見出し画像

シングルというのは、パパでありママであるということ。

夫婦で暮らしていた頃、家で食べるご飯は、妻に作ってもらうこともあった。

仕事帰りに、どちらかが買って帰ってくることもあった。

自分が料理をすることは、ほとんどなかった。

料理が嫌いだったわけではない。

ただ、得意でもなかったし、積極的にやろうとも思っていなかった。

自分一人なら、適当に済ませればいい。

お腹が空いたら何か買ってくればいい。

そんなくらいに考えていた。

だから、シングルになって娘と二人で暮らすようになったとき、少し困った。

「ご飯、どうしよう」

娘はまだ小さい。

自分だけなら何でもいいけれど、娘にはちゃんと食べてほしい。

昨日は何を食べたっけ。

今日は何を食べさせよう。

明日はどうしよう。

それまであまり考えてこなかったことを、考えるようになった。

そして、少しずつ料理をするようになった。



とはいえ、料理が好きになったわけではない。

今でも正直、料理は苦手だ。

仕事が終わって保育園に迎えに行く。

家に帰れば、娘と過ごす時間がある。

ご飯を作って、食べさせて、片付ける。

そのあとには、お風呂もある。

髪も乾かさなければいけない。

寝る前には少し遊ぶし、洗濯や片付けだってある。

毎日全部をきっちりやろうとすると、なかなか大変だ。

だから、途中から「全部自分でやらなくてもいい」と思うようになった。

できないことは、できるものに助けてもらえばいい。

人に頼るのと同じように、道具にも頼ればいい。

そのほうが、娘との時間をちゃんと持てる。

そう考えるようになった。

うちで、その考え方をかなり助けてくれているのが、COSORIのノンフライヤーだ。

材料を入れて、設定して、あとは任せる。

料理が得意ではない自分にとって、これはかなりありがたい。

これを使ったからといって、料理が上手になったわけではない。

それでも、「今日は何か作らなきゃ」と思ったときに、少しだけハードルを下げてくれる。

娘のために何か作ろうと思える。

それだけでも、自分にとっては大きい。

シングルになってから、料理をするようになった。

でも、それは料理が得意になったからではない。

娘と暮らすために、自分にできる方法を探すようになったからだ。



そんな生活をしていると、ときどき思うことがある。

自分の中には以前、「料理は母親がするもの」というイメージが、少なからずあったんだと思う。

もちろん、そんな決まりがあるわけではない。

父親が料理をする家庭もあるし、母親が料理をしない家庭もある。

家庭によって、それぞれのやり方がある。

それでも、自分が育ってきた環境や、これまで見てきた家庭の形の中で、なんとなくそういうイメージを持っていた。

だから、最初は少し不思議だった。

自分が娘のご飯を考えていること。

冷蔵庫を開けて、「今日は何にしよう」と考えていること。

娘が食べてくれるかな、と気にしながら料理をしていること。

でも、それを何度も繰り返しているうちに、いつの間にか普通になった。

娘がお腹を空かせている。

だから、ご飯を用意する。

それだけだ。

「これはパパの仕事なのか」

「これはママの仕事なのか」

そんなことを考える前に、自分がやる。



料理だけではない。

朝、娘を起こす。

保育園の準備をする。

帰ってきたら、お風呂に入れる。

髪が濡れていたら乾かす。

眠そうなら寝かせる。

泣いていたら抱きしめる。

悪いことをしたら叱る。

娘と二人で暮らしていると、「パパの仕事」と「ママの仕事」を細かく分けている余裕はない。

必要なことがあれば、自分がやる。

それを毎日繰り返しているうちに、少しずつ境目がなくなっていった。

娘の髪を乾かすときには、リファのドライヤーにも助けてもらっている。

モードを変えると、髪に近づけても熱くなりにくいので、娘の髪を乾かすときにも使いやすい。

まだ髪が細い娘に使うものだから、なるべく熱くならないようにしたい。

毎日のことだから、こういうところでも道具に助けてもらっている。

料理はCOSORI。

髪を乾かすときはリファ。

それ以外にも、周りの人に助けてもらうことがある。

一人で全部を抱えているわけではない。

むしろ、一人だからこそ、自分だけで何とかしようとしないようになったのかもしれない。



シングルファザーになって、父親としてできることは増えた。

それは間違いないと思う。

でも、自分の中で一番変わったのは、できることが増えたことではない気がする。

「これは母親がするもの」

という、自分の中にあった小さな思い込みが、少しずつなくなったことだと思う。

料理をしていても、

「パパなのに料理をしている」

とは思わない。

娘の髪を乾かしていても、

「パパなのにこんなことをしている」

とは思わない。

娘がいるから、必要だからやっている。

それだけだ。

もちろん、父親と母親の役割分担を否定したいわけではない。

家庭によって違っていいと思う。

ただ、自分と娘の暮らしの中では、「誰がやるべきか」を考えるより先に、「今、何が必要か」を考えるようになった。

それが、シングルになってから自分の中で変わったことなのかもしれない。

何でも一人でできるわけではない。

料理だって、いまだに得意ではない。

だから道具に頼る。

疲れたら無理をしない。

周りの人にも頼る。

そうやって助けてもらいながら、それでも娘に必要なことを一つずつやっていく。

それでいいと思っている。



今日も、娘とご飯を食べる。

食べ終わったら、お風呂に入る。

お風呂から出たら、髪を乾かす。

そのあと少し遊んで、眠くなったら寝る。

明日の朝になったら、また起こす。

そんなことを、毎日繰り返している。

特別なことは何もない。

でも、こういう生活を続けていると、以前とは少し違う景色が見えるようになった。

「これはパパがすること」

「これはママがすること」

そんな線を引く必要は、もうあまりないのかもしれない。

娘に必要なことがあれば、自分がやる。

できないことがあれば、誰かや何かに助けてもらう。

今日もそんなふうに、娘と暮らしている。

たぶん今の自分にとって、「パパでありママでもある」というのは、そういうことなのだと思う。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

このnoteでは、シングルファザーとしての子育てや、人事の仕事を通して感じたことを、一つひとつ言葉にしています。

「また読んでみよう」と思っていただけたら、フォローしていただけると嬉しいです。

▼関連記事

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集