SF小説「サイボーグ・グラフィティ」PART2-3
『第2話、その3』
病院前にやって来た全身義体の美少女、茨戸スミレは、門柱に掲げられた看板の文字を凝視する。
去年、自分はこの病院で義体化手術を受けてサイボーグとなった。
この先、この身体を維持するために世話になる施設。
担当の医師も優しく誠実そうだった。
今回は年に一度の義務検査ではあるが、行われる検査内容自体はそれほど難しいものではない。
しかも、頭部脳殻に収納されている脳髄は特殊保管室に置かれ、電脳部位は義体とは別に電脳管理下で検査を受けることになる。
即ち検査の間スミレの意識は完全にシャットダウンされ、検査中の内容に触れることは無いし記憶にも残らない。
電脳のパブリックエリアの記憶はここで一度クリーンアップされるし、プライベートエリアの記憶領域も、AIが「不適切」と判断したものは適宜「削除」される。
電脳化、義体化した者たちは「自然人類」の持たない特殊能力、拡張された身体能力を得る代わり、機械化人類として、同じように機械化された「都市機能」と言う名のシステムによって支配される。
それが、スミレたちの住む世界の実態だった。
「・・・・・・」
特に怖がる必要などない事は解っているのに、スミレの足はそこで固まっていた。
忍び寄る、得体のしれない感覚。
電脳の思考アシストは『問題なし』のグリーンシグナルを発している。
なのに彼女は心の中の……さらに奥底に広がる精神域、通称スピリッツゾーンで渦を巻くような感覚に、得も言われぬ「不安」を払拭出来ずにいた。
「ど、どうしよう……。ここまで来て、私、ううう!あぁもう、スミレのバカ。いまさら何やってんのよ。二日間、寝ている間に検査は終わる。それだけでしょ。しっかりしろ、自分」
そして、やっと彼女は木漏れ日に差し込む石畳を進んでいった。
施設内の樹木はどれも遺伝子改良された、アレルギーの発生しない新種の樹木だった。
葉の色がピンクの「桃色樺」や銀色の花弁の「銀桜」などが、スミレを歓迎するかのように、木々の葉を揺らしていた。
石畳を踏んで進んでいくと、病院の正面玄関にたどり着いた。
白壁と年代を感じさせる、大きなガラスのドア。
取っ手の金色のメッキが剥がれ落ち、地金が露出していた。
元々の壁は、美しい純白の塗装だったのだろう……が、今は縦横にひび割れが走り、かつての瀟洒なイメージはどこにもない。
スミレはドアの取っ手に手をかけ、ゆっくりと扉を手前に引いた。
ぎしぎしと音を立ててドアが開く。
それと同時に、病院特有の消毒液の匂いがしてくるのを、スミレの嗅覚が感じていた。
(なんだか……懐かしい感じ。こんな感じの病院、通ってた気がする……)
脳内の記憶領域が、少しうずいた。
幼かった頃の記憶……熱を出して受診した近所の病院。
だがその「記憶」も、システムによって記憶エラーとして処理された。
感傷を生み出し、精神的均衡を不安定にさせる要素。
行動に遅延を引き起こす不要な記憶。
それが電脳システムの決定だった。
スミレはスピリッツゾーンの空白地帯を感じ、そこに満たされていたものが何だったのか、知りたいと願った。
しかし。
システムはエラーメッセージを繰り返すのみ。
答えは虚空の彼方に追いやられ、代わりに今自分が向き合うべき思考メニューを提示された。
「わかってる。過去の……取るに足らない記憶なんて、義体化した私達には何にも意味がない、ただのノイズ。膨大な知識の確保のためには、そんな些末な記憶は不要って事ね」
僅かな干渉を振り払うかのように首を振るスミレ。
その瞳にはもう、それまでの『感情の移ろい』は映ってはいなかった。
迷いの残滓を振り払い、揺らぐことのない意思を胸に院内の奥へと踏み込んでいった。
「本日ノ来院目的ヲドウゾ。来院予約票ヲ、ゴ提示願イマス」

前時代的な施設の受付でスミレを待っていたのは、これまた旧式なヒューマノイドだった。
会話はノイズが多い合成音声で、すべて定型文。
紋切り型の言葉以外は話さない。
ぶっきらぼうでそっけない。
最新式のヒューマノイドたちが見せる、人間味溢れる応対などは全く無縁の受付嬢。
(これじゃ、別にヒューマノイドタイプである必要無いわよね)
スミレは内心で若干呆れた思考を浮かべ、所定の書類を提出して受付を済ませた。
しかし、これはこれでシステムとして効率的ではある。
無駄な会話や行動のカット。
「効率化」最優先時代の産物だが、当時はそれが主流であったことがよくわかる。
受付メカ嬢に指示された病棟に向かうスミレ。
古びた院内ではあるが、思ったよりきれいで明るいイメージだった。
清掃も行き届いている。
色褪せたフローリングの通路を進み、その先に見える『義体整形科』と書かれた案内板に従う。
診療科別の受付に着くと、そこでは人間の事務担当者が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました。本日義体検査入院を予約されている茨戸スミレさんですね。確認のために……義体コードのスキャンをさせて頂きます」
受付担当者に促され、スミレは後ろ髪を上に持ち上げ、首の付け根に記されたコード確認用のマークをみせた。
ピピ!
チェッカーがクリアサインを発し、彼女が「正規登録者」であることが確認された。
「これは当医院ご利用中の簡易IDデバイスです」
受付担当からリング型のIDデバイスを渡され、それを右手中指にはめた。
「それでは、病室は307号室になります。病室で担当メディロイドが待機してますので、検査手順などはそちらでご確認ください」
メディロイド……医療用に特化したヒューマノイド。
これほど前時代的設備の病院で、最新機種の存在を聞いてスミレは少し驚いた。
ふと、受付の横に目をやると施設の案内ポスターが貼ってあった。
「当医院初、最新式メディロイド、3体採用。医療サービスがさらに向上しました」
数千万の高額メカを3体。
「ここの病院って、それなりに儲かってるんだ……」
感心したようにスミレは小さく呟いた。
受付から少し進んだ先、通路の途中に「staffonly」と記されたエレベーターの前を通りすがる。
かごの中から、誰かが叫んでいるような気がしたが、立ち止まることなく先に進む。
《え?ここ、マジ?》
芽瑠の困惑した思考ノイズ。
精神同期の為、その場に居合わせた全員の心的ノイズが増幅された。
そこから更に進んでいくと、病室の並んだエリアにたどり着いた。
「ええと……あたしの病室は307、あ、ここね」
ドアに手をかざすと、IDリングに反応して扉が開く。

「お待ちしておりました。茨戸スミレさん。私は今からご帰宅になるまでの約2日間、貴女の担当をするメディロイド、FA-102αです。義体検査は初めてですか。心配しなくても、検査はそれほど難しいことではありません。安心してくださいね」
薄いピンクの髪。
穏やかで静かな湖面のようなブルーの瞳。
えくぼのある頬と白い肌。
桜色の唇。
完璧な美少女だった。
でも今の世の中では、そんなの普通。
珍しくもない。
なぜなら、望めば誰でも理想の自分になれる。
そんな時代に『神聖視される美』なんてどこにもない。
こんな……美の氾濫した時代においては。
だが。
それでもこのタイプが『おぢさん受け』が良いことだけは確かだった。
(うっわぁ~!これって、ここの院長の趣味?それとも受診者の多くがおぢさんなワケ?)
内心で批判的思考をするスミレ。
即座に電脳システムからイエローシグナルが届いた。
『道徳的規律違反に抵触します。思考訂正を推奨』
「だってぇ~」
呟き一つ。
不承不承、思考を切り替える。
「えっと、あの……よろしくお願いします」
「お荷物はこちらのロッカーをご利用くださいね。この後の予定ですが、担当技術医師が問診に来られます。その後第1検査室で基礎検査を行います。私がご案内しますので、院内着に着替えたらお知らせください」
そう言うと、美少女メディロイドは病室から立ち去って行った。
その後。
持参したトランクをロッカーに放り込むと、スミレはベッドに腰を下ろして伸びをする。
スミレのような全身義体であっても、身体と記憶にしみこんだ生体反応が消えることは無い。
ここへ来るまでの身体的疲労状態が、自然な動作で解放される。
体内で人工骨格がギギギ……とこわばった音を立てて軋んだ。
「んんん~。今日はちょっと、無理しちゃったからなぁ。人工骨格の疲労スコア爆上がりかも。保険料……出費が怖いわ」
昼間の事件が脳内再生され、自分の身体的負荷の大きさを再確認して、スミレは後悔の念にかられた。
直情過ぎる自分の性格。
今回の義体検査の際、電脳プログラムの修正を追加申請しておこう、そう思うスミレだった。

プォン!
電子音のチャイムが鳴り、ドアが開く。
背の高い、若い男性が病室に入ってきた。
「茨戸スミレちゃん、だね?私は朝里冬樹。きみの義体検査担当医師……の代理だ。ドクターは今、急患の相手をしているのでね。本検査に入る前に幾つか、確認させてもらうよ……」
そうしてスミレは朝里医師とのやり取りを終え、第1検査室に向かうため、再びやって来たメディロイドFA-102αと共に病室を出た。
そこでスミレは脳殻を取り出すための前処置に入った。
脳殻を取り外し専用保管庫に収納された後、電子脳に身体を委ねるが、その機械の脳みそも検査中には沈黙させられる。
完全な記憶の空白期間が発生するのだ。
《どうした?トラブルか?》
口数の少ない天神が、珍しくシンクロ中に意識を向けてきた。
彼のノイズは静かに吹く風の様……だが、ナイフのような鋭さを感じる思考波動だった。
《問題ありません……フェーズ2開始……》
その時、スミレの電脳の奥の奥で、何かが動き始めていた。
それは装備されたスミレ自身さえ知らない、隠されたシステムだった。
(以下次回)
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『作者の呟き』第2期、連載3回目です。まず、皆さんに謝罪。前回の予告と内容が違ってしまいました。都合により大幅に内容変更してしまったもので。まことに申し訳ない。という事で、やっとスミレが院内に入ってくれましたので、作者としてほっとしております。(謝罪その2)前回のあのアヤシイ雰囲気から、院内でもホラー寄りの展開を予想されていたみなさん、ごめんなさい。意外と普通の院内描写になってしまいました。もっとも、受付ヒューマノイドとか、美少女タイプのメディロイド(医療用ヒューマノイド)、そして茶髪でツンツン頭のドクター。かなり個性的なキャラが登場しました。朝里君、イケメンでかっこいいよ!この辺で、登場人物のネーミングの秘密、公開します。基本的に地元の地名から名付けてます。茨戸、簾舞、藤野、朝里札幌近辺にお住まいの方ならお判りになるかと。(;^ω^)
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