SF小説「サイボーグ・グラフィティ」PART2-2
『第2話、その2』
紅蓮隊の新規メンバー、茨戸スミレ。
若干17歳の彼女がこの特殊な組織に参加した理由が、彼女の口から語られようとしていた。
スミレ自身が電脳内に構築したチャット空間に、精神同期によって招かれた5人。
本谷剣春、藤野翠、天神翔、簾舞芽瑠、そして竜崎光琉は固唾をのんでスミレの次の言葉を待っていた。
精神同期は単なる電脳通信ではない。
空間の構築者であり送信者であるスミレの記憶と感情の全てを、受信者が共有する、そんなシステムだった。
スミレの過去を追体験することで、彼女と繋がる全員の意識が、一つの核へと収束していく……
彼らはそれぞれの個人であり、同時にスミレでもある。
そんな感覚をメンバーに与えるシステムだった。
「あれは、私が年一の義体検査のために真船整形に向かった時の事だったわ……」
リスナーたちの脳裏にスミレの記憶の流入が開始される。
空間内の電脳体に、揺らぎが生じ始める。
それは「感情の生成」であり、本来ならば意味のない不要なノイズとして処理される筈の信号を人間本来の、生の記憶として再変換された事で発生した現象だった。
デジタライズされた存在たちが心を痛め涙する。
AIや機械化された者たちの人間化。
新たな時代の幕開けだった。
電脳化されたリスナー達がゆっくりと、スミレの世界に溶け込んでいった。
初夏の日差しを浴びながら、茨戸スミレはかかりつけの病院への道すがら、ひたすら憂鬱な気分で一杯だった。
「とにかく面倒だって話なのよね、義検って。部分的サイボーグなら日帰りも出来るんだろうけど、あたしみたいな全身サイボーグだと……はぁ、最低2泊かぁ。やんなっちゃう」
身体をサイボーグ化して1年目のスミレ。
徹底的な義体検査を行うと聞かされているため、ますます憂鬱な気持ちが募っていく。
だが、この義体検査は自動車の車検同様、国の法律で義務化されている為、一度サイボーグ化、義体化手術を受けた者はその検査を受けざるを得なかった。
拒否出来ない事を判っていても嫌な気分を拭えないスミレは、荷物の小型トランクを無意識にブンブン振り回していた。
「あっ?」
目前の交差点を、1台のバイクが通り過ぎて行った。
(あのバイク、見覚えがある……あれは、もしかして?)
それは、かつてのスミレのボーイフレンド、竜崎光琉の愛車と同じモデルのバイクだった。
「光琉?あれ、光琉だよね」
女の勘ってやつだろうか……いや、あの瞬間、確かにスミレの『生身の感覚』が炸裂していた。
しかし、光琉らしき人物の運転するバイクはまるで風の様に走り去ってしまい、スミレはそれを寂しく見送るしかなかった。
《あ~、そんな事もあったかもな》
構築された空間にノイズが走る。
走り去るバイクを見送り、スミレはまた歩きはじめる。
足取りがさらに重くなる。
しかしこの暑さの中、こうして歩いても汗一つでない。
それだけが救いだったかも知れない。
少し進んだ先で、電脳パンクなヤンキー男が声をかけてきた。
表情はニタニタと薄笑いを浮かべている。
「ヘ~イ、彼女ォ。俺とイイ事して遊ばない?気持ち良くなるぜ、サイコーによぉ」
そう言ってサイバーヤンキーな男は、自分の腕に取り付けられたアームホルダーを指さし、ニヤついてスミレの返事を待っていた。
アームホルダーから延びている数本のチューブには、毒々しい色の液体が循環していた。
「ふーん。アシッドか。悪いけど興味ないから。それにあたしの身体にそれ、意味ないし」
サイボーグ、特に全身義体だと改造モデルによっては、あらゆる薬物成分の除去が可能となる。
例えばアルコールなど、ほんの数秒で分解され体外に排出されるような機能が備わっている。
スミレの義体も、そんな機能の備わったハイスペックモデルだった。
「なんだと、このアマ!ちょっといい義体使ってるからって、調子こくなよ!」
頭に今どき珍しい、端子や金属プレートを装着したパンクヤンキーが、スコープアイをギラつかせてスミレににじり寄ってきた。
「あんた、電脳化はしてないんだ。あたしと同じ……な訳ないでしょ!」
スミレは手にした小型トランクを宙に放り投げると、一瞬身をかがめそこから一気に立ち上がり、男の股間にハイキックをぶち込んで左横に並ぶ石壁に叩きつけた。
「ブギャァーッ!」
「サイボーグを舐めないで。それにあんたのやってるそれ、完全に違法。通報するよ。あんたはアシッドやってラリって、ソロプレイのあげく壁に激突。反論、できる?」
落ちてくるトランクを後ろ手にキャッチし、ヤンキー男の答えを待った。
「ずびばせん……でひましぇん」
スミレはその場を立ち去った。 振り返りはしない。
自分は何も悪くない。
仮にあの男が警察で事情を訴えたところで、違法・禁止薬物所持の者の言い分など信用される筈も無い。
《ス、スミレちゃん……すごっ!》
空間に芽瑠のノイズがよぎる……
その感覚は瞬時にメンバーに共有され、スミレとの精神同期が更に高まり共鳴度が上昇していく。
ヤンキー男を「処分」したスミレは、何事も無かったかのようにその場を後にした。
向かうは真船整形外科医院。
気は進まないが電脳の奥で何かが囁くのを感じ、歩みが幾分早まった。
(何だろう?この感覚。気持ちが急かされるような、チクチク何かが心に刺さって来る感じ)
それは彼女の「女の勘」をもってしても識別できない不快な感情だった。
「ええい。止め止め、考えるの止めよう。意味不明の物事にソースを割くなんて勿体ない」
元来ドライな性格であるのに加え、電脳化によってさらにクールビューティ化が進んでいた。
電脳の情報領域に、病院からの予約に関する情報が入ってきた。
『予約率、現在5%……予約受付番号11番、検査開始時刻、14:25』
技術に定評があるという病院のわりに患者数が少ない、幾分変わった雰囲気の病院だった。
原因は多分に院長である真船医師のせいであると言われている。
幸か不幸か、スミレはその真船院長にあったことは無い。
彼女の担当医師はもっと若い、やっとインターンを終えたくらいのドクターだった。
「あ~もうこんな時間か。少し急がなきゃダメみたいね」
時刻は13時50分。
現在地から徒歩20分と情報が脳内に流れて行った。
スミレは、大きく息を付くとトランクの取っ手を握りなおし、病院に向かって走り出した。
義体の脚力としては普通の速さではあるが、所要時間を半分にする事は出来る。
ストリートを走る中、商業ビルの電子広告に妖艶なイメージの美女が次々と投影され、けばけばしく商品のアピールをしていた。
『あなたの電脳ライフをサポートするBITLIFECORPORATION』
『義体の事なら立川重工。革新的新素材で義体装着感50%アップ。(当社比)』
義体化、電脳化が花盛りの世の中だ。
そして、スミレもお世話になっている企業の広告だった。
「なんだかな~。趣味悪いわぁ」
広告の流れるビルの脇から狭い通りに入っていく。
狭い道の先はそれなりに広い公園があり、野球場とテニスコートの間の道をスミレは走って行った。
誰かがテニスを楽しんでいるのが見えた。
ラケットを手にした若い女性が空中高くジャンプし、そこから強烈なスマッシュを相手コートに叩きこんでいた。
プレイヤーの女性二人はサイボーグであろう。
しかし、それさえも普通であり日常の風景でしかなかった。
「テニスもいいな。あいつとテニス……って無理だよね」
そういうスミレの脳裏には『光琉』に関する情報結果に、『該当記録なし』を告げるエラーコードが表示された。
スミレ自身が持つリアルな『記憶』と、電子処理された冷たい『結果』の狭間で、彼女の『最後の領域』が揺れ動いていた。
電脳化したあの日、こういう事態が起きる事を納得したはずだったのに、今自分はそれに対して違和感を持っている。
当然、電脳システムが彼女の思考行動を「システムの異常」として強制処理を開始していた。
「電脳領域内における思考の安定のため、不要な感情とその原因を排除します」
システムは非情な処理判断をスミレに下した。
「……」
スミレはそれに応えたくなかった。
YESと答えた瞬間、自分の中から大切な記憶のピースの一つが失われてしまう。
大切な……初めて自分の気持ちを伝えた異性、竜崎光琉。
しかし彼女の中、電脳の保存領域には彼に関する記録は存在しない。
システムの判断に従った瞬間、それらの記憶は「不要な電子的廃棄物」として処理される。
彼に関するすべての情報、記憶を奪われてしまう事になるのだ。
それはスミレにとって、耐えがたい仕打ちだった。
脳殻内に「脳髄」が存在していても、電脳化された人間はその思考、情動活動の全てを電脳に支配される。
しかし、スミレの脳髄はそれに従わないという、システムの仕様にはない「異常行動」を起こしたのだ。
これらスミレの状態はすべて、システムを集中的に監視を行う「センター」に転送されている。
彼女がこれから利用する義体検査認定施設に情報は共有され、施設の担当医師によって必要な処置を施されることになるだろう。
光琉との関係の記憶、それは胸が締め付けられそうな気分になるものだった。
しかしそれが「どんな内容だったのか」を、スミレは思い出せない。
映像としての記憶が完全に欠落……まるで消去されたかのようになっていたのだ。
あるいは、自らその記憶を封印したのか。
ただ、光琉が自分にとってかけがえのない人物だったこと、大切な記憶が沢山あったこと、そして……不本意な、別れ。
それらを含め、どうしても記憶のイメージを描く事が出来なかった。
「……」
【記憶喪失】
電脳化をしていなければ、そう結論付けられていただろう。
しかも、そんな辛い状況にあっても自分は涙を流せない。
人として失うものは、外見からは解らない部分にも存在していた。
そして……それを含めてそう変化することを自分で選択してしまった。
もう、後戻りはできない。
命の対価とは、後になって支払うものなのだと……スミレは今、初めて知った。
そんな複雑な思考を脳内で処理しながらも彼女の走る速度は変わらず、目的としていた施設、真船整形外科医院に到着した。
築何十年なのか判らない古びた外観の病院は、立ち並ぶ古木の間にひっそりと佇んでいた。
鉄門の前でスミレは一瞬息を飲み、そしてゆっくりと建物に向かって歩いて行った。

(以下次回)
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『作者の呟き』お待たせいたしました。「サイボーグ・グラフィティ」part2、その連載2回目です。下書きでやや手間取りまして、更に完成原稿をnoteにコピペしたら、あらら?同じ文章が重複してる!これで編集作業が大変なことに。AIさんの助けを借りて、何とか無事にアップする事が出来ました。本当に、そういった細かい作業で困ったときには頼りになります。5千字近い文字列から誤字脱字、文法間違いなんかも見つけてくれましたから。本当に大助かりです。次回はスミレが病院内をあちこち探索。そこで遭遇したものとは一体……?この作品に関するコメントもお待ちしております。またスキやフォローなどして頂けると、作者嬉しくてモチベーション爆上がりで頑張ります。
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