『なんで、そんなに頑張るの?』精神科医の先生の問いが教えてくれた本当の回復とは?『Universal Mind』聴いてみて🎵
このnoteでの出逢いに感謝✨
ごきげんいかがですか?
まめです♪

「なんで、そんなに頑張るの?」
この記事は、
「頑張りすぎてしまう人」
「人に頼ることが苦手な人」
「精神科へ通いながら回復を目指している人」
そして
「自分の気持ちが、
わからなくなってしまった人」へ
向けて書いています。
これは、病気が治った話ではありません。
自分の心の声を
少しずつ聞けるようになり、
自分を知っていった過程の記録です。
時系列は、バラバラですが
なるべく伝わるように綴りますので、
最後まで、読んでいただけると
嬉しいです。

「なんで、そんなに頑張るの?」
精神科医の先生に、そう訊かれた。
私は、すぐに答えた。
「頑張らないと、やっていけないからです。」と。
今、思えば、その答えの中に、
当時の私のすべてが入っていた。
私は、頑張ることが好きだったわけではない。
頑張ることは美徳だと思っていたし、
頑張れば、何とかなるとも思っていた。
過去の私は、誰よりも早く起きていた。
まだ周りが眠っている時間に起きて、
一日の準備を始める。
頼まれたわけではないことまで、
「やっておいたほうがいい」
「先に気づかなければ」
そう思って動いていた。
誰かに言われる前に準備する。
誰かが困る前に気づく。
迷惑をかけないようにする。
それが当たり前になっていた。
「ありがとう」と言われることが嬉しかった。
役に立てていると思えることで、
自分の存在を、確かめていたのかもしれない。
だから、休むことが怖かった。
止まったら、
誰かに必要とされなくなる気がした。
もっと、できるはず。
もっと、頑張らなきゃ。
そうやって、自分で自分を追い立てていた。
今振り返ると、
私は努力していたというより、
頑張ることで、
自分の居場所を守ろうとしていたのだと思う。
頑張ることは、
私を支えてくれたものでもあった。
でも同時に、
自分の気持ちを後回しに
する癖にもなっていた。
期待に応える。
迷惑をかけない。
嫌われないようにする。
ちゃんとしていると思われる。
そうしていれば、
自分は大丈夫だと思っていた。
でも本当は、ずっと怖かった。
頑張れない自分になったら、
誰にも必要とされなくなるんじゃないか。
何もできない自分には、
価値がないんじゃないか。
そんな思いを、心の奥に抱えていた。
あるとき、先生に言われた。
「あなたは、怒り方が下手ですね。」
その言葉が、最初は理解できなかった。
私は怒っているつもりなんてなかったから。
でも、よく考えると違った。
怒っていなかったんじゃない。
怒ることを、自分に許していなかった。
嫌だった。
悲しかった。
寂しかった。
本当は、助けてほしかった。
「助けて」の気持ちを言葉にする前に、
「大丈夫です」と言っていた。
傷ついても笑った。
苦しくても平気なふりをした。
我慢することが、
自分を守る方法になっていた。
そして、気づかないうちに、
向ける場所を失った感情は、
全部自分へ向かっていた。
私は、いろいろな精神科医の先生と出会った。
本を読んだ。
動画も見た。
薬も飲み続けた。
「私は、この先ずっと薬と
一緒に生きていくのかな。」
と思ったこともある。
そのころの私は、
自分のことを犠牲者だと思っていた。
どうして私ばかり。
どうして、こんな思いばかりするんだろう。
そんな気持ちを抱えていた。
もちろん、傷ついた出来事はあった。
苦しかった経験もあった。
それをなかったことにはできない。
でも、少しずつ気づいていった。
私は、過去だけに
苦しめられていたわけではなかった。
自分の気持ちを、
自分自身が置き去りにしていたことも
苦しかったのだ。
私は、人に頼ることを知らなかった。
「頼れる人なんていない。」と思っていた。
…後になって、気づいた。
助けようとしてくれた人はいた。
気にかけてくれた人もいた。
ただ私は、
「助けて」と言う方法を知らなかった。
迷惑をかけてはいけない。
弱いと思われてはいけない。
一人で、できる人でいなければいけない。
そんな思い込みが、
自分と人との間に壁を作っていた。
人を羨ましいと思うこともあった。
だけど、その気持ちを認められなかった。
「隣の芝生は青く見えるだけ。」
そう言われると、
「そうだよね。」
と自分に言い聞かせていた。
でも、今ならわかる。
羨ましいという気持ちは、
悪いものではない。
そこには、
「本当は私も、そうなりたい。」
という、
自分でも気づいていなかった願いがあった。
私は、羨ましさまで否定して、
自分の本音を見えなくしていた。
そこから少しずつ、
私の世界は広がっていった。
今まで知らなかった味を知った。
行ったことのない場所へ行った。
今までなら
出会うことのなかった人たちと出会った。
自分とは、全然違う考え方を持つ人。
自分とは、違う人生を歩いてきた人。
その人たちは、
私が当たり前だと思っていたことを、
当たり前だと思っていなかった。
そこで、初めて思った。
「私が苦しかったのは、自分の世界(視野)が狭かったからなのかもしれない。」
自分の世界が広がると、
自分への見方も少しずつ変わっていった。
今でも悩むことはある。
頑張りすぎることもある。
けれど、昔とは違う。
私は、自分の心の声に気づけるようになった。
疲れていること。
悲しいこと。
嫌だったこと。
羨ましかったこと。
嬉しいこと。
当時の私は、それさえ分からなかった。
「なんで、そんなに頑張るの?」
の質問に、当時の私は、
「頑張らないと、やっていけないから。」
と答えた。
今なら、違う答えを返せる。
私は、頑張ることだけで生きなくてもいい。
誰かを頼ってもいい。
休んでもいい。
自分の気持ちを大切にしてもいい。
自分を取り繕うことなく生きたい。
回復とは、昔の自分に戻ることではなかった。
知らなかった自分に出会うことだった。
そして、
知らなかった世界に出会うことだった。
失っていた自分の気持ちに気づいて、
一つずつ取り戻して
自分を築き直すしていくことだった。
あの日の問いの中に
「あなたは、本当は、どうしたいの?」
という問いも含まれていたのかもしれない。
一人で頑張ることだけが、
生きる方法じゃなかったと
やっと、気づくことができた。
その答えに辿り着くまで、
遠回りだったけれど、
私には必要な時間だった。
頑張るとは?
「頑張る」とは、
ただ無理をして続けることではない。
本来は、自分なりに力を尽くすこと、
目の前のことに向き合うことを指す言葉。
………
頑張ることは、決して悪いことではない。
これまで頑張ってきた時間には、
そのときの自分を守る意味があった。
だから、過去の自分を責めなくていい。
ただ、頑張りすぎて、
自分の気持ちを置き去りにしないこと。
大切なのは、
「私は、何のために頑張っているんだろう?」
と、自分に問いかけること。
頑張っている人に、
「もう頑張らなくていいよ」
と言うのではなく、
頑張ってきた人が、
「自分の気持ちも大切にしていい」
と気づいていくことだった。
今回は、心が軽くなるどころか、
重たい話になってしまいました😌
読者様の大切なお時間をつかって
最後まで、読んでいただき、
ありがとうございました♡
🤍 🤍 🤍
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気づきのあるコメントに感謝いたします🥲✨



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『Universal Mind』
Predawn

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