娘だけは、誰とも比べたくなかった。
保育園のイベントの日。
3歳クラスの子どもたちが前に並び、音楽が流れ始めた。
先生の動きを見ながら、大きく手を振る子。
元気いっぱいに歌う子。
隣の友達と笑い合いながら踊る子。
保護者席からは、あちこちで笑い声が聞こえていた。
その中で、娘だけは動かなかった。
踊らない。
歌わない。
両手を体の横に下ろしたまま、じっと前を向いて立っている。
家ではあんなに踊るのに。
ディズニーの音楽が流れれば、「パパ見て!」と何度も踊ってくれるのに。
少し離れたところにいたお友達が、娘に近づいてきた。
「一緒に踊ろう!」
そんなふうに誘ってくれているのが分かった。
でも娘は、少し顔をそらして「ふん。」というような表情をするだけだった。
結局、最後まで踊らなかった。
その姿を見ながら、私は娘ではなく、周りの子を見ていた。
「みんな踊れているな。」
そう思った瞬間だった。
「あ。」
今、比べた。
娘じゃなくて、「周りと比べた娘」を見ていた。
⸻
イベントが終わり、いつもの帰り道を二人で歩く。
娘はさっきまでの緊張が嘘みたいに、道端の花を見つけては立ち止まり、小さな石を拾っては私に見せてくる。
「今日、楽しかった?」
何気なく聞いてみた。
「うん! 楽しかった!」
その返事は、あまりにもあっさりしていた。
私は思わず、
「踊れなかったのに?」
と聞きそうになって、やめた。
楽しくなかったのは、娘じゃない。
そう思ってしまっていたのは、私だった。
⸻
月曜日。
会社で学生の面接を終え、評価シートを開く。
昨日とはまったく違う景色の中で、私はまた誰かを見ていた。
人事の仕事では、人を見る。
強みを見る。
違いを見る。
誰が良くて、誰が悪いという話ではない。
その人らしさを見つけるために、比べることも必要になる。
それが仕事だ。
でも、保育園での私はどうだったんだろう。
娘らしさを見る前に、「周りとの差」を見てしまっていた。
仕事で必要な目線を、そのまま父親である自分に持ち込んでいたのかもしれない。
⸻
家に帰ると、娘はいつも通りだった。
お気に入りの恐竜を両手に持って、
「パパも恐竜ね!」
と言いながら笑う。
「ガオー!」
と飛びついてきて、捕まえるとケラケラ笑う。
イベントで固まっていた子と、本当に同じ子なんだろうかと思うくらい、よく笑う。
その姿を見ていると、昼間の出来事が少しずつ小さくなっていった。
私は、たった数分の出来事だけを切り取って、この子を見たつもりになっていたのかもしれない。
⸻
夜。
寝かしつけを終えると、部屋には静かな寝息だけが残った。
布団を蹴飛ばして眠るのは、今日も同じ。
足だけが布団から出ている。
そっと掛け直す。
前髪を指でよける。
その寝顔を見ながら、昼間の娘を思い出した。
あの子は、困っていただろうか。
きっと違う。
帰り道では「楽しかった」と笑っていた。
家では恐竜になって遊んでいた。
ご飯もいつも通り食べて、「おやすみ」と言って眠った。
困っていたのは、娘じゃない。
私だった。
「どうして踊らないんだろう。」
「みんなはできているのに。」
そんなことを考えて、勝手に心配して、勝手に焦っていた。
娘は、ただ娘らしく、その場に立っていただけだったのに。
⸻
人事という仕事をしていると、「評価」という言葉は毎日のように出てくる。
でも親になって思う。
評価と成長は、少し違う。
成長は、誰かより早いかどうかで決まるものじゃない。
頭では分かっている。
それでも、比べてしまう日はある。
たぶん、この先もある。
だから私は、「比べない父親です」とは言えない。
きっとまた、保育園で周りの子を見てしまう日がある。
そのたびに、今日の帰り道を思い出したい。
「今日、楽しかった?」
「うん! 楽しかった!」
娘にとって大切だったのは、踊れたかどうかじゃなかった。
それなのに、大切じゃなかったのは私の方だったのかもしれない。
明日も私は仕事で誰かを見る。
でも家に帰ったら、評価する前に、比べる前に。
まずは目の前の娘を見よう。
それができる日もあれば、できない日もあると思う。
だから今日の「あ。」という瞬間だけは、忘れないでいたい。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
このnoteでは、シングルファザーとしての子育てや、人事の仕事を通して感じたことを、一つひとつ言葉にしています。
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