自分に「甘い言い訳」を。 ~忍耐と我慢の境界線で迷子になっているあなたへ~
「他人を理解するように、自分を理解してあげられたらいいのに」
忍耐と我慢の境界線がわからない
毒親育ちの人は、いつも自分を責めがちだ。
こんなに頑張って、ここまで生きてきたのに。
もっともっと、自分を許してほしい。
もっともっと、自分を褒めてほしい。
あれが出来なかった、もっとこうしとけば良かった、、などなど。
そんな自分を許していいのだ。
でも、「許す」の基準がわからない。
忍耐と我慢を履き違えているところがある。
どこまでが自分の目的を達成するためにしなければいけない忍耐であり、何がしなくていい我慢なのか?
◉忍耐とは…目標のために努力をし、意志を持って耐え忍ぶ。
◉我慢とは…感情を無理に抑え、意に沿わないことを仕方なくやる。
できれば、「忍耐」で生きてゆきたい
私たちは幼い頃から「忍耐」と「我慢」の境界線を壊されて育ってきた。
目標のために自らの意志で耐えるのが「忍耐」であり、感情を無理に押し殺し、意に沿わないことを強いられるのが「我慢」である。
私たちは「すごいね」と褒められ、「ありがとう」「大好きだよ」と愛される経験を、あまりにも持たずに大人になってしまった。
毒親という「機能不全家庭」の環境下では、少しのワガママも許されず、常に毒親基準の「歪んだ正しさ」でいなければ認めてもらえなかった。
だからこそ、迷惑をかけないように、怒られないようにと、自分を削り続ける「我慢」の泥沼に足を取られる。 その反動による過剰なまでの「正義感」は、毒親から植え付けられた歪んだ認知を払拭するための自分を守る鎧なのだと、今ならわかる。
けれども、純粋なだけじゃ生きていけない世の中だから。
どうやって自分を守り、できれば利用されずに生きていくことができるのか。適切な「忍耐」と必要な「努力」と。出来なかった自分を許すこと。これも経験と言われればそうなのかもしれないけれど、土台の経験が物言うわけである。
生き上手な人はワガママや狡さを幼少期に許されて生きてきた人
緩急のバランスがものすごく上手い
力を抜いていいところと、やらなくてはいけないことの匙加減がとても上手いと感じる。
"経験値"と言われればそれまでだけど、その根本的な「経験」が幼少期にあるのだ。
幼少期に「ワガママや狡さ」を「コラッ!」くらいで叱られたとしても愛情を持って許されてきた人は、人間関係で強い力を発揮していると感じる。
本当に羨ましい。人たらしというか、愛情の受け取り方、断り方、良い意味で図々しく、喜怒哀楽に淀みがない。それでいて、自分らしいのだ。
もう一度言う。羨ましい。
憧れと、その裏側にあるもの
私には、ちょっと前まで連絡を取り合う幼馴染みがいた。
教育界の権威を両親に持つ彼女は、美貌と知性を兼ね備えた「光」の象徴だった。お父様においては日本一の大学教授の地位にあられた。
彼女も教員をしていて、「大胆かつ繊細」を持ち合わせているような人だった。それでいてユーモアがあり、話も面白く、私の拙い話に1(イチ)を聴いて10(ジュウ)を知るような人だった。
そつがなく、あたりが柔らかくて言葉が優しい。
話していて、とても心地良いのだ。
ある時、彼女は笑ってこう言った。 「私は幼い頃、ものすごくワガママで強い子供だったんだよ」 と。その言葉に、私は驚愕した。彼女が人間関係において「無敵」なのは、幼少期にワガママを愛情を持って許されてきた「経験値」があったからなのだ。
柔らかいけど、強い人だった。
それは最初から知っていた。小学生の頃から。
狡いところがあるのも知っていた。距離を置いたこともあった。もしかしたら、フレネミーの一面もあっかたもしれない。
私の深層心理を的確に突いてくる人だった。
なぜか気が合っていて、私の毒親問題を知る唯一の人だったと思う。
でも、どこか対等ではなかった。私の思春期が分かれ道だったかな。。絶対に厳しいことは言わなかった。欲しい言葉をくれる人だった。
……得るものが沢山あった。
私は彼女をお手本にしていたのだ。
しかし、6年前のコロナ禍前。私が毒親と距離を置いたのと時を同じくして、彼女とも縁を切ることになった。サシで飲んだあの夜が最後だった。 彼女の持つ「強さ」と「自己肯定感の高さ」は、時に倫理の壁さえも踏み越える。 (彼女が教員という立場でありながら起こした「ある出来事」については、ここでは伏せておく。あまりに衝撃が強く、クローズドな場所でしか語れない内容だからだ。私も息子を持つ親として、それはないんじゃないの?という感覚を持つ人は多いかもしれない。)
彼女が言った「生まれ変わっても、また私に生まれ変わりたい。」という言葉も忘れない。
彼女という「正解」を失ったとき、私は改めて自分の足元を見た。
自分を甘やかす「言いわけ」と、正しい「忍耐」
私が自分宛てにメールを送り続けているのは、実家という機能不全家庭の中で自分を保つための切実な「生命維持装置」だった。
かつて彼女が親から与えられていた「許し」を私は自分自身でデジタルの文字にして届けていた。
自分宛てのメールの中で、私は自分に100個の「甘い言いわけ」を許している。親に向けていた「仕方なかった」「しょうがない」という許しと優しさを、自分にスライドさせる作業である。
「あの時、親に逆らえなかったのは『仕方がなかった』。生きるための本能だったのだから」 「今日、頭痛で何もできなかったのは『しょうがない』。
しなくていい我慢をして辛かったのだから。そんな日もあるさ。」
自分の「辛かったこと」に言いわけを許すことは、逃げではない。それは、歪んだ「我慢」から自分を解放し、尊厳を取り戻すための儀式だと思っている。
もちろん、人生には「忍耐」が必要な局面がある。 夢を叶えるための努力、大切にしたい関係を守るための踏ん張り。自らの意志で選び、目的を持って耐える「忍耐」は、人生を豊かにするために欠かせない力だ。
けれども、自分を殺してまで捧げる「我慢」は、もう終わりにしたい。 自分を一番の理解者にしてあげたい。 私が私に「いいよ」と言ってあげる。
自分のために「正しい努力と忍耐」へと導くことを確かな一歩にするために。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
参考文献
↑ ご存じ有名な乙武洋匡さんの著書です。
障害もなんのその。自己肯定感が凄まじく高くて見習いたいところです。人間は心というか思考というか、やはり育ちは重要だと認識させられます。乙武さんのご両親が素晴らしいです。ただ、この方スキャンダルあったんですよね。その事実を無視して読むと心❤️に響きます。
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