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「任せる」と「放っておく」は、全然違う。

最近、娘が箸を使い始めた。

まだ、上手には使えない。

食べ物をつかもうとしても、なかなか取れないことがある。

せっかくつかめたと思ったら、口まで運ぶ途中で落としてしまうこともある。

それでも、できるだけ口を出さないようにしている。

「こうやって持つんだよ」と教えたり、代わりに取ってあげたりもしない。

落としても、怒らない。

もう一度やればいい。

そう思って、少し離れて見ている。

娘は何度か失敗しながら、それでも自分で箸を動かしている。



そんな姿を見ていると、ふと、

「任せるって、意外と難しいな」

と思う。

親からすると、手を出したほうが早いことはたくさんある。

うまくできないのを見ると、助けたくなる。

失敗しそうなら、先に教えたくもなる。

でも、全部先回りしてしまったら、娘が自分で考えたり、試したりする時間はなくなる。

だから、箸については任せてみる。

多少こぼしてもいい。

多少時間がかかってもいい。

失敗しても、大きな問題にはならないからだ。

一方で、家事をしているときのことだった。

娘が自分でハサミを使おうとした。

そのときは、

「ちょっと待ってね。一緒にハサミやろうね」

と声をかけた。

そして、家事をいったん止めて、娘の隣に座った。

ハサミは、箸とは違う。

もしものことを考えれば、まだ一人で任せるものではない。

だからといって、「危ないからダメ」と取り上げるわけでもない。

隣に座って、一緒に使う。

娘がやりたいことはできるだけ大切にしながら、必要なところでは手を添える。

その違いを考えていたら、

「任せる」と「放っておく」は、全然違うんだなと思った。



娘の箸を見ていると、仕事で誰かに仕事を任せるときのことも思い出す。

任せたからといって、何も見なくていいわけではない。

かといって、細かいところまで全部口を出してしまえば、その人が自分で考える余地がなくなる。

自分ならすぐできることでも、あえて見ている。

少し時間がかかっても、すぐには答えを渡さない。

うまくいかなかったとしても、そこから考える時間を残す。

でも、本当に困っているときには手を出す。

そう考えると、娘に箸を任せることと、仕事で誰かに任せることは、少し似ているのかもしれない。

任せるって、手を離すことではないのだと思う。

すぐに手を出せる場所にはいる。

でも、本人がやってみる時間は奪わない。

その距離感を考えることも、「任せる」の一部なのかもしれない。



娘の箸を見ながら、そんなことを考えた。

娘が箸を使っているとき、僕は何もしていないように見える。

でも、実際には見ている。

落としたらどうするか。

困っていないか。

助けたほうがいいタイミングではないか。

必要なら、すぐ手を出せるようにしている。

何もしないことと、見守ることは違う。

放っておくことと、任せることも違う。

娘がこれから少しずつ大きくなっていけば、僕が手を出せることは減っていく。

そのときに、全部自分でやってあげる親ではなく、

「やってみていいよ」

と言える親でいたい。

でも同時に、

「困ったらパパいるからね」

とも言える親でいたい。

箸は、できるだけ任せる。

ハサミは、隣に座る。

そのくらいの距離感を、これからも少しずつ覚えていきたい。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

このnoteでは、シングルファザーとしての子育てや、人事の仕事を通して感じたことを、一つひとつ言葉にしています。

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