SF小説「サイボーグ・グラフィティ」PART2-1
『第2話、4号室・茨戸スミレの場合』
本谷の操縦するヘリで『偉大なる愚か者たちの眠る岬』から、この、八塔屋市街区三番街の、ビルの谷間にひっそりと佇む卍屋に帰還した光琉は、そこにずっと探し求めていた茨戸スミレと再会を果たし、彼女を遂にその腕の中に抱きしめていた。
「スミレ……やっと、やっと会えた。俺は……」
「ううん。何も言わないで。あなたの記憶、経験、私も全部感じたから」
「そうか……」
電脳化による記憶の共有によって、二人の心は再び一つに繋がっていた。
抱きしめながら光琉はスミレの頭部、薄紫色の髪をそっとなでる。
少し驚いた事は、義体化された身体の感触が思っていた以上に柔らかく、抱き着いてくるスミレの重さもほとんど昔と変わらないという事だった。
「なぁ、スミレ……お前?」
そっとスミレの身体を引き離すと、あの日の記憶を呼び起こす。
あの日、病院施設で激しい戦闘が繰り広げていた時、スミレは一人で大勢の戦闘部隊を相手に戦っていた筈だ。
つまりスミレは戦闘用義体を換装されたサイボーグ。
だが、今こうして抱きしめている彼女の身体は以前と変わらない、柔らかな少女のそれだった。
戸惑いを見せる光琉の顔を、スミレは真正面から見つめてきた。
「あのね、私……」
スミレは、優しく綺麗な輝きを放つ緑色の瞳を閉じた。
そしてそれに応じるかのように、光琉は自分の顔をそっとスミレに近づけていった……
『ヤッホー!光琉ぅ』
『なーに青春してんだか』
『初めまして~』
『……まぁ、いいんじゃねぇの』
そんな二人の静かな感覚を打ち破るかのように、いきなり『大勢』の意識の奔流が流れ込んできた。
「み、翠さん!本谷さんそれに……?」
「ようこそお二人さん。そしてようこそ、紅蓮隊へ!」
事務所に乗り込んできた全員が口を揃え、自分たちを歓迎する。
光琉は自分がしようとしていた行為を目撃された恥ずかしさと、自分たちを心から歓迎してくれる卍屋、紅蓮隊のメンバーの優しさへの感謝の気持ちがごちゃ混ぜになり、若干パニックを起こしかけていた。
「あわわわわ!」
「ん~、光琉ってやっぱりかわいい~」
翠が、いきなり飛びついてきた。
「スミレちゃんの話、私達ももっと聞きたいわ。貴女に一体何が起こったのか。それ、聞かせてくれる?」
「え、ええ。それが必要だというのであれば、お話しますけど……」
スミレも相当戸惑った様子だった。
しかしその場にいる全員の無言の期待感、一種の圧力に押されて口を開きかけた。
「お、スミレちゃんよぉ、お前、自分に投入された機能使ってみないか?お前の精神領域で、この場にいる全員を接続する精神同期って言うのをやってみないか?」
「せ、精神同期……ですか?」
本谷の提案にスミレは一瞬たじろいだ。
が、大人しく頷いて本谷の提案を受け入れた。
自分が知らなかった未知の機能は、怖いけど気になる。
それに、自分の能力ならそれを把握しない訳にはいかない、そう考えた。
自分のように「人を越えた能力」を持たされた者ならなおの事。
「判ったわ。で、どうしたらいいの?」
「お前の首筋にゃ接続用のシンクロジャックがあるんだが、それに各自のケーブルをぶっこんでお前がパスを発信する。大丈夫、意識を集中さえすればお前はそのコードを認識する」
そう言いつつ、本谷は自分のうなじの後ろ側を指して見せ、その場の全員にケーブルを用意させた。
「さぁて、行くぜスミレ嬢ちゃん。この機能、お前に授けられた祝福だ。きっちり使いこなして見せろや」
スミレは無言で頷くと、全員がスミレのシンクロジャックにケーブルを接続していく。
「じゃ、じゃあ行くわね」
スミレは瞳を閉じ、自身の意識を自身の電脳の深層域に降下させた。
『blessing them all 』
電脳を通じて、意識の中にパスコードが浮かんでくる。
『コンシャスシンクロ、開始!』
その瞬間、スミレの意識下に新しい世界が形成された。
『やったね、スミレちゃん!ここが貴女の深層世界ってことね』
スミレの意識界に降り立った翠は、辺りを見回しニコニコ微笑んでいる。
『スミレ……あの』
光琉は面食らった感じで、その面を赤く染めていた。
『おい!何をいまさら照れてやがる。精神共鳴できる相手なんだろう?』
『も、本谷さん!いや、確かにそれはそうですけど』
冷やかすような本谷の言葉にしどろもどろの光琉。
だが、深く息を吸い込み合い気を取り直す。
『プライバシーって、何だっけ……?』
光琉が初めて見る、ピンク色の髪の少女がそう呟きながらスミレの側に立った。
『初めまして、スミレさ……いえスミレって呼ばせて貰うわ。あたしは簾舞芽瑠。貴女も遠慮せず、メルって呼んでね』
ピンクの髪の少女、芽瑠は深紅の瞳でスミレを見つめていた。
互いにサイボーグと言う、珍しくはないが普通の境遇ではない者同士、どことなく相通じるものがあるのだろう。
側で見ていた光琉は、そう思っていた。
『あら、それだったら光琉だってそうでしょ』
電脳空間独特の精神の共有性を失念していた光琉に、芽瑠が鋭く突っ込んできた。
『た……確かに』
それにしても、出会って早々に呼び捨てか。
まったくここの女たちときたら、もう少し……
バッチーーン!
電撃にも似たようなショックが光琉の身体を貫いた。
『ここはあたしの支配下にある世界だから。うっかりした発言は気を付けた方がいいわよ』
片目をつぶってスミレが、指先からぱちぱちとスパークを発している。
その傍には以前からの親友といった感じの芽瑠が、スミレの肩に腕を回して立っていた。
なぜか複雑な気分になる光琉だった。
『そろそろ……始めてくれないかな』
それまでほとんど沈黙していた銀青色の髪の青年がボソッと、ぶっきらぼうな口調で状況の展開を促してきた。
光琉は初対面の為彼の名前を知らなかった。
そして軽く頭を下げると、今更ながら彼に名前をたずねた。
『すみません、自己紹介遅れてしまったみたいで。俺……』

『竜崎光琉、だろう?赤磐の奴からよく話は聞いていた。俺は天神翔。紅蓮隊のリーダーだ』
天神と名乗った青年はそれっきり、光琉に関心を寄せる事も無くスミレの多元心話に耳を傾けている。
しかし、天神のドライすぎる態度より、彼が口にした人物の名前の方が問題だった。
赤磐……赤磐和俊。
リヒトに殺された自分の先輩である彼が、眼前の感情の見えない寡黙な男、天神翔と関係があったとは。
光琉はその件に関してもっと聞きたいと思ったが、その衝動を面に出すことは無かった。
感情制御が最大で行われてる為、今の光琉はほぼ目前の寡黙な男と一緒の存在だった。
そんな天神と光琉の会話が終わるのを見て、スミレがそっと口を開いた。
『ええと、ごめんなさい。じゃぁどこから行こうか……』
『そりゃ、光琉との馴れ初めから話してよ!気になるもん』
芽瑠の気迫が凄かった。
スミレはほぼ初対面であるにも拘らず、自分の過去を光琉以外の4人に暴露する羽目になった。
『お願いだから、あんまり冷やかさないでね』
スミレは頭を下げ、その場のみんなに懇願した。
その瞬間、光の粒が弾けて飛んだ。
それはその場にいるメンバー全員の心の共鳴だった。
『あ~、そうだ。光琉、お前さんは感情の送受信機能をオフ、又は最低レベルまでダウンしとけよ~。でないとヤバいからな』
何故か本谷は緩い口調ではあるが、光琉に対してそんなアドバイス、もとい指示を送って来た。
『???』
意味をよく理解できないまま、言われた通りに感情送受信機能を最低レベルにダウンさせ待機した。
『そうそう。それでいいのよ。だって、スミレちゃんの話を聞いていく間に光琉は、ヒートアップしてエントロピー爆発する可能性があるもの』
『うむ。まさしくそれだ。爆発を起こしたお前は、スミレの精神、この情報空間を破壊する事になる!もしそうなったらお前も困るだろう』
そう説明され、光琉は青ざめながら激しく首を縦に振った。
「は、はいはいはい!判りました感情機能、最低にしておきます』
翠と本谷の脅し文句にビビりながら、光琉は大人しくスミレの肩る話に耳を傾けた。
前半、彼女との出会いは聞くまでも無く、光琉の脳裏で再現されていた。
しかし感情機能をほぼゼロレベルにしているため、そこから湧き出る感情は何もなかった。
ただ違和感のようなものが光琉の心を包み込み、何とも言えない妙な感覚を味わていた。
知っているのに知らないふりをしているような気分になった。
『これって、感情を元に戻した方が良くないか?』
不満の思考が走る。
『こら!そういうこと言わないの』
『スミマセン……』
翠に睨まれ委縮する。
感情の送受信を絶たれてしまった光琉だが、スミレの精神空間なだけあって周囲に展開される光や音、色相や空間圧からスミレのおおよその感情は見当が付いた。
感情を受け取れない、或いは伝えられないという事がこんなにももどかしい事だとは。
あらためて光琉は、じぶんに「感情」がある事を感謝していた。
今は、不慮の事故を防ぐ為に仕方がないんだ。
そう自分に言い聞かせ、感情の抑揚のないままスミレの体験記を聴き続けていた。
そして自分以外の、翠や芽瑠、本谷たちは面白そうに様子でスミレの話に聞き入っている。
天神は相変わらず無表情のまま、スミレをただ見つめていた。
スミレの空間はその精神作用によって色が決まっているようだった。
落ち着いた平常心の時は薄い黄色かオレンジ、興奮状態になると深紅、そして悲しさや苦しみは青に反応するようだった。
そして、光琉との最後の別れの時は黒に浸食された青……蒼黒だった。
そこまでの話題に関しては光琉自体も当事者であり、当時の心境を考えたら感情封鎖は正解だったのかもしれない。
無反応の光琉と天神は別として、残りの3人は熱心なリスナーとして、スミレの語る内容に耳を傾けていた。
本谷の場合は、スミレと言う新人メンバーについて把握するため、要点だけを聴くといった感じだ。
ちなみに、今現在この空間に存在している6人。
彼、彼女達はすべて各自の電脳に搭載されているAIが作り出した、最高に精巧な複製体だった。

翠と芽瑠はもう、完全に恋バナを聴く女子会のノリである。
男子3人は肩をすくめ苦笑いをするばかり。
天神に至っては眠ってしまったようにも見えた。
『ちょ音、そこの男子!スミレの切ない恋バナおわったんだけど』
翠は頬を膨らませ、形良い眉が吊り上がっていた。
『ああ、そうかい。で、次はどうなるって?』
本谷は腕組みをしたまま、状況を監視していた。
『まあ、本来ならわざわざこんな手の込んだ事をしなくても良かったんだがな。奴らが動き始めた。うちの事務所にも、ナノレベルの偵察機が入り込んでた……。それに、あそこの例の二人組。イカレタ奴らではあるが、電脳関連の技術レベルは最高水準だ』
本谷が言うには、スミレが作り出したこの空間は完全に閉じた電子的空間であり、外部からの電脳介入は不可能との事だった。
ハッキングの可能性ゼロ。
秘密の会話をするのにこれほど都合の良い空間は無い。
が、それゆえに悪意のある使用に使われたらどうなるか。
ましてその技術が地上に存在するすべてを手中に収め、コントロールしようと画策する連中の手によるものであるなら。
『そうそう。問題はここから、でしょ。スミレが奴らに捕まって……』
急に不安そうに身震いをしている芽瑠を翠はそっと抱き寄せ、視線はスミレに向けていた。
そこで、特に感情が動いたわけではないが光琉がスミレに問いただした。
『なあスミレ。お前、なぜあそこで捕まってたんだ?あそこで出会ったのは偶然だったのか?』
『うん、それを今から説明するから。』
そこでスミレは一度大きく息を吸うと、少し辛そうな表所を見せた。
が、直ぐにその感情を振り払い、静かに語り始めた。
(以下次回)
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『作者の呟き』みなさんお待たせいたしました。「サイボーグ・グラフィティ」執筆再開です。本来なら「第2章」と言うべきなんだろうけど、執筆開始時短編集のつもりだった為、今回もそれに合わせ「第2話」とさせていただきます。作品完結後、章立てに変更思案中。という事で、今回第2話のメインキャラクターは茨戸スミレ(一応ヒロイン)の物語となっております。ついでに残りの主要メンバーもこの第2話で出そろいますので、押しのキャラなど「画像もっと出せ~」などご要望がございましたら、遠慮なくリクエストして下さいね。それではまた次回、よろしくお願いいたします。
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『次回・第2回目』
『シリーズ第1話』
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