床を見つめた、その先で 🔥2
「歩みを止めない」
そう決めた。
誰も私に話しかけなくても。
挨拶が返ってこなくても。
私は毎日、同じように会社へ向かった。
おはようございます。
ありがとうございました。
できることを、ひとつずつやる。
それしかなかった。
少しずつ仕事を覚え、
周りを見ながら動けるようになっていった。
苦しいことは変わらなかった。
それでも、ここで投げ出したら、
また私は逃げたことになる。
そう思っていた。
──────
私が異動して、3ヶ月。
その日は、全員出勤の日だった。
朝礼を全員で行い、
私はいつものように朝の準備を始めた。
そこで、ふと気づいた。
誰も、店に来ない。
怪訝に思ったけれど
開店の準備をしないと間に合わない。
ひとりでやれるほど、開店の準備は甘くない。
ひとりで、間に合うかな。
不安になったけれど、やるしかない。
以前書いたメモを見返しながら、
ひとつずつ確認して進めた。
ふと見ると、
みんながぞろぞろと事務所へ入っていく姿が見えた。
何かあったのかもしれない。
でも、
私は準備を止めるわけにはいかなかった。
開店時間は迫っている。
私は何も言わず、
一人で作業を続けた。
しばらくして、
みんなが戻ってきた。
誰も、何も言わなかった。
それぞれレジにつき、
いつものように仕事が始まった。
──────
その日の昼。
課長に呼ばれた。
何の話か分からないまま向かうと、
課長は口を開いた。
「ショックを受けないで聞いてくれ」
「部署の人たちは、
お前がここにいるなら全員辞めると言っている」
頭が、真っ白になった。
どんなに無視されても
「おはようございます」
と言い続けたこと。
お願いする時、できるだけ
にこやかにしていたつもりだった。
課長は、私の方を振り返り言った。
「でも俺は、
お前の方が仕事ができると思っている」
「やれるやつだと思っている」
「こんなことに負けずに頑張れ」
その言葉は嬉しかった。
でも同時に、思った。
みんながそこまで私を嫌っていること。
私がいるだけで仕事を辞めたくなるほど、
嫌がられているということ。
できれば、知りたくなかったな。
知らない方が幸せだった。
内心、そう思った。
けれど、顔には出せなかった。
「分かりました」
そう言って、私は事務所をあとにした。
──────
一歩、部屋を出たところで立ち止まった。
そのまま、お手洗いへ向かった。
個室に入る。
暗い床。
それを、ただ見つめる。
私は、一体どんな顔をして、
みんなのいる場所へ戻ればいいのだろう。
私が一生懸命やっていることって、
何なんだろう。
おはようございますと言い続けた。
ありがとうございますと言い続けた。
どうしたいのか、何が嫌なのか。
みんなの気持ちを知ろうとした。
折り合いをつけたら、やれるんじゃないか。
それを信じたかった。
それなのに。
頑張った結果が、
これなのか。
涙がじわりと滲んだ。
違う。
私は間違ったことをしていない。
一生懸命仕事を覚えた。
ひとりぼっちでも、みんなに笑顔で接して、
仕事を回そうとした。
みんなに合わせようとしていた。
お互いに、気持ちよく仕事ができる日が来ることを
願いながら。
それなのに。
なぜ、ただそこにいるだけで、
人を無視できるのだろう。
笑顔で接しながら、
誰かを傷つけようとできるのだろう。
私のことを気に入らないと思うのは仕方ない。
でも、ここまで拒絶されているなんて。
──────
しばらくして、私はゆっくり顔を上げた。
一人暮らしをしていた頃。
あの時も、私は何度も逃げたいと思った。
苦しくて、ここから消えてしまいたいと思った。
でも、
逃げなかった。
そして、
逃げなかった先で、
少しずつ光が見えた。
あの時、私は決めたんだ。
もう、逃げないって。
──────
「みんなは、私と仕事をしたくないと思ってる」
今、私はその話を課長から聞いた。
でも、話を聞く前の私と、
聞いた後の私は、何も変わっていない。
みんなの気持ちも何も変わっていない。
今と今日の朝の違いは、
私が知らなかった、
それだけだ。
だったら。
私も今まで通りでいい。
何も無かったように振る舞おう。
仕事をしよう。
ここで諦めたら、私は「いらない」と言われた場所から逃げることになる。
──────
私はお手洗いの扉を開けた。
一直線に、歩く。
そして、店へ戻った。
何もなかったように。
いつものように。
泣くな、私。
止まるな、私。
そして、また仕事を続けた。
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🫧この形の私

