スタバでの推理
イヤホンをしていたので、ほとんど何も聞こえていなかった。それなのに、隣のカップルのことは、だいたいわかったつもりでいる。


スターバックスでパソコンを開いて、漫画を描いていた。飲み物はいつものオーツミルクラテ。作業をするときは、これしか頼まない。
耳にはイヤホンを入れて、オーディブルを流していた。だから店の音はほとんど入ってこない。
席についてしばらくして気がついた。右隣も左隣も、若いカップルだった。どちらのカップルも、たぶん十八か十九。
聞き耳を立てたわけではない。というより、立てられない。朗読の声が耳を塞いでいる。ただ、章が終わって次に移るまでの数秒だけ、空白ができる。
そこに、隣の言葉が落ちてくる。
「大学に入ってからは」。左の男の子が言った。続きは、朗読が再開して消えた。しばらくして、また空白が来る。今度は女の子のほうが「受験生だった頃」と言った。前後はわからない。
大学一年生だな、と私は判断した。今年の四月に入ったばかり。まだ四か月しか経っていないから、「大学に入ってからは」という言い方になる。三年生なら、そんな言い方はしない。
付き合いだしてまだ間もない感じがした。付き合ってるのか、これからおつきあいに発展するのかという距離感だった、たぶん。
右のカップルのほうは、声すら拾えなかった。かわりに動きを見た。ときどき女の子が携帯の画面を相手に向けて、男の子が覗き込む。覗き込むときの首の角度が、やけに丁寧だった。近づきすぎないように、と決めているみたいな角度。
この二人も、まだそんなに長くない。三か月くらいか。手が触れそうで触れない距離で、荷物を置く位置まで気を遣っている。付き合って一年経つと、ああはならない。相手の荷物を自分の椅子に載せるようになる。
そこまで考えて、画面に何も指示を打っていないことに気がついた。生成待ちの三十秒が、いつのまにか五分になっていた。
私は昔からこれをやる。電車で向かいに座った人の靴を見て、職業を決める。スーパーのレジで前の人のかごを見て、今夜の献立と家族構成を組み立てる。病院の待合室でも、バス停でも、やる。誰にも頼まれていない。
そして、答え合わせは一度もしたことがない。
もし本人に聞けたとして、「あの、大学一年生ですよね」と確認したところで、当たっていても外れていても、私には何も起きない。当たったら少し得意になって、外れたら「まあそうか」と思うだけだろう。それでも、勝手に組み立てるのはやめられない。
ラテを一口飲む。氷はまだ残っているのに、味のほうが先に薄くなっていた。
左のカップルが立ち上がった。トレイを片づける動きが、二人でばらばらだった。男の子が先に行って、女の子が少し遅れてついていく。その遅れ方に、まだ手順が決まっていない感じがあった。
やっぱり付き合いたてだな、と私は思った。イヤホンの向こうでは、朗読が何食わぬ顔で続いている。
外に出ると、まだ明るかった。路面電車が通っていく音がする。肩が固まっていて、鞄を持ち上げるときに右側だけ引っかかった。
結局、あの両隣のカップルが何者なのかはわからないままである。名前も、大学も、本当にカップルなのかどうかも知らない。私が持って帰ったのは、単語二つと、首の角度だけだ。
それでたぶん、じゅうぶんなのだろう。答えを知ってしまったら、次からその席に座っても、何もすることがなくなる。
本のほうは、まだ続いている。
#エッセイ #4コマ漫画#スターバックス#オーディブル#漫画#オーツミルクラテ
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