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採用では伝えられるのに、娘には伝わらない。

「靴履こうか」

朝8時。

保育園へ向かう準備をしながら、私は娘に声をかけた。

「はーい!」

元気な返事が返ってくる。

でも履かない。

娘はお気に入りのぬいぐるみを並べている。

どうやら今からお出かけらしい。

ぬいぐるみのお出かけは着々と進んでいる。

本人のお出かけ準備だけが進まない。

「靴履こうか」

「はーい!」

「そろそろ行こうか」

「はーい!」

返事だけ聞いていると、とても優秀である。

でも現実は一歩も進んでいない。

私は少し笑いながら時計を見る。

あと10分で出たい。

娘はそんなことを知らない。

いや、知っていても気にしない気がする。



私は人事の仕事をしている。

その中でも主に新卒採用を担当している。

学生と面接をしたり、会社説明会をしたり、インターンシップを企画したり。

仕事の中でよく考えるのは、「何を伝えるか」より「どう伝えるか」だ。

例えばインターンシップの時期の学生と、本選考中の学生では伝え方が違う。

インターンなら仕事の面白さや業界の話が中心になる。

本選考になると、働き方やキャリアの話が増える。

学生によっても違う。

仕事内容を知りたい人もいる。

働き方を知りたい人もいる。

社風を気にする人もいる。

同じ会社の話をしているのに、入口は全然違う。

だから話し方も変える。

一つひとつ丁寧に確認したい学生には、こちらも丁寧に説明する。

明るくて勢いのある学生には、少し砕けた言葉で話すこともある。

採用の仕事は、会社の話をする仕事というより、相手を理解しようとする仕事に近い。

私はそう思っている。



だから正直、自分は人より少しコミュニケーションを考えている方だと思っていた。

少なくとも、人に何かを伝えることについては。

でも家に帰ると、その自信は驚くほど役に立たない。

「お風呂入ろう」

「歯磨きしよう」

「パジャマ着よう」

「靴履こう」

内容はシンプルだ。

学生への会社説明の方がよほど難しい。

なのに娘には伝わらない。



いや、正確には聞こえている。

理解もしている。

でも動かない。

娘には娘の世界がある。

そしてその世界は、だいたい私の予定より面白い。



保育園から帰ってきた後、夕飯が終わる。

私は時計を見る。

よし、お風呂に入ろう。

そう思った瞬間に娘が言う。

「パパー!ひこうき!」

始まった。

私は娘を持ち上げる。

「ぶーん!」

娘が笑う。

下ろす。

「もういっかい!」

もう一度持ち上げる。

「もういっかい!」

また持ち上げる。

「もういっかい!」

気づけば腕が少し痛い。

でも終わらない。

飛行機が終わると、今度は組体操が始まる。

肩に乗せろと言う。

お姫様抱っこをしろと言う。

ぐるぐる回れと言う。

私はただお風呂に入りたいだけである。

娘は今が最高に楽しい。

見ている景色が全然違う。



やっとお風呂に入る。

これで一段落。

そう思ったら甘かった。

お風呂から出た娘は全裸のままリビングを走り回る。

捕まえようとすると笑いながら逃げる。

私はタオルを持って追いかける。

ドライヤーはまだ遠い。

5分で終わるはずだったことが、なぜか20分経っている。



以前の私は、こういう時にイライラしていた。

なんで聞いてくれないんだろう。

なんで今それを始めるんだろう。

なんで返事だけはそんなに良いんだろう。

そんなことを思っていた。

特にシングルファザーになってからは余計だ。

仕事で疲れている日もある。

採用イベントが夕方以降にあっても参加できないこともある。

飲み会に誘われても行けない日がある。

娘を優先したい気持ちも本当だし、仕事をもっと頑張りたい気持ちも本当だ。

嬉しいのに寂しい。

大切なのに少し一人になりたい。

そんな矛盾を抱えながら毎日を回している。

だから本音を言えば、一回で動いてくれたら本当に助かる。



でも最近、少し変わった。

伝わらないことに慣れてきた。

というより、一回で伝わる前提を手放した。

伝わらなかった。

じゃあ違う言い方をしよう。

競争にしてみよう。

ぬいぐるみにお願いしてみよう。

遊びの中に混ぜてみよう。

そんな試行錯誤を毎日繰り返している。



そして気づいた。

私は学生には相手に合わせて話している。

何を知りたいのか。

どんな言葉が届くのか。

一生懸命考えている。

なのに娘には、

「靴履こう」

しか言っていなかった。

娘が何に夢中なのか。

何をしたいのか。

そこを見ないまま、自分の伝えたいことだけを伝えていたのかもしれない。



採用でも似たようなことがある。

こちらが一生懸命伝えたことより、雑談の一言が印象に残ることがある。

良かれと思って話したことが、全然刺さらないこともある。

伝えることと、伝わることは違う。

頭では分かっていた。

でも娘との生活で、それを毎日実感している。



私は本当に相手に合わせて話しているつもりだったのだろうか。

今日も娘は元気よく、

「はーい!」

と返事をする。

でも靴は履いていない。

そして私は、たぶん6回目の「靴履こうか」を言おうとしている。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

このnoteでは、シングルファザーとして娘と過ごす毎日や、人事として働く中で感じたことを、少し立ち止まって言葉にしています。

毎回「何かを教える記事」ではありませんが、読んだあとに少しだけ自分のことも考えたくなるような文章を書いていけたらと思っています。

もしよければ、これまでの記事ものぞいてみてください。

また次の記事で、お会いできたら嬉しいです。

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