄弟の妻と性行為するなら、karet(カレート)になるものとして禁止される。次のように書かれている。
兄弟の妻を犯してはならない。兄弟を辱めることになるからである。
兄弟の妻をめとる者は、汚らわしいことをし、兄弟を辱めたのであり、男も女も子に恵まれることはない。
karetとは地上の法廷ではなく、天の法廷による罰則であるが、それが如何なるものであるかは、以前の記事で詳しく解説している。
まだご存知ない方は下のリンクから確認して欲しい。
◉口伝律法『ミシュナ』におけるkeritot(断絶)の法理学(上):36の禁止規定と天の法廷――トーラ(モーセ五書)による刑罰規定、来たるべき世における生命への影響、および祭儀的不備(piggul/notar)という条件
https://note.com/mishnah/n/n1984f9942eb2
◉口伝律法『ミシュナ』におけるkeritot(断絶)の法理学(下):不作為の罪(過越祭・割礼)の法的特定と、過失(不注意・不確か)における贖罪の献げ物および疑念の賠償の献げ物(asham tarui)の算定法理
https://note.com/mishnah/n/nefe4334e5291
基本的に兄弟の妻と性行為することは許されない。しかしトーラの別の箇所には次のようにも書かれている。
5兄弟が共に暮らしていて、そのうちの一人が子供を残さずに死んだならば、死んだ者の妻は家族以外の他の者に嫁いではならない。亡夫の兄弟が彼女のところに入り、めとって妻として、兄弟の義務を果たし、 6彼女の産んだ長子に死んだ兄弟の名を継がせ、その名がイスラエルの中から絶えないようにしなければならない。
もしも死んだ兄弟に子供がなかったなら、残された兄弟はその妻を娶って子供を作るべきであるとされている。
この問題について、ルツ記を思い出す方も多いだろう。
土地の買い戻しと死者の名の継承――『ルツ記』の二重法理
ルツの夫マフロンは子供を残さないで死んだ。申命記25章の義務は、マフロンに最も近い親戚ではなく、その次に近いボアズが果たしている。
しかしこの話は少し複雑である。ボアズはルツ記の中で次のように言っている。
3モアブの野から帰って来たナオミが、わたしたちの一族エリメレクの所有する畑地を手放そうとしています。 4それでわたしの考えをお耳に入れたいと思ったのです。もしあなたに責任を果たすおつもりがあるのでしたら、この裁きの座にいる人々と民の長老たちの前で買い取ってください。もし責任を果たせないのでしたら、わたしにそう言ってください。それならわたしが考えます。責任を負っている人はあなたのほかになく、わたしはその次の者ですから。
ここには2つの掟が絡み合っている。1つずつ解説する。
まず、ボアズはエリメレク一家(マフロンの父の一家)に最も近い血縁者に、土地を買い取るように言っている。この親戚の者は一貫して氏名を記されていない。
律法にもとる振る舞いをしているので、名前が伏せられているのである。ここではA氏と呼ぶ。
ともあれ、1つ目の掟については、レビ記25章の次の箇所を参照する。
23土地を売らねばならないときにも、土地を買い戻す権利を放棄してはならない。土地はわたしのものであり、あなたたちはわたしの土地に寄留し、滞在する者にすぎない。 24あなたたちの所有地においてはどこでも、土地を買い戻す権利を認めねばならない。 25もし同胞の一人が貧しくなったため、自分の所有地の一部を売ったならば、それを買い戻す義務を負う親戚が来て、売った土地を買い戻さねばならない。
売却した土地はヨベルの年に元の所有者に返還される。売主にはヨベルの年までの年数を計算して、その期間の価額を支払い、買い戻すことが認められている。
「もし同胞の一人が貧しくなったため、自分の所有地の一部を売ったならば、それを買い戻す義務を負う親戚が来て、売った土地を買い戻さねばならない」とは、次のことを言っている。
①元来、民は貧困に陥っていないなら、その土地を売るべきではない。またそのような時であっても、全て売るべきではない。
②本人に買い戻す財力が無い場合、近い親戚が買い戻すべきである。
そこで、そもそも土地は売るべきではない原則を見ることが出来る。
ルツ記4章では、エリメレクの一家が貧しくなったので、土地を売ろうとしている状況が語られている。A氏はそれを未然に防ぐ為に、買い取るように勧められている。
これが1つ目である。
A氏はこれについては承諾した。ボアズは次のように続ける。
あなたがナオミの手から畑地を買い取るときには、亡くなった息子の妻であるモアブの婦人ルツも引き取らなければなりません。故人の名をその嗣業の土地に再興するためです。
A氏のマフロンとの血縁上の関係は不明である。しかしレビラート婚の義務を果たすことを求められている。A氏は次のように答える。
6そこまで責任を負うことは、わたしにはできかねます。それではわたしの嗣業を損なうことになります。親族としてわたしが果たすべき責任をあなたが果たしてくださいませんか。そこまで責任を負うことは、わたしにはできかねます。
A氏はルツを娶ることを拒み、ボアズに履行を依頼している。
以上からルツ記4章のボアズとA氏の交渉には、次の原則を見ることが出来る。
①貧しい親族の為に土地を買い取らなくてはならない。または買い戻さなくてはならない。
②近親者の妻を娶り、家の子供をもうけなくてはならない。
なお、トーラでは「亡き兄弟の妻を娶って」とあり、兄弟が子供を残さないで死んだ場合のみ明記されている。
しかしもし責任を果たす兄弟がいないなら、それと同様のことが親族によって行われていた。
そこで①と②が一体的に語られたのである。①はそもそも兄弟であることまでは求められていない。
ここからはレビラート婚に絞って話をする。
ミシュナ『Yevamot(イェヴァモット)』が規定する義務の優先順位と法廷の役割
兄弟間で誰がより責任を負うのかについては、口伝律法ミシュナ「yevamot(イェヴァモット)」に記されている。
掟によると、最も年長である兄弟がyibumする。もし彼が望まないなら、私たちは全ての兄弟に近付く。もし彼らが望まないなら、私たちは年長者に返って言う、「掟はあなたの上にかかっています。―chalitzahかyibumか決めて下さい。」
yibum(イブーム)とはレビラート婚を指す。yibumは近親者と亡き兄弟の妻の性行為によって成立する。
この性行為そのものをyibumと呼ぶこともある。
上のミシュナでは、兄弟の中で第一に責任を担うのは長兄であるとする。長兄が拒んだ場合、次に年長の兄弟に責任が回る。もしも全員が拒んだ場合、再び長兄に委ねられることを言っている。
この時、「chalitzahかyibumか」決めることになる。自分が亡き兄弟の妻を娶るか、誰も彼女と結婚しない手続きを取るか決断しなくてはならない。
法廷がその決断を要求する。
chalitzah(ハリツァー)とは兄弟たちが結婚を拒んだ場合、あるいは彼女が結婚を望まなかった場合の手続きの事である。
「yevamot」12章1節には次のように書かれている。
chalitzahの有効性判定――サンダル・革靴・紐の位置に関する法理
chalitzahは3人の判事の前で行われる、たとえ全員が信徒であっても。
もし彼女がchalitzahを革靴でするなら、有効である。布製の靴でするなら、無効である。ヒールのあるサンダルは有効である。ヒールのないサンダルは有効ではない。膝の下、chalitzahは有効である。膝の上、chalitzahは有効ではない。
まず、chalitzahの儀式は3人の判事の前で行う必要がある。彼らはヘブライ語を読めるなら、通常の男性信徒で構わない。
あるいは、chalitzahの儀式に通じているという点が条件とする見解もある。
ここで用語を整理する。以下の用語はレビラート婚を理解する上で必要なので、覚えて欲しい。
①yavam(ヤヴァム):義務を負う男性。
②yevamah(イェヴァマ):夫を失った女性。子供はいない。
さて、「もし彼女がchalitzahを革靴でするなら、有効である」とは、儀式の間にyevamahがyavamから靴を取る場面について言っている。
実際のところ、革靴は望ましいものとはされていない。しかしもしもそれが使われるなら、有効である。
トーラの次元では靴でもサンダルでも問題ないが、ラビたちはサンダルが望ましいと定めた。
これは彼らの「革靴」が足を完全に覆ってしまうのに対して、サンダルは底から縁の部分までしか覆わないことによる。
これは少し説明を要する。
前提として、通常の仕方で用いないような靴やサンダルはchalitzahで用いてはならない。
靴であるなら、足を覆っている側が破れていても、chalitzahで使われてしまう可能性がある。その点サンダルにはそのような心配が無い。そこでサンダルが推奨されている。
布製のものが禁止されるのは、次のエゼキエル書の箇所に拠る。
そして、美しく織った服を着せ、上質の革靴を履かせ、亜麻布を頭にかぶらせ、絹の衣を掛けてやった。
ここから、靴と言えば革靴を指すのがトーラの定義であるとされているのである。
「ヒールのあるサンダルは有効である」の「ヒール」は現代での用法とは異なり、足の後ろ部分を覆っている箇所を指している。
その部分のあるものが有効であり、無いものは使ってはならない。
ただし、文字通りこれは「かかと」部分を指しているとする見解もある。
「膝の下、chalitzahは有効である。膝の上、chalitzahは有効ではない」とは、yevamahが紐を解く際のことを言っている。これは次の箇所に拠っている。
もし彼が、「わたしは彼女をめとりたくない」と言い張るならば、義理の姉妹は、長老たちの前で彼に近づいて、彼の靴をその足から脱がせ
「足から」靴を脱がせなくてはならない。紐が膝から上で結ばれているものは不可である。
今回の解説は以上である。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
シリーズ目次は以下からご覧になれます。
◉ユダヤ法における結婚・離縁・家族の法理学
https://note.com/mishnah/n/ndeee1c7e77b4
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
