口伝律法ミシュナにおけるkeritot(断絶)の法理学(下):不作為の罪(過越祭・割礼)の法的特定と、過失(不注意・不確か)における贖罪の献げ物および疑念の賠償の献げ物(asham tarui)の算定法理
*口伝律法ミシュナ『Keritot(ケリトット)』篇における刑罰規定「断絶(karet)」の構造を解明するシリーズ2回目。本稿では、過越祭や割礼といった肯定命令の不履行がkaretを招く「不作為の罪」の法的特定、侵犯が不注意(過失)による場合の贖罪の献げ物、あるいは事実が「不確か」な場合に要求される疑念の賠償の献げ物(asham tarui:アーシャーム・タルイ)の算定法理を詳述。証拠法における特例や「意識の断絶」が有責個数に与える影響など、伝統的な諸註釈に基づき、律法執行の現場における厳格な司法判断を再構築した。
前回の復習:karet(断絶)の定義と地上の司法との峻別
前回は以下の内容を確認した。
【1】 「断絶(karet:カレート)」の定義と意義
「断絶(karet)」とは、モーセ五書(トーラ)に記されている「民から断たれる」という刑罰を指す。
その具体的な内容はトーラに書かれていないが、本文には「断たれ、断たれるだろう」という重複表現があり、この世での若死にと、来るべき世での分を失うことの両方を示唆しているものであると解釈されている。
【2】天の裁きと地上の司法
「断絶」の刑罰が適用される条件は、以下の通りである。
①意図的な侵犯
意図的に罪を犯した場合にのみ適用され、不注意(過失)の場合は贖罪の献げ物が要求される。
②地上の司法権との違い
地上の法廷で有罪(死刑や鞭打ち)になるには「2人の証人による事前の警告」が必要である。
この条件を欠き、地上の法廷で裁けない事案のみ、天の法廷によって裁かれ、karetとなる。
【3】karetに該当する36の罪(1〜28番まで)
ミシュナ『Keritot』では、karetに相当する罪は全部で36あると定義されている。前回の記事ではそのうち28項目が解説された。
1〜15番(性的禁忌)
母、父の妻、義理の娘との関係、男色、獣姦、月経中の女性との関係など15項目が含まれる。ただし、トーラには子供のない兄弟の妻を娶る「レビラート婚」の掟があり、状況によって許容される例外も存在する。
16〜19番(宗教的・冒涜的行為)
神を呪う「冒涜」、偶像崇拝、モレク神への献児、霊媒(死者との交信)が該当する。
偶像崇拝については、その神に特有の礼拝を行うか、あるいはエルサレム神殿の枢要な奉仕であるavodah(屠る、血を受ける、運ぶ、振りかける)のいずれかを異教の神に行うことが含まれる。
20〜28番(祭儀・安息日に関する規定)
安息日を汚すこと、汚れた状態での聖なる食事や神殿への立ち入り、禁じられた脂肪(祭壇で燃やすべき部位)や血の摂取など、聖性を犯す罪。
期限を過ぎた肉(notar:ノタール)や、祭司の不当な意図(piggul;ピッグール)による無効な献げ物など、祭儀上無効とされる肉の摂取の罪。
神殿の敷地外でいけにえを屠ること、または焼くこと等、聖域以外で献げ物の奉仕をする罪。
以上の内容に不安を感じる方は、下のリンクから確認して欲しい。
◉口伝律法『ミシュナ』におけるkeritot(断絶)の法理学的考察(上):36の禁止規定と天の法廷――トーラ(モーセ五書)による刑罰規定、来たるべき世における生命への影響、および祭儀的不備(piggul/notar)という条件
https://note.com/mishnah/n/n1984f9942eb2
今回はその続きである。ミシュナ「Keritot」1章1節の29番から引用する。
29~34番:祝祭規定と聖別物の私的利用における断絶の閾値
29、過越祭に酵母を食べる者、30、ヨム・キップールに食べる者、31、ヨム・キップールに働く者、
まず「29、過越祭に酵母を食べる者」については、次のように書かれている。
七日の間、あなたたちは酵母を入れないパンを食べる。まず、祭りの最初の日に家から酵母を取り除く。この日から第七日までの間に酵母入りのパンを食べた者は、すべてイスラエルから断たれる。
「30、ヨム・キップールに食べる者、31、ヨム・キップールに働く者」については、次のように書かれている。
この日に苦行をしない者は皆、民の中から断たれる。 また、この日に仕事をする者はだれであれ、わたしはその者を民の中から滅ぼす。
「苦行」は断食を指している。次である。
32、聖別の油を調合する者、33、香を調合する者、34、聖別の油を自らに塗油する者、
「32、聖別の油を調合する者」と「34、聖別の油を自らに塗油する者」については、前回少し触れた。これは祭司や祭器具の聖別の為に用いられる。後の時代には、王の塗油にも使われた。
次のように書かれている。
聖なる聖別の油は、代々にわたってわたしのために使うべきものである。 一般の人の体に注いだり、同じ割合のものを作ってはならない。
「33、香を調合する者」について、この香は聖所や至聖所で用いる香である。大祭司は年に一度、至聖所の中で献香する。祭司は日毎の奉仕において、聖所の中で献香する。
日毎の聖所における献香は、次の記事から読むことが出来る。不安を感じる方は確認して欲しい。
◉ミシュナ『Tamid(タミッド)』篇・逐条完全解説第12回:聖所における「献香」の秘儀と、大祭司が「主の聖なる者」として民を祝福するまでの全行程(6章3節〜7章2節)
https://note.com/mishnah/n/necc399ddcb8a
これについては、トーラの中で次のように書かれている。
同じ割合で作った香を私用に使ってはならない。あなたは、それを主に対して聖なるものとしなければならない。
蛇足だが、出エジプト記の後半部分は臨在の幕屋の建設の指示、またその建設の模様についての記述になっている。この箇所を読むのは独力では不可能であるが、臨在の幕屋(後には神殿)はイスラエルの信仰生活の中枢に相当する。
これらの箇所をなおざりに読むことは、旧約聖書(タナハ)の理解を放棄していることと変わらない。
最後に35番、36番である。
35~36番:不作為の罪、過越祭と割礼の法的特定とその意義
35、過越祭を守らない者、36、割礼を守らない者、これら(2つ)は命令である。
まず「35、過越祭を守らない者」について、トーラには次のように書かれている。
汚れているのでもなく、旅に出ているのでもなくて過越祭を祝わない者があれば、その者は自分の民から断たれる。
「旅に出ている」とは神殿にまで来ることが出来ない状況を表す。汚れている者は献げ物の肉である、過越のいけにえの肉を食べることは出来ない。
「36、割礼を守らない者」については、次のように書かれている。
包皮の部分を切り取らない無割礼の男がいたなら、その人は民の間から断たれる。わたしの契約を破ったからである。
「これら(2つ)は命令である」とは、34番までは「してはならない」という禁止命令であったが、最後の2つは「しなさい」という命令であることを言っている。
以上でkaretに該当する36の罪について概観した。次に不注意でこれらの罪を犯してしまった場合について述べる。上でも復習したように、karetになるのは意図的に犯した場合である。
不注意で犯してしまった場合は、贖罪の献げ物を献げる。口伝律法ミシュナ「Keritot」1章2節に次のように書かれている。
不注意による過失と「不確かな侵犯」における供儀の救済的役割
これらの罪の為に、意図的な場合はkaretになり、不注意の場合は贖罪の献げ物になり、不確かな場合はasham taruiになる。
ここでは2つのことを区別している。
①不注意だが確実にkaretの罪を犯した場合
贖罪の献げ物を献げる。
②karetの罪を犯したのか不確かな場合
asham tarui(アーシャーム・タルイ)を献げる。asham taruiは文字通りには「吊るされた状態の賠償の献げ物」を指す。
不確かな場合は贖罪の献げ物ではなく、賠償の献げ物を献げる。これはトーラに書かれている。
過ちを犯し、禁じられている主の戒めを一つでも破った場合、それを知らなくても、責めを負い、罰を負う。彼は、相当額の無傷の雄羊を群れから取り、祭司のところに引いて行き、賠償の献げ物とする。祭司が彼のために、彼が過って犯した過失を贖う儀式を行うと、彼の罪は赦される。
karetの罪は天による罰則を受けることになるが、不確かな場合はasham taruiを献げることで、それを暫時止めることが出来る。もし後になって確実に罪を犯したことが分かったなら、原則通り贖罪の献げ物を献げなくてはならない。
判例を1つ見てみよう。「Keritot」3章に次のように書かれている。
もし彼らが彼に「あなたは禁止された脂肪(cheilev:ヘレヴ)を食べた」と言うなら、彼は贖罪の献げ物を献げる。もし証人が「彼は食べた」と言い、他の証人が「彼は食べなかった」、もしくは女性が「彼は食べた」と言い、他の証人が「彼は食べなかった」と言うなら、彼はasham taruiを献げる。
これは以下のように整理される。
【1】贖罪の献げ物を献げる事例
証人としての適格を持った者たちが「あなたは禁止された脂肪(cheilev:ヘレヴ)を食べた」と言うなら、彼は贖罪の献げ物を献げなくてはならない。
なお、cheilevとは祭壇上で燃やす脂肪のことを言う。
【2】asham taruiを献げる事例
①1人の証人が「あなたはcheilev(ヘレヴ)を食べたと言い、他の証人が「食べていない」と言う場合。
②女性が「食べた」と言い、他の証人が「食べていない」と言う場合。
通常のユダヤ法(halachah:ハラーハー)において、金銭裁判や刑事裁判では女性は証人としての適格性を持っていない。しかしここではその証言の有効性が認められている。
以上で贖罪の献げ物を献げる場合と、asham taruiを献げる場合の基本について触れた。
次にkaretの罪を不注意で複数犯した場合、いくつの贖罪の献げ物を献げるのかを解説する。まずはミシュナ「Keritot」から。
「単一の意識」と「認識の分断」による有責範囲の決定法理
もし彼が単一の意識で2つの脂肪(cheilev:ヘレヴ)を食べたのなら、彼は1つの贖罪の献げ物に関して有責である。しかしもし彼がcheilev、血、残されたもの、献げ物、piggulを単一の意識で食べたのなら、彼はそれぞれのものに関して有責である。
まず前半部分であるが、本人が「単一の意識で」、つまり全く気付かないで2つのcheilevを食べてしまった場合である。
この場合は1つの贖罪の献げ物を献げなくてはならない。
次に単一の意識ではあるが、36個のkaretの罪の異なるものを犯した場合である。この時は異なる部類の数だけ贖罪の献げ物を献げることになる。
ここでは「cheilev」、「血」、「notar」、「(汚れた状態で食べた)献げ物」、「piggul」なので、5つ献げることになる。
これは犯してしまったのか不確かな場合のasham taruiの数についても同じである。次のように書かれている。
ちょうど彼が単一の意識で2つのcheilevを食べたなら、1つの贖罪の献げ物について有責であるが、同じことは罪の行為が不確かである時、1つのasham taruiについて有責である。
単一の意識で2つのcheilevを食べたのか不確かであるなら、1つのasham taruiを献げることを言っている。続きは次のように書かれている。
しかしもしその間に認識があるのなら、それぞれの贖罪の献げ物に対して有責になるように、それぞれのasham taruiに対して有責になる。
単一の意識ではなく、間に罪の認識があるなら2つの贖罪の献げ物を献げるように、間に「罪を犯したかもしれない」という認識があるなら、2つのasham taruiを献げる。
以上で大体の内容について触れた。これで「民から断たれる」karetについての解説を終わりにする。
(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)
本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)
https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334
全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。
◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス
https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c
(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)
◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次
ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。
