(鎌倉・聖地巡礼③)『椿ノ恋文』の旅を追体験。茜色の海と、次なる聖地・伊豆大島へ
鶴岡八幡宮をあとにした私は、次なる目的地である「鎌倉高校前駅」を目指し、人生で初めて江ノ電に乗り込みました。
街を走り抜け、ある瞬間に視界がパッと開ける。そこには、太陽の光を浴びてきらきらと輝く海が一面に広がっていました。
まもなく「鎌倉高校前駅」に到着。電車を降りた私は、駅のベンチに腰を下ろし、目の前に広がる穏やかな海をしばらく眺めていました。
小説の中で、癌を患った茜さんは、家からたった四駅だけ江ノ電に乗ってここまで来て、海を見て帰ることを「旅」と呼んでいました。
鳩子は、この鎌高前のホームで茜さんと待ち合わせをして、ただ一緒に海を見る。それだけのことなのに「茜さんと会えると思うだけで、ほんのり心が茜色に染まる」と語っています。
私もその「旅」を擬似体験し、心を茜色に染めてみたいと願っていました。
潮風を感じながら鞄から『椿ノ恋文』を取り出し、茜さんと鳩子のエピソードをもう一度読み返しながら、彼女の気持ちに思いを馳せました。
実は今秋、私の次男が結婚式を挙げることになっています。その時期が近づいていることも相まって、この茜さんのエピソードは、私の心の奥底に深く響いていました。
もし自分が、息子の晴れ姿を見届けられないかもしれないと知った時、どんな感情を抱くのだろう。茜さんは、この海を見ながら何を想っていたのだろう。想像力を総動員して彼女の心に寄り添おうとするうち、息子の結婚式には、茜さんの想いも重ねて最大の祝福を贈ろうと、静かに気持ちを新たにしました。
その後、せっかくなので砂浜へ降りてみようと駅を出ると、すぐ横の踏切に人だかりができていました。不思議に思って近づくと「フォトスポット」の看板が。なんと、そこはあの『スラムダンク』の有名な聖地だったのです。私もコミックを全巻揃えていたほどの大ファンですが、なぜかその時はカメラを向けることはせず、あの名シーンの風景をただ自分の目に焼き付けるだけにとどめました。
横断歩道を渡って砂浜に降り立つと、ついつい海中の地形変化や離岸流を探してしまいます。しかし、この日の海は波がほとんど立たないほど穏やかで、地形の変化を読み取るのは容易ではありませんでした。ふだん私が通い慣れた地元の海「鹿島灘」は波高が1メートル前後あることも多く、離岸流なども見つけやすいのとは対照的です。
それでも目を凝らしていると、沖に浮かぶ海鳥が海中に潜り、くちばしに小魚をくわえて浮上してくるのを何度か見かけました。「ベイトフィッシュ(小魚)が入っているなら、それを捕食するヒラメなども釣れるかもしれない」。そんな想像をしてワクワクしてしまうのは、釣り人あるあるですね。
海を満喫した後は、鎌倉高校前駅から鎌倉行きの電車に乗り、途中の北鎌倉駅で下車。駅前にある「光泉」のいなり寿司を購入して、帰路につきました。
『椿ノ恋文』を読んで思い立った、初めての聖地巡礼。結果として、本当に行ってよかったと心から思えます。小説だけではわからない土地の歴史や空気に直接触れ、登場人物たちの足跡を擬似体験することで、物語をより深く味わうことができました。歴史の息吹を感じる素敵な街、鎌倉。次はぜひ、段葛がピンク色に染まる桜の季節に再訪したいと思います。
最後に。『椿ノ恋文』の次なる聖地巡礼先として、私は密かに「伊豆大島」を思い描いています。
鳩子とQPちゃんの二人旅のエピソードが素晴らしく、冬馬さんのご両親に宛てた手紙が本作で一番の代書だと深く感銘を受けたからです。そして何より、小説の中に綴られた以下の文章に、強く心を打たれたからです。
「40年に一回、植物の世界が一掃されるんです。溶岩が流れたら、もちろんそこに根っこを張って生きていた植物は死んじゃうじゃないですか。でもね、植物ってすごくて、その溶岩台地の上にまた命が芽吹くんですよ。完全にリセットされて、その上に新たな世界が生まれるんです。それが、すごいな、って。・・・生きてると、人生を一回全部更地にして、リセットしたくなる時ってあるじゃないですか。でも、人間だと勇気がなくてなかなかできなかったりして。なのに目の前の大自然は、それを堂々とやってのけるんです。だから僕も、三原山を尊敬しています。」
この言葉は、「新たな挑戦をすることは不安もあるだろうけれど、必ず新しい関係性が生まれてくるから大丈夫だよ」と、50歳を過ぎて新たな環境へ挑戦してみたいと考え始めている私の背中を、力強く押してくれているように感じました。だからこそ、その命が芽吹く「溶岩台地」を自分の目で見てみたいのです。
伊豆大島は鎌倉のように簡単に行ける場所ではありませんが、いつか必ず訪ねてみようと心に決めています。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
(おわり)
