人間関係に戦略を!自分にも思いやりを!
6歳のとき、祖父が亡くなった。
昔気質の職人で、6歳までの記憶しかないのに、かっこいい男という強烈な印象だった。
ほんとに私の将来に期待してくれていた。
9歳のとき、母が亡くなった。
ずっと病気で入院していたので甘えられない。
かっこいいとこ見せたい。
ここら辺の気持ちを抱いていたようになんとなく記憶している。
無邪気にものが言える相手がいなくなった
たぶん、誰が悪いではなく、家族の構造が歪んでしまったということなんだろうが、
必死にバランスを取ろうとしたのは私だけだったのかもしれない。
我慢、察し、気遣い、過剰な期待に応える
10歳を過ぎたくらいから、私の家族についてのキーワードはこんな感じだった。
必死に家族の間を取り持ち、盛り上げ、外に誇れる存在であり続けてしまった。
私は大学を卒業して社会人になった際、人間関係に苦しむ同僚をたくさん見てきた。
彼らは、求められる気遣いに疲れ、上司からの期待の受け止め方も流し方も分からず、困惑していた。
私にとっては、10歳からやっていること
自己紹介記事を補足するとこんな感じである。
⭐️我慢、察し、気遣い、過剰な期待に応える
家庭で身につけたこの姿勢でいれば、大抵の社会人1年目は充分だろう。
いわゆる「最近の若者は〜」とは真逆。
真っ当な先輩からも、嫌な先輩からも、それなりに評価された。
そこから数年、後輩からも私の人間関係はうらやましいと言われることが多かった。
自分を犠牲にしていれば当然だった
擦り減りながら評価を受けてどうする?
でも、無意識に気にしすぎる性格。
それに気づいてからのリハビリの記録、自分を大切にできる工夫を今後も書いていきます。
