子育ては、2億円の価値があるらしい。
「赤ちゃんの頃に1日だけ戻れるなら、2億円払う。」
そんな話を動画で聞いた。
最初は、思わず笑ってしまった。
「いやいや、2億円は言い過ぎでしょう。」
そう思いながら画面を閉じた。
でも、その言葉だけは、不思議と頭の片隅に残っていた。
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夕方、保育園へ迎えに行く。
私の姿を見つけると、娘は笑いながら走ってきた。
少し手前で立ち止まると、両手を大きく広げる。
「パパ、だっこ。」
私はしゃがんで、その小さな体を抱き上げた。
最近は抱っこをするたびに思う。
「重くなったな。」
仕事用のリュックを背負って、保育園の荷物も持って、そのまま歩く。
正直、それなりに大変だ。
「今日は歩こうか。」
そう聞いても、娘は首にぎゅっとしがみついて笑うだけ。
結局、家まで抱っこをする。
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家に帰れば、座る暇なんてほとんどない。
夕飯を作って、お風呂に入って、歯を磨いて、明日の準備をする。
「ご飯できたよ。」
「歯磨きしよう。」
「もう寝る時間だよ。」
時計を見ながら、そんな言葉を何度も繰り返す。
シングルファザーになってからは特に、一人で回さなければいけないことが多い。
余裕がある日ばかりじゃない。
疲れている日もある。
娘がなかなか動いてくれないだけで、
「早くして。」
と言ってしまう日もある。
「今しかない時間なんだから。」
そんなふうに毎日思いながら過ごせるほど、私は器用じゃない。
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夜。
部屋の電気を消すと、娘は当たり前のように私の隣へ来る。
「パパ、こっち。」
そう言って腕を引っ張る。
横になると、何も言わず胸に顔をうずめた。
眠くなると、いつもこうだ。
私の服を小さな手で握って、安心したように眠っていく。
腕は少しずつしびれてくる。
本当なら、そっと布団へ下ろしたい。
明日も仕事だから、早く寝たい。
でも、その日は動けなかった。
昼間に聞いた「2億円」という言葉を思い出したからだ。
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あのときは笑った。
でも今、この温もりを感じていると、少しだけ分かる気がした。
戻りたいのは、赤ちゃんの頃だけじゃない。
きっと今もそうなんだ。
「パパ、だっこ。」
そう言って両手を広げてくれること。
眠くなると胸の上で眠ること。
何かあるたび、当たり前のように手をつないでくること。
私は毎日見ているから、「いつものこと」だと思っている。
でも、この”いつものこと”は、あと何年あるんだろう。
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少しずつ背が伸びる。
少しずつ一人でできることが増える。
抱っこよりも、自分で歩く日が増える。
友達と遊ぶ時間の方が楽しくなる。
それは嬉しいことだ。
娘がちゃんと成長している証だから。
でも、その嬉しさと一緒に、今しかない時間は静かに減っていく。
抱っこを求められることも。
腕にしがみついて眠ることも。
ある日、「そういえば最近なくなったな」と気づくのかもしれない。
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昼間は「重いな」と思っていた。
でも今は、その重さが愛おしい。
腕がしびれているのに、もう少しだけこのままでいたいと思っている。
何十年後かの自分が、この夜に戻れるなら。
きっと特別なことはしない。
今日と同じように抱っこをして。
今日と同じように寝顔を見て。
今日と同じように、腕がしびれるまで、その温もりを感じている気がする。
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明日になれば、私はまた娘を急かすだろう。
「早く。」
と言ってしまうと思う。
忙しさは変わらない。
余裕がない日も、きっとある。
でも、あの日の動画を見てから一つだけ変わったことがある。
娘が「だっこ。」と手を広げたとき。
以前より、ほんの少しだけ長く抱っこをするようになった。
たった数十秒。
それだけだ。
でも、その数十秒は、未来の自分なら、お金では買えない時間なのかもしれない。
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昼間は笑ってしまった「2億円」という言葉。
今なら、あの人が言いたかったことが少しだけ分かる気がする。
買い戻したいのは、赤ちゃんの頃じゃない。
あの頃の「当たり前」なんだ。
そしてきっと。
今、この3歳の「当たり前」も、未来の自分にとっては同じなんだと思う。
今日の「当たり前」は、
何年後の自分なら、いくら払ってでも取り戻したいと思うんだろう。
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ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
他にも、シングルファザーとしての日常や、その中で心が少し動いた出来事をnoteに綴っています。
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