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ベテランが辞める前に、技を“1枚”に──マニュアル化19%の現実

「あの工事は、あの人がいないと回らない」。そう言える社員の顔が、ぱっと浮かんだ方は要注意です。

厚生労働省の令和6年度「能力開発基本調査」によると、技能継承に取り組んでいる事業所は全体の84.6%。建設業では94.3%、製造業では94.9%と、ほとんどの会社が「技を残さなければ」と既に動いています。数字だけ見れば立派なんです。ところがその「中身」を見て、私はちょっと心配になったんですよね。

継承の中身は、8割が「人の確保」

同じ調査で、技能継承の取組内容の内訳が公表されています。

【技能継承の取組内容(複数回答・上位)】
・中途採用を増やしている:56.4%
・退職者を雇用延長・再雇用し、指導者として活用:49.6%
・新規学卒者の採用を増やしている:33.8%
・契約社員・派遣社員を活用:22.9%
・特別な教育訓練で若手・中堅層に伝承:19.8%
・技能・ノウハウ等の文書化・データベース化・マニュアル化:19.0%
出典:厚生労働省「令和6年度能力開発基本調査」上位4つは、すべて「人を確保する」という打ち手です。中途で採る、辞めた人にもう一度来てもらう、新卒を増やす、派遣で補う。一方で、技能やノウハウを文書やデータとして「記録に残す」会社は19.0%。2割に届きません。

つまり多くの会社は、技能継承という課題を「人」で解こうとしている。ここに落とし穴があると思っています。なぜなら同じ調査で、人材育成の問題点として「指導する人材が不足している」と答えた事業所が59.5%、「人材を育成しても辞めてしまう」が54.7%にのぼるからです。

教える人がいない。育てても辞める。それなのに、継承の手段は「人から人へ」が中心。再雇用したベテランが本当に引退したら、どうなるでしょうか。せっかく採った中途人材が数年で辞めたら、教えた技はその人と一緒に会社を出ていきます。人だけに頼った継承は、退職のたびにゼロへ巻き戻るんですよね。

「トラの巻」を作った町工場

では、記録で残す側の2割は何をしているのか。2025年版ものづくり白書(経産省・厚労省・文科省)のコラムに、いい事例が載っています。

石川県白山市の株式会社旭ウエルテック。工作機械向けの溶接部品を作る会社です。ベテラン職人から若手への育成時間が確保できず、人材育成に課題を抱えていました。そこで現場の意見を聞きながら自社でデジタル化を進め、ベテラン職人の製作ノウハウを蓄積・継承する通称「トラの巻」を作成。若手職人も一緒に作業を進めることで、ノウハウの継承と人材育成を同時に進めたそうです(出典:2025年版ものづくり白書)。

私がこの事例で注目したいのは、3点です。

・道具より先に「何を残すか」を決めた(デジタル化は手段にすぎない)
・ベテランに「書いておいて」と丸投げせず、聞き出しながら一緒に作った
・若手を「教わる側」ではなく「トラの巻を作る側」に巻き込んだ

特に2点目は大事です。現場のベテランは、書くのが好きで職人になったわけではありません。「マニュアルを書いておいて」と頼んだ瞬間、継承は止まります。聞き出す側が段取りを組んで、話してもらったことを形にする。この役割分担が成否を分けます。

今はAI(人の言葉や画像を扱える自動処理の技術)という追い風もあります。スマホで作業を録画し、話しながらやってもらって、音声をAIで文字に起こす。それだけで、たたき台は数時間でできます。ゼロから書くのではなく「直すだけ」の状態を先に作れる時代なんです。

職人の価値を一番知る人ほど、仕組みに移していた

先日、経営者の方とお話しする機会がありました。インタビューで人の歩みを聞き取り、一冊の本にまとめる制作サービスを手がけている方です。

面白かったのが、プランの設計でした。最上位は、熟練の書き手が空気感まで含めて一人で仕上げる、いわば職人プラン。もう一つは、AIと人で工程を分けた標準プランです。文字起こしと構成はAI、確認と仕上げは人、と役割を分けている。その方いわく、職人型は労働集約的で品質管理が難しい。一方、工程を分けた標準型は「型」ができたので、広げられる体制が整ったと。

この方は、職人の技を否定していません。むしろ職人技の価値を一番理解している人が、「広げたい仕事」については工程を分解し、標準化していた。ここに私は唸りました。

技術は人に宿ります。でも、事業は仕組みに宿る。そう思うんです。

建設業も同じではないでしょうか。ベテランの段取り、協力会社との呼吸、季節ごとの現場の注意点。全部をいきなり書き出す必要はありません。まず「あの人が一週間休んだら止まる仕事」をひとつ選んで、工程を書き出してみる。それが技能継承の、一番小さくて確実な一歩です。

あなたの会社に「あの人にしか分からない仕事」、いくつありますか。そして、それを言葉にしたものは、社内のどこかに1枚でもあるでしょうか。

まとめ──「人がいる今」が最後のチャンス

84.6%の会社が技能継承に動いている。でもその中身の上位は人の確保で、記録に残す会社は2割。採用も再雇用も大事な打ち手ですが、それは「時間を買っている」だけで、技そのものはまだ誰かの頭の中にあります。

ベテランが現役でいる今こそ、聞き出して書き残せる最後のチャンスです。立派なマニュアルでなくていい。まずは1枚から。その1枚が、次に人を採るときの教材になり、外に仕事を出すときの仕様書になり、会社の資産になります。

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