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毒親には危機感を持ってもらわないと困る

私たち、毒親育ちは本当に苦労して大人になった。。しかも、それが他人には見えずらいから、また苦労する。こんなに生きづらくなってしまった私たちの責任は、根本的に、毒親にあるのだ。


ある意味、毒親は大人になった子どもに気を遣ってもらわなきゃ困る。己の努力で懸命に大人になった我々アダルトチルドレンは、それだけで猛者なのだ。そんな子ども側に、常に危機感を持ち、「怒らせたら大変だ、一触即発したら事件になる」くらいに思ってもらわなければダメなのだ。もっと言えば敬意を払ってもらいたい。
そして、その状態を維持するためには、そう簡単に会ったり話したりする環境を作ってはいけないのである。私たちを"軽く"見てもらっては困る。
"親子だから"を通用させないようにする。血の近い"他人"であることを認識して、ほぼ他人である立ち振る舞いを意識することが重要だ。
これを、"境界線を引く"という。
毒親対応は、特に他人行儀に振る舞うことが自分を守る上でのポイントになる。


よく考えてみてほしい。我々が子ども時代にどんな仕打ちを受けたのか。。。

ここで、ザッと私が毒父にされた虐待を箇条書きにしてみる。←(引かないでください)

毒父の場合
[得意技は往復ビンタと罵倒]


⒈「言うことを聞かないなら金は出さない」と人生の節目節目で脅してくる。お金がないというわけではないのに。

⒉地獄のピアノ🎹レッスン。習い事の強制ピアノ。父自身はピアノが弾けない、にも関わらず、まるで講師のように私の練習に張り付きアレコレダメ出しをしてくる。ピアノの先生の指示を完全無視。唯一の休日である日曜日は地獄。暴力の嵐で鼻血を出すこともしばしば。鍵盤が血に染まったこともある。

⒊母に生活費をギリギリしか渡さない。公務員であり、結構ないいポストにいるにも関わらず、給料の半分を渋々家庭に渡し、残り半分は自分のポケットへ。経済的DVがあった。

⒋とにかく子どもにお金をかけずに育てる、がモットー。学校は絶対に公立主義。毒父母は2人とも高校、大学共に私立だった。

⒌祖祖母と祖母との同居が原因による夫婦喧嘩が絶えなかった。毎日のように険悪な空気が立ち込める。世代間連鎖である。


大まかに取り上げて、こんな感じの心理的及び、身体的虐待を受けてきた。

私は、中学〜高校にかけての思春期に自分が崩壊した。大人になって自分を立て直すのに時間がかかった。"思春期崩壊"による世間との摩擦、2次被害の影響のほうが私にとってダメージが大きかった。

私たち、毒親育ちは幼少期から子供時代(主に3歳くらい〜18歳くらいまで)にかけて人生で最も愛情を必要とする時期に、親に虐められて育ってきた。これを"逆境的小児期体験"という。

辛い思いをしてきた、と改めて思う。


それなのに、毒親は今になって、プレゼントを送ってきたり、勝手に私の口座にお金を振り込んだりする。(今でも年1で振り込んであったりする)理由は単純だ。とにかく毒親は不安で仕方がない。自身が老いてきて、弱者になった。故に、成長段階で『私(子ども)のために』使うはずだったお金を、今になって「あなたのために」と言いながら、『自分(親)のために』子どもに支払う。
看取り金前払いみたいなものだ。逃げないように囲う。

タイミングがズレている。そのお金は今ではない。あの時なのだ。


基本、毒親は「今だけ、金だけ、自分だけ」だ。
子どもより自分が可愛い。子どもは自分が死ぬまでの奴隷に過ぎない。
奴隷なんて冗談じゃない。毒親のために生きるなんてゴメンだ。だから、我々子どもは好きに生きていい。残念ながら、お互いを尊重していないのだ。最初は子どもが頑張って歩み寄ろうとしていた。けれども、親が尊重してくれなかった。


だから、許さなくていい。


大人になった我々に自分たちが不安だからと言う理由で、散々虐めてきた子どもと最終的には仲良くしようとする親がいる。自分たちの面倒を見て貰うために。親という免罪符を使い、何事もなかったかのように境界線を飛び越えてくる。
狡い。虫が良すぎる。馴れ合われては困る。どれだけ酷いことをされたか?これが他人に対しての所業なら当たり前のように絶縁だ。場合によっては刑罰だ。簡単じゃない。
ある意味、危機感を持ってもらわないと困るのだ。

毒親と
最低限、関わるか。絶対に、関わらないか。


権限は、子ども側にある。




お読みいただきありがとうございました。



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