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穏やかに生きられるなら、利用されるくらい仕方ないって思いますか?

「普段はあんなに優しいのに、怒るのはきっと私のため」
そう思ってしまう気持ちは、責められるものではありません。人は優しさを向けられると、そこに善意を見たくなるからです。

でも、一度立ち止まって考えてみてください。
その怒りは、あなたが傷つくことを止めるためのものですか? それとも、相手の思い通りに動かなかったことへの苛立ちですか?

本当にあなたを思う人は、あなたが「期待通りに動かない」ときほど、対話を選びます。怒りで従わせようとはしません。

優しさの正体が「利用価値」になっていないか。
怒りの矛先が「あなたの幸せ」ではなく「相手の都合」になっていないか。

優しさと支配は、似ているようで違います。
その違いに気づいたとき、人間関係はぐっと自由になります。

私が社会人1年目のとき、その部署には私以外にもう1人新人がいました。

もう1人の新人は、いわゆる「宇宙人」でした。
帰国子女だったのですが、それにしたって常識ってものが...という感じ。

おかげでトラブルに巻き込まれたこともありますが、大きな気づきも得ました。

利用価値でしか判断しない人間は、その宇宙人に優しかったのです。
怒られている姿も見ません。(他の人からはめちゃくちゃに叱られてましたけど)

利用価値で人を判断する人間が、利用価値がないと判断した人間への思考は、

⭐️怒る必要がない(期待していない)
⭐️都合良くコントロールはできそうだからそれでいい

の2つです。

つまり、逆で考えると、私に対しては、

⭐️利用価値はあるが、完全にコントロールができない

から怒っている。


無理に合わせて職場を穏やかに保っているつもりでも、周りから「一派」と思われていませんか?

変わるヒントは自分を大事にすること。

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