あなたのように
「泣くな、私」
床を見つめたあの日から
あの日から一年が過ぎていた。
以前と同じように、吐き気もした。
胃のあたりが重くなる
いつもの感覚も常に付きまとっていた。
私は、相変わらず会社に行き続けていた。
──────
1年経っても、状況はあまり変わらなかった。
けれど、小さな変化はあった。
挨拶はたまに返ってくるようになった。
けれど、私を見る目は
相変わらず変わらなかった。
必要なことを伝えても、
やって貰えないことの方が多かった。
笑顔で接しながら、
影で文句を言われることも相変わらずだった。
私がここにいること自体を拒まれている、
そんなふうに感じていた。
少しずつ人が辞めていった。
誰かが去り、そしてまた、誰かがいなくなった。
“私のせいかもしれない“
"私がダメな人間だから、
みんなとうまくやれないんだろうな”
退職する人達は、みな笑顔で去っていった。
私にも笑顔で挨拶していた。
「頑張ってね」
そんなふうに言う人もいた。
私のせいかな、やっぱり。
人が1人減る度に、
その気持ちが降り積っていく。
辞めていく人たちに申し訳なく感じた。
けれど、仕事を辞めるわけにはいかなかった。
ごめんなさい。
辞めていく人たちの笑顔を見ながら
そんなふうに思った。
────
2年が過ぎた時、現場に残っていたのは私と、
年下の彼女だけだった。
あとは、パートの人が一人。
二人で働くようになっても、
彼女の態度は相変わらずだった。
必要最低限の会話だけを交わし、
仕事を回すために、同じ場所に立っている。
それだけだった。
忙しい日が続いた。
考える暇もなく、
手を動かさなければ回らない日々だった。
「ここまでやっておきました」
ある日、彼女はそう言った。
私が気づかなかったところを、
自然に補ってくれていた。
「ありがとう、すごく助かる」
私は笑顔で返した。
本心だった。
────
彼女が私をどう思っていたのか、
それは分からない。
彼女は、思ったことが態度に出るタイプだった。
それが、きつく感じることもあった。
それでも、仕事はできた。
段取りの悪い私に付き合い、
私の代わりに考えてくれる場面もあった。
「いつも、ありがとうね」
私は彼女に言った。
私一人では、できなかった。
あなたがいてくれたから。
心からそう思っていた。
彼女と私は、一緒に笑っていたわけではない。
過去にされたことを、忘れたわけでもない。
─────
それから1年がすぎた。
彼女と私は“相棒“のように仕事をしていた。
私は彼女が残っていてくれたことを
心から嬉しく思った。
────
それからしばらくして、彼女が言った。
「みのりさん、私結婚することになりました」
「ええっ!あの彼と?おめでとう」
私が言うと、彼女は笑った。
「彼は転勤族なので、
仕事を辞めることにしました」
「そっか、残念だけど、仕方ないね」
そんな会話をした。
────
彼女は笑うと、とても可愛かった。
そういえば。
あの頃の私は、その笑顔を見ることさえできなかった。
退職の日。
私は小さなプレゼントを用意した。
中身よりも、「ありがとう」をどう伝えるかばかり考えていた。
手紙を添えたのは、きっとそのせいだ。
「あなたと一緒に働けて、すごく楽しかったよ。
私と一緒に働いてくれて、本当にありがとう」
きれいな言葉ではなかったけれど、
精一杯書いた。
書きながら、辛かった思い出より、
一緒に頑張った思い出の方が蘇ってくる。
彼女が最後に言った。
「私、みのりさんと働けて、本当によかったって思ってます。」
「私、みのりさんみたいな大人になりたいです」
一瞬、言葉が出なかった。
歳は五つほどしか違わない。
それでも、彼女から渡されたあの言葉は、
思ってもいなかった重さで胸に残った。
挨拶をしても、そっぽを向かれて返事をされなかったこと。
私抜きで笑っている写真を見せられたこと。
あの頃の痛みは、なかったことにはならない。
それでも――。
「一緒に働けてよかった」
「あなたのようになりたい」
私は自分を“ダメ”だと思っていた。
けれど、私をそんなふうに言ってくれる人がいた。
──────────
🫧この形の私

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
彼女との出会いと、当時の関係はこちらから。
▷ 始まり|歩みを止めない
▷ 転 機|床を見つめた、その先で
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
