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「神殿から商人を追い出す」の誤解(上)――イエスが暴れたのは「どこ」で、「どのような場所」だったのか

 「イエスはなぜ、神殿で商人を追い出したのか」
 この問いに対し、多くの説教や解説は「神聖な場所を商売の場にした腐敗への怒り」という情緒的な解釈に終止符を打ちます。しかし、当時の神殿構造とミシュナ(口伝律法)が定める厳格な儀礼システムを紐解けば、全く異なる景色が見えてきます。

 商人がいた「ハヌート(店)」とは、単なる露店ではなく、サンヘドリン(最高法院)の移転に伴う公的な権威の場でした。また、家畜や穀物をその場で購入する仕組みは、申命記やレビ記の規定を守るために構築された、極めて高度な「聖潔のインフラ」だったのです。

 本稿では、当時の物理的構造と律法の実務を徹底的に検証し、2,000年前の「宮清め」の真実を、現代のキャッシュレス決済や物流管理にも通じる組織論的視点から解明します。一般論という「霧」を払い、神殿という巨大なシステムの心臓部に迫ります。


イエスが暴れた「境内」の真実


 (聖書の中で最も有名なシーンの一つ、イエスの「宮清め」。しかし、彼が商人を追い出した「境内」とは、具体的にどの場所を指すのでしょうか。当時の神殿の物理的構造と、そこに組み入れた律法に基づく施設の実態を紐解くと、2,000年前の背景が浮かびます)

 マタイによる福音書21章には次のように書かれている。

 それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いをしていた人々を皆追い出し、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けを倒された。そして言われた。こう書いてある。
『わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきである。』
 ところが、あなたたちは
それを強盗の巣にしている。

(マタ21:12~13)

 最初の部分は原文では「εἰσῆλθεν Ἰησοῦς εἰς τὸ ἱερόν, καὶ ἐξέβαλεν πάντας τοὺς πωλοῦντας καὶ ἀγοράζοντας ἐν τῷ ἱερῷ・・」となっており、「神殿の中で」という風に読める。そこで私もそうであったのだが、イエスが追い出した商人たちは、神殿の敷地、中核部分の近くにいたという印象があるのではないだろうか。

 今回の記事では実際のところはどうであったのかを解説したいと思う。

 まず翻訳の言うような「神殿の境内」という場合、ユダヤ教の正統な参考書では「女性の庭」以降の部分を指すのが普通である。

 これについて以前の記事、『祭司ザカリアの真実――ミシュナ『tamid(タミッド)』が明かす5000分の1の奇跡と沈黙の祝福』で掲載した神殿の境内の解説を使って説明する。以下は基本的に私の文章である。

聖性のグラデーション:女性の庭、イスラエルの庭、祭司の庭

 「神殿の敷地は東の門から始まり、西側が奥側に相当する。西に向かう程聖性が高いものとされ、最も西に聖所が位置する。至聖所はその更に奥になる。

 誰でも好きな地点まで行ける訳ではない。そもそも異邦人は、神殿の敷地にすら入れない。その入口は女性の庭と呼ばれ、かなり広い。ユダヤ教徒の女性も入ることが出来る。

 その少し奥はイスラエルの庭と呼ばれるが、これは極端に細長いスペースである。縦60~70メートルだが、幅は5メートル半に過ぎない。

 ここにはユダヤ教徒である男性も入れるが、信者であっても女性は入ることが出来ない。

 更に奥は祭司の庭と呼ばれる。祭司とレビ人しか入れない。祭壇はこの祭司の庭にあり、いけにえや献げ物はそこで燃やされる。

 この祭司の庭の奥にあるのがheichal(ヘイハル)であり神殿である。ザカリアはこの中に入って献香したことになる。」(祭司ザカリアについて―生涯で一度のくじ引きと沈黙の祝福)

 この解説はユダヤ教の専門書を参照して記したものである。彼らの書では「神殿の境内」となると、女性の庭から説明を始める。写真を見て欲しい。

3つの庭について

 ピンク色の領域が女性の庭、緑の枠線で囲んだ細長い領域がイスラエルの庭、黄色の領域が祭司の庭である。

 すると、イエスが商人を追い出したのはこの中のどこかのスペースになりそうだが、実際はそうではない。

最高法院の移動と「ハヌート(店)」の成立

 これらの敷地全体は、「異邦人の庭」と呼ばれる誰でも入ることの出来る領域で囲まれていた。写真を見て欲しい。

異邦人の庭と商人を追い出した現場

 真ん中にある建物が神殿とその周りの敷地である。今解説した領域に相当する。その更に周囲の広いスペースが「異邦人の庭」である。この赤線で囲まれた部分が「王の回廊」と呼ばれるバシリカ様式の建物になっており、雨風をしのげるので、両替商や鳩を売る者たちが店を構えるのにちょうど良い場所であった。

 福音書で記録されている事件はそこで起きたことになる。従ってまずこの事件のイメージとして、「神殿の境内」というよりも、「その周囲の公共スペース」と呼んだ方が正しいと思われる。

 タルムードでも次のように書かれている。

 これらの 10 段階に対応して、サンヘドリンは第二神殿時代の終わりと神殿の破壊後10段階で追放されたが、これは言い伝えによって知られている。神殿内の固定された座席である「切り石の部屋」(Lishkat HaGazit;リシュカット・ハガジット)から、文字通り店を意味するハヌート、つまり神殿の丘の神殿本体外の指定された場所まで、ハヌートからエルサレムまで、そしてエルサレムからヤブネまでである。

(Rosh Hashanah 31a)

 読んだだけでは何を言っているのか分からないと思う。ここで必要な限り説明する。

 本文で「10段階」とあることについては立ち入らない。最高法院としてのサンヘドリンは、元々は神殿の敷地内における「切り石の部屋」(Lishkat HaGazit;リシュカット・ハガジット)にあったが、徐々に移動していった事が示されている。

 本来あるべき「切り石の部屋」(Lishkat HaGazit;リシュカット・ハガジット)から最初に移された場所が、ハヌートと呼ばれている。ハヌートはヘブライ語で「店」を意味する。まさにイエスが騒動を起こした場所であるのだが、タルムードはこの場所について「神殿の丘の神殿本体外の指定された場所」と呼んでいる。

律法が命じる「現地調達」と「無傷」のジレンマ

 ここでいけにえとなる家畜や鳩を売っていた事情には、理由がある。まずは旧約聖書の最高権威であるモーセ五書(トーラ)を引用する。

 あなたの神、主があなたを祝福されても、あなたの神、主がその名を置くために選ばれる場所が遠く離れ、その道のりが長いため、収穫物を携えて行くことができないならば、それを銀に換えて、しっかりと持ち、あなたの神、主の選ばれる場所に携え、銀で望みのもの、すなわち、牛、羊、ぶどう酒、濃い酒、その他何でも必要なものを買い、あなたの神、主の御前で家族と共に食べ、喜び祝いなさい。

(申14:24~26)

 この箇所の詳細には立ち入らない。ここで確認したいのは、「あなたの神、主の選ばれる場所」エルサレムにおいて、銀貨で牛などの家畜を買い、「主の御前で家族と共に食べ、喜び祝いなさい」と命じてられていることである。この「主の御前で家族と共に食べ、喜び祝う」とは、具体的には祭壇にいけにえを献げ、そのいけにえの部位の中でも、許されている肉を食べなさいという事である。

 トーラは家畜をエルサレムで購入するように言っている。それは祭壇で献げるべき家畜は、傷があってはならないからである。次のように書かれている。

 イスラエルの家の人であれ、イスラエルに寄留する者であれ、満願の献げ物あるいは随意の献げ物を献げ物として、焼き尽くしてささげるときは、主に受け入れられるように傷のない牛、羊、山羊の雄を取る。あなたたちは傷のあるものをささげてはならない。それは主に受け入れられないからである

(レビ22:18~19)

 従って、神殿の敷地の近くで、神殿の丘の中で家畜や鳩を購入出来るというのは、特に遠方から巡礼に来る人達には必要不可欠な便宜である。そこで売られている家畜、鳩は事前に専門家から傷のない点を認証されていた。

 その場所でイエスが「売り買いをしていた人々を皆追い出し、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けを倒され」、神殿を「強盗の巣にしている」と非難していていたことになる。

 従って、この行動は神殿のシステムに対する公の抗議や抵抗、あるいは騒乱ということになるだろう。しかし話はこれに留まらない。

(ここまでは神殿の敷地の外側、異邦人の庭における事情を見てきました。しかし、神殿のシステムはこれに留まりません。聖域のさらに深い内側では、現代のキャッシュレス決済や高度な物流管理にも通じる、分業体制で運営していました)

【関連記事】
 神殿と清め、汚れの問題については、以下の記事から参照出来ます。

◉12年間出血の止まらない女性の真実――レビ記15章が定める「隔離」とイエスの放免

◉なぜ聖書にない「手洗い」で弟子は責められたのか?――旧約聖書の掟と伝統の絡む迷宮を解き明かす
 旧約聖書にない「手洗いの掟」はどこから来たのか? 祭司の献げ物を守る「聖と俗」について解説します。

◉祭司ザカリアの真実――ミシュナ『Tamid(タミッド)』が明かす「5000分の1」の奇跡と沈黙の祝福
 ルカによる福音書1章の簡素な神殿奉仕の過程を、律法内部から専門的に解説します。

 さて、以上は神殿の敷地の外側、異邦人の庭における事情である。

神殿内部の高度な分業体制とキャッシュレス決済

 ここで神殿の敷地内に移ろう。つまり女性の庭より内側の話である。

 以上のように家畜は神殿の敷地の外で購入するか、自分で持ち込んだが、祭壇に献げる穀物、ぶどう酒、油はより神殿の近くで代金を支払い、受け取っていた。次の律法を見て欲しい。

 誰であれ、nesachimを要する者は、トークン(札)についての役人であるヨハナンの所へ行き、支払いを済ませ、札を受け取る。それからアヒヤの所へ行く。アヒヤはnesachimについての役人であり、彼に札を渡し、nesachimを受け取る。

(Shekalim 5:4)

 まず、nesachim(ネサヒーム)とは何か気になるであろうが、これは祭壇に献げるいけにえと共に、献げるべき穀物やぶどう酒、油の事である。
 家畜はそれ単体で献げることは出来ない。具体的に献げる分量は律法で定められており、いけにえが何の家畜であるかによって決まっている。

 参考までに、以下のように書いておく。

(1)雄牛の場合
①穀物の献げ物:3/10 エファ
②油:1/2 ヒン
③ぶどう酒:1/2 ヒン

(2)雄羊の場合
①穀物の献げ物:2/10 エファ
②油:1/3 ヒン
③ぶどう酒:1/3 ヒン

(3)小羊、小山羊の場合
①穀物の献げ物:1/10 エファ
②油:1/4 ヒン
③ぶどう酒:1/4 ヒン

 これらの分量について共通するのは、それぞれ油とぶどう酒の分量が同じであるという事である。

 雄牛が最も多くのnesachimを献げ、2番目は雄羊、小羊・小山羊の場合は最も少ない分量になる。

完璧な「聖性インフラ」が抱えた矛盾

 家畜に傷が付かないように、巡礼者は神殿近くで購入する便宜があったことは上に述べた。同様のことはnesachim(穀物、油、ぶどう酒)についても言えるのである。

 穀物、油、ぶどう酒も一定の条件に晒すことで祭壇には使えないものになってしまう。その意味で用意したものが無駄になる、不適格になってしまう恐れがあった。

(食べ物の汚れに関する内容は、以下の記事から参照頂けます)

◉ファリサイ派とは何者か?(1)―アム・ハアレツとネエマンの境界線

◉ファリサイ派とは何者か?(2)―「仲間(ハヴェリーム)」だけが座れる聖なる食卓

 これらを防ぎ、万全の状態で供物を捧げるための『究極の解決策』が、神殿の深部に用意されていたのだが、それは次回に譲ることにする。

~ ~

 神殿のシステムは、私たちが想像する以上に高度で、分業化された組織によって運営されていました。

 では、なぜイエスはそのシステムに真っ向から抵抗したのでしょうか。単に「商売をしていたから」という理由だけでは説明のつかない、当時の権力構造の闇があります。

 後半記事では、当時の最高権力者であった大祭司一族の具体的な不正と、神殿内部の物理的・政治的構造を詳しく解説します。


(この記事は、旧約聖書の最高権威モーセ五書[トーラ]と口伝律法[ミシュナ]及びその膨大な参考書の研究に基づいています。日本語圏における聖書学の再構築を継続し、さらなる『掃除』を推し進めるための研究費として、志ある方のご支援をいただければ幸いです)

 本記事周辺の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【全体目次Vol.1】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事リスト(No.1〜No.200)

https://note.com/mishnah/n/nf0de8c6c7334


 全記事の時系列目次は以下からご覧になれます。

◉【時系列総目次】ミシュナと旧約聖書・新約聖書:全研究記事インデックス

https://note.com/mishnah/n/nd780d32f266c


(ミシュナの構造による目次は以下からご覧になれます)

◉ミシュナの部(seder)に基づく全記事の目次

 ミシュナは生活と信仰の全領域を「種子」「祭日」「女性」「損害」「聖物」「清浄」の6つの部(セデル)で網羅している。各記事を法典本来の分類に配置し直すことで、2,000年前の「律法の現場」における聖書の背景をより明確に提示する。

https://note.com/mishnah/n/n4ccb130fe6ef


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