「あと5分」を待てる日と、待てない日がある。
「あと5分!」
夕方の公園で、娘がシャボン玉を追いかけながら振り返る。
私は思わず腕時計を見る。
もう帰らないと。
夕飯を作って、お風呂に入って、洗濯物を片付けて。
シングルファザーの夕方は、時計を見る回数が自然と増える。
だから娘の「あと5分」は、正直ちょっと長く感じる。
でも、不思議なことがある。
娘は毎回同じように「あと5分」と言うのに、私の反応は日によって全然違う。
ある日は、
「もう帰ろう。」
とすぐに声をかける。
またある日は、
「しょうがないな。」
なんて笑いながら、一緒に遊び始めてしまう。
同じ娘。
同じ公園。
同じ「あと5分」。
違うのは、私の方だった。
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人事の仕事をしていると、面接の最後によく言われることがある。
「あと1問いいですか?」
次の予定があっても、
「もちろんです。」
と答えることが多い。
その”あと1問”が、その学生にとって一番聞きたいことなんだろうと思うから。
意味は全然違う。
でも、その言葉を聞くたびに、公園で「あと5分!」と笑う娘を少しだけ思い出す。
学生の「あと1問」は待てる。
でも、娘の「あと5分」は待てない日がある。
同じように”もう少し”と言われているだけなのに。
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もちろん、毎日すんなり帰れるわけじゃない。
「帰りたくない!」
と、公園で踏ん張る日もある。
そんな日は、
「おうちでアンパンマンのおせんべい食べよっか。」
とか、
「帰ったらバスボールやろう。」
なんて言葉を使うこともある。
教育的にどうなんだろう、とは思う。
それでも娘は、
「やったー!」
と言って、手をつないでくれる。
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この日も最初は同じだった。
「帰ろうか。」
そう言うと、
娘はシャボン玉を追いかけながら振り返って、
「あと5分!」
と笑う。
私は反射的に時計を見る。
夕飯。
お風呂。
頭の中で、やることが順番に浮かんでくる。
でも、その日は少しだけ立ち止まれた。
本当に5分くらいなら。
そう思って、
「じゃあ、本当にあと5分ね。」
と言った。
娘は「やったー!」と走り出して、シャボン玉を追いかける。
「パパもこっち!」
そう呼ばれて、私も一緒に走る。
シャボン玉って、大人になって追いかけることなんてほとんどない。
でも、追いかけ始めると意外と夢中になる。
3歳の娘と本気で走っている自分が、少しおかしかった。
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その5分で家事が終わるわけじゃない。
やることが減るわけでもない。
それでも、不思議とその日の夜は、部屋の空気まで少しだけ柔らかかった気がした。
あとになって思う。
焦っていたのは、娘じゃなかった。
娘はただ遊びたかっただけ。
急いでいたのは、私だった。
時計というより、
「早く終わらせなきゃ。」
という、自分自身に急かされていたのかもしれない。
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もちろん、また待てない日は来る。
「あと5分!」
に、
「今日はダメ、帰るよ。」
と返す日もきっとある。
その帰り道には、アンパンマンのおせんべいに助けてもらう日もあると思う。
それも、たぶん今の私らしい。
娘の「あと5分」は、昨日も今日もたぶん同じだ。
違っていたのは、その5分を長いと思う私だった。
明日もきっと、公園で娘は笑って言う。
「あと5分!」
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今日は、何に急かされていましたか。
やることでしょうか。
仕事でしょうか。
それとも、自分自身でしょうか。
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これまでにも、仕事と育児の間で揺れる気持ちや、娘との何気ない時間について書いてきました。
「娘より先に、自分が笑っていた日」や、「理由なんてなくても、また会いたい人がいる」も、この話とどこかでつながっています。よかったら、そちらも読んでもらえたらうれしいです。
